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112話 ミレオンと狼と兎とファインプレイの狐

 

(どうしてルナさんがここに……!? それに、何故ミレオンを持ってきてくれたの……!?)


 疑問が頭に過ったドロテアだったが、とにかくルナのもとに駆け寄った。困惑している彼女の肩をガシッと掴む。

 そして、まるで太陽のような笑顔を浮かべた。


「ルナさん、ほんっとうに、ありがとう……! 助かったわ……!」

「は、はい! ドロテア様に喜んでいただけるなんて、恐悦至極に存じます!」


 ディアナやラビンへの状況を説明したり、ルナに対していくつか質問したりしたいけれど、それはまた後だ。

 今は何よりも解毒剤を作ることが優先なため、ドロテアらはルナから受け取った三十センチ台の箱を、近くのテーブルに起き、手早く開いた。


「わぁ……!」


 ドロテアの周りには多くの者が集まり、箱の中身を凝視する。

 皆の視線の先には、百を超えるだろうミレオンが入っていた。


「ロレンヌ様、こんなに沢山送ってくださるなんて……!」

「本当に、あの方には頭が下がる。……また御礼の品を贈らなければな」


 背後から顔を乗り出し、ヴィンスがそう話す。

 ドロテアはコクリと頷くと、二人の正面にいるバーフが「おお!」と興奮気味に声を上げた。


「これだこれ! これがミレオンじゃ……! 劣化もしておらんし、これなら最高の解毒剤が作れるぞ! 早速調合にとりかかるから、後はわしに任せてくれ……!」



 それから、バーフは別室で調合をするからと言って、ミレオンが入っていた箱を持って寝室をあとにした。

 今回の解毒剤の調合は比較的簡単なものらしく、一時間もしないうちにできあがるそうだ。


「アガーシャ、もう少しの辛抱だからな」

「……っ、ええ」


 アガーシャを励ますデズモンドは、先程よりもかなり穏やかな顔をしている。

 ヴィンスの隣でドロテアがホッと胸を撫で下ろすと、ディアナが話しかけてきた。


「お兄様! お義姉様! そろそろお母様に何があったのか、説明してください……!」

「申し訳ありません、ディアナ様」

「俺から説明しよう。ラビン、お前もしっかりと聞いておけ」

「承知しました」


 少し離れたところにいたラビンがこちらに駆けてくると、ヴィンスは事の顛末を話し始めた。



 ──数分後。

 ヴィンスの説明を聞き終えたディアナは、ドロテアの手を両手で力強く握り締め、深く頭を下げた。


「お義姉様……! お母様の毒を突き止めてくださって、ありがとうございます……! お義姉様がいなければ、お母様は今頃どうなっていたか……」 

「頭を上げてください……! 私はできることをしたまでですから。それに、お医者様や皆様の協力があってこそです。私への礼は不要ですから、ディアナ様はアガーシャ様に声を掛けてあげてください。ね?」


 ディアナは泣きそうな顔を上げると、思い切りドロテアに抱き着いた。


「お、お義姉様は女神様ですわ〜! 大好きですぅぅ!」

「わ、私も大好きです! それと女神様はディアナ様で……って、尻尾が!」


 ──ぶりんっ。

 ディアナの腕だけでなく、尻尾までもがドロテアを包み込む。

 自身の身体に感じる尻尾の温かさや感触に、ドロテアは恍惚な表情を浮かべた。


(し、幸せ……! すぐ近くにあるディアナ様のピクピクとしたお耳も堪らないわ! ああ、触りたい!)


 ドロテアがそんなことを考えているとは思っていないのだろう。

 二人を見つめるラビンは、ディアナに感情移入してか、涙を流していた。


「姫様……っ、良かったですね……!」


 一方、ラビンの隣にいるヴィンスは、ドロテアが考えていることが手に取るように分かっていた。

 そのため、若干ディアナに嫉妬したのだけれど、さすがにこの状況で明らかな言動に出すわけにはいかず……。

 ディアナの恋人であり、自身の家臣でもあるラビンをギロリと睨みつけた。


「泣くな、ラビン……いや、このヘタレメガネめ、鬱陶しい」

「わざわざ言い直してまでそれ言う必要ありました……!?」


 ラビンの嘆くような声が、寝室に響き渡った。



 ◇◇◇



 ドロテアがヴィンスやラビンと解毒剤ができあがった後のことを話し終えた頃には、半刻ほど経過していた。

 解毒剤が完成するまでもう少し時間があるため、ドロテアはヴィンスに断りを入れてから、ナッツたちの方に歩いていく。


 ルナは今、ナッツと何やら話している……というより、ナッツに一方的に話しかけられている。

 自己紹介をしたり、プシュのことを話したり、好きな食べものを聞いたりなど。

 ナッツは人懐っこいので、早速ルナと仲良くなりたいのだろう。


(ナッツ、楽しそうなのはとても良いことだけれど、そんなにぶんぶんと尻尾を振り回したら、アガーシャ様の侍女たちの髪が乱れて……! いやでも、侍女たちはナッツからの風を浴びて幸せそう……)


 ……さすがナッツ。その人懐っこさと愛らしさで、アガーシャの侍女たちまでメロメロにしているようだ。罪深い子。


 ドロテアはルナたちの直ぐ傍にくると、まずナッツに話しかけた。


「ナッツ、クヌキの木について色々と調べてくれてありがとう。あまりの速さに驚いたわ」

「きゅるるんっ! お役に立てて光栄ですっ! ドロテア様は、本当に見事な推理でございましたっ!」


 ナッツはパチパチと拍手をしながら、満面の笑みを浮かべている。

 先程よりも尻尾が強風を巻き起こしているが、アガーシャの侍女たちが嫌がってないから良いだろう。


「ルナさんも、少し良いかしら?」

「ド、ドロテア様……!」


 次にルナに声を掛けると、彼女は背筋を伸ばし、表情を引き締めた。

 さっきまで何の動きもなかった真っ白の尻尾がゆらりと揺れる姿に、ドロテアは頬を綻ばせる。


「改めて、ミレオンを持ってきてくれてありがとう。本当に助かったわ」


 柔らかな笑みを浮かべたドロテアに、ルナはポッと頬を赤く染める。

 しかし、ルナはすぐにハッとして、首をぶんぶんと横に振った。


「い、いえ! とんでもありません! ドロテア様の養母様からの贈り物であることと、中身が食材であることは担当の者から聞き及んでおりましたので、急ぎお届けするのは当然のことでございます!」

「……ルナさん、それは当然ではないわ。送り主と私の間柄や、期限が短い食材だったらと考えてくれたのでしょう? 貴女はとても優しく、優秀な人よ」


 ルナがメイドとして優秀であることは、彼女がフローレンスに仕えていることから分かっていた。

 だが、ここまでの行動力まで持ち合わせていたなんて、嬉しい誤算だ。


「けれど……姫様の専属メイドの皆様の馬車に同行させていただけなければ、こうやってこの屋敷に辿り着くことはできなかったと思います……。寝ずに走っていたとしても、さすがにこの吹雪では足を取られたり、視界の悪さだったりで、今日中には辿り着けなかったかもしれません」


 しかし、そう申し訳無さそうに話すルナに、ドロテアは呆気にとられた。


「……ん? ルナさん、貴女まさか、ディアナ様たちがここに来る予定がなかったら、走って来るつもりだったの!?」

「はい。いくらドロテア様の()()()()()になれたとはいえ、私はまだ新人ですから。私のために王城の馬車を使うわけには参りません。恥ずかしながら、初任給はもう少し後でいただく予定で自分で馬車を手配することも叶わなかったので、あとはこの身一つかと」

「…………」


 まるで、ドロテアのためならばなんだってすると言いたげな力強い瞳だ。


(と、とんでもない子だわ)


 真面目で優秀。

 そして、ルナの中にある自分に対する圧倒的な忠誠心に、ドロテアは胸を打たれた、その時だった。


「……ちょっと待って。さっき、専属メイドって言った?」


 ドロテアが素早く目を瞬かせると、ルナが「あっ」と何かを思い出したような声を漏らした。


「お伝えしたものと思っておりました。申し訳ありません。私、ルナ・シーリルは先日、ドロテア様の専属メイドのお役目を拝命いたしました」

「えっ……!?」


 美しいお辞儀を見せるルナに、ドロテアは目を丸くした。


「ルナさんの能力や忠誠心に問題がないことは重々分かったけれど、どうしてこんなに早くに?」

「事前に陛下が、私がドロテア様の専属メイドに相応しいか否かの判断は執事長に一任すると仰っておりました。そして、私の働きぶり、ドロテア様への忠誠心を見た執事長が、専属メイドにして問題ないとお役目を与えてくださったのです」

「そ、そうだったのね……」


 ルナ曰く、彼女が専属メイドになったのは、ドロテアたちが『レビオル』に向かった日の午後のことだったらしい。

 どうりで、ルナが専属メイドになったことをドロテアが知らないはずである。

 おそらく、ヴィンスも知らなかったのだろう。知っていたら、教えてくれるはずだ。


「……とても驚いたけれど、それ以上に嬉しいわ。これからよろしくね、ルナさん……いえ、ルナ」


 ドロテアはルナの手をぎゅっと握り、そう告げる。


 すると、ルナはナッツに負けじと劣らず、尻尾をぶりんぶりんと振りながら、満面の笑みを浮かべた。


「誠心誠意、ドロテア様にお仕えさせていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします……!」

「ふふ、頼りにしているわね、ルナ」

「ルナ! 私とも! 私とも仲良くしてくださいっ! 同じ専属メイドとして、ともにドロテア様をお支えしましょうねっ!」

「はい……!」


 嬉しそうなドロテアの姿にヴィンスがふっと笑みを浮かべると、勢いよく扉が開いた。


「解毒剤ができたぞ……!」

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