111話 解毒剤に必要なもの
「どういうことだ? 過去に作ったことのある解毒剤ならば、材料ぐらいあるだろう……!?」
デズモンドがバーフに詰め寄るのを、ヴィンスが間に入った。
今ここでバーフを萎縮させても意味はないどころか、より事態が混乱してしまうのは想像に容ったからだ。
「父上、母上のことが心配なことは、十分理解できますが、冷静になってください。今は何よりも調合師の話を聞くことが先決です」
「……っ、すまない……ヴィンス……。アガーシャのこととなると、つい頭に血が上ってしまった……」
狼の獣人は、生涯たった一人を深く愛する。
普段は冷静沈着でどっしりと構えているデズモンドが、アガーシャのことで取り乱すのは無理なかった。
「それで、材料がないとはどういうことだ? もう少し詳しく話してくれ」
デズモンドが落ち着きを取り戻したところで、ヴィンスがバーフに問いかける。
ドロテアも先程デズモンドが言ったのと同じ疑問を覚えていたので、意識を耳に集中させた。
「ここ数年、『落葉高木』に分類される木の毒の被害がなかったことから、その解毒剤を調合するのに必要な材料の一つの輸入頻度がガクンと落ちてしまっての……。過去に届いた材料があるにはあるんじゃが、残念なことにかなりの劣化しており、成分が大きく変わってしまっていてな……。調合師としては、安全が担保されていないその材料は使えない、ということじゃ」
バーフ曰く、今回調合する予定だった解毒剤に必要な材料は、十種類。そのうち九種類は、ここ獣人国で生産されていて、いつでも手に入るという。
しかし、残りの一つの材料──輸入頻度ががくんと落ちたものはは、他国でしか生産しておらず、全てを輸入に頼っているそうだ。更に、その材料は他のものでは代用できないらしい。
(つまり、新たに他国からその材料を輸入しなければ、安全が担保された解毒剤は作れないというわけね)
しかし、それはそう簡単な話ではなかった。
こちらの都合で輸入の日時を変えるのには、かなり手続きの時間がかかってしまう。
他国との間柄、距離にもよるが、最短でも一週間はかかるだろうか。
そのことはデズモンドやヴィンスも分かっているのだろう。二人の表情は暗く、部屋全体が重たい空気を纏っている。
「……この状態で、アガーシャはあと何日もつ」
縋るようなデズモンドの問いかけに、シャーリィーは一瞬伝えるのを躊躇した。
「……思いの外毒の進行が早く、おおよそ四日程度かと。おそらくそれを超えると、毒の症状で嚥下機能が落ち、水分が摂れなくなり……そうすれば……その……」
徐々に声が小さくなるシャーリィーに、皆が続く言葉を悟った。
(そんな……)
アガーシャの命を確実に救うためには、今から新たにミレオンを輸入している暇はないという事実。それは、ドロテアたちの心を深く抉った。
「……因みに、その足りない材料とは何だ」
そんな中、ヴィンスが言葉を振り絞る。
バーフは「知らんと思うが……」と前置きしてから、それを口にした。
「『ミレオン』と言ってな」
「……!」
その聞き覚えのある名前に、ドロテアは目を見張った。
──そう、ミレオンとは……。
「ミレオン……? どこかで聞いた気が……」
「ヴィンス様! ミレオンとは、サフィール王国にいる私の家族がお世話になっている畑で作られている野菜ですわ!」
「……! そうか、ドロテアの家族の……! ということはつまり──」
ドロテアは『レビオル』に来る前にロレンヌから届いた手紙を思い出し、笑顔を浮かべた。
「そうです! おそらく、既にロレンヌ様から王城宛にミレオンが届いていると思います……!」
「……!? そ、それは本当か、ドロテア嬢!」
「はい……! 王城からならば、輸入するよりも格段に早くミレオンを手に入れることができます……!」
ミレオンとは、緑色の草のような野菜で、独特な香りと苦みを持つ野菜だ。体内の毒を絡め取って排出するという効果があり、特に植物由来の毒には効果てきめんである。
王城から『レビオル』の屋敷までは片道二日。
つまり、今から王城に遣いを出し、ミレオンを運んできてもらえば、おそらく四日後にはこの屋敷に届くはずだ。
(ロレンヌ様に感謝ね……! とはいえ、まだまだ喜んでばかりはいられないわ)
輸入よりも格段に早くミレオンが手に入るとはいえ、四日ほどはかかってしまう。
これは、現時点でのアガーシャの生死を分けるデッドラインだ。更に、もう一つ懸念があって…。
「ただ、外はこの吹雪です。『レビオル』を抜けるまでは、かなりゆっくりと進まなくてはならないかと」
致し方ないこととはいえ、アガーシャの心配が先立ったデズモンドは、ギリ……と奥歯を噛み締めた。
(陛下のお気持ちは痛いほど分かるわ……。とにかく一秒でも早く王城に遣いを出さなければ)
アガーシャの症状が、想定よりも早く悪化する可能性もある。
更に、毒に侵されているのは彼女だけではないのだ。住民たちを救うためにも、一刻の猶予もない。
「ヴィンス様、今すぐに王城に遣いを出してください……!」
「ああ、分かっている」
そして、ヴィンスが急ぎ寝室を飛び出そうとした瞬間だった。
突然扉が開き、現れた三人の人物に、皆が目を丸くした。
「お母様……! お倒れになったって、大丈夫ですか……!?」
瑞々しいオレンジ色のドレスに身を包み、真っ黒な尻尾を地面に垂らした、泣きそうな顔をしているディアナ。
「ディアナ様……! ご心配なのは分かりますが、少し落ち着いてください……!」
そんなディアナを追いかけるように入室した、長くて白い耳を垂れた、ブラウン色の装いを着たラビン。
──そして、最後に恐る恐る寝室に入ってきたのは……。
「失礼いたします。……このような事態に大変恐縮ですが、ドロテア様に届け物があり、参りました。こちら、ドロテア様の養母様であられるロレンヌ様からの贈り物──『ミレオン』でございます……!」
お仕着せに身に纏い、真っ白な尻尾をつんと立てながら緊張の面持ちで箱を差し出す狐の獣人──ルナ。
「「「ミレオン……!?」」」
「えっ、あの、私、何か余計なことを……?」
ドロテアたちに食い入るように見つめられたルナは、目をパチパチと瞬かせた。




