100話 決意、そして訪問
早朝、ドロテアは眠りから目覚めた。
ふかふかの布団はとても眠り心地が良くて、もう一度目を閉じてしまいたくなる。
「か、可愛い……!」
しかし、自身の腕の中で、丸まって眠っているプシュの姿を見て、ドロテアははっきりと覚醒した。
可愛いものを目の前にして、眠っている場合ではない。
ドロテアはプシュの腹まわりに顔を寄せ、スーハーと吸う。
昨日の夜、ナッツとともにプシュの体を洗ったため、獣臭は少なく、石鹸のいい香りがする。癒やされる……。
「もふもふ……。スーハー。……ふふふふふ、朝から幸せ……」
「キュ……?」
「あら、起こしちゃった? ごめんねプシュくん」
「キュウッ!」
大丈夫! と言っているのだろうか。プシュは緩んだ表情で、ドロテアに体を預けていた。
それから少しして、部屋にはナッツが訪れた。
手早く部屋を暖めてくれたナッツは、直ぐ様ドロテアの身支度を始める。
ナッツに髪の毛を結ってもらっている最中、窓の外を視界に収めたドロテアは、目を見開いた。
「昨日とは打って変わって、今日は吹雪みたいね……」
そういえば、既にハリウェルは国境付近から戻ってきているだろうか。
ドロテアとしては、昨日の夜には戻ってきてもらうつもりだったのだが、帰還のタイミングについては明確な指示をしていなかった。更に、昨夜も今朝も、彼の顔を見ていない。
真面目な彼のことだ。ドロテアから帰還の命が出るまで、国境付近に滞在している恐れも……なくはない。
「支度を終えたら、ハリウェル様が屋敷に戻ってきているか確認してくれる? いないようなら屋敷に戻ってくるよう、使いを出してくれないかしら? 吹雪の中、申し訳ないけれど……」
「キュキュウ!」
ナッツに話しかけたのだが、ドロテアの膝の上でちょこんと座るプシュが答えてくれた。最高に可愛い。
それに、もうかなり足の傷が治ってきたようで、既に普通に歩いている。プシュの回復力は、驚異的だ。
「分かりましたっ! お任せください! でもドロテア様! 今日は一日中吹雪のようなので、森に行かないでくださいねっ! 絶対ですよ! ナッツとの約束、です!」
「わ、分かっているわ。大丈夫よ、ナッツ。約束するわ!」
ドロテアが何度も首を縦にふると、ナッツは安心の表情を見せる。
嬉しそうに耳をピクピクさせ、尻尾をぶりんっと揺らし、満面の笑みを浮かべるナッツに、ドロテアの胸はキュンと音を立てた。
(ハァ……。可愛い……。ナッツやプシュくんを見ていると、どうしてこんなに癒やされるのかしら……。まさに癒やし製造機の二人……。いえ、一人と一匹……?)
ドロテアは無意識に手を動かし、膝の上にいるプシュの首周りを優しく触る。……もふもふ、もふもふ。
こんなところをヴィンスに見られたら、おしおきとした甘い悪戯をされるのだろう。
想像したら、とても恥ずかしい気持ちになる。けれど、嫌じゃないのだから困ったものだ。
「ドロテア様、できましたっ! 今日もとっっっても可愛いです! ぷっきゅーん!」
「キュウキュウ!!」
「ありがとうナッツ。それと、絶対にあなたたちのほうが可愛いわ……!」
ローズレッドのドレスは、可愛らしさと美しさの両方を兼ね備えている。
今日の髪型は、ゆるふわハーフアップだ。軽く巻いてから、立体的に編み込み、結ってもらった。
髪留めには、上品なボルドーのリボン。その真ん中には金色の宝石が使われている。
この程度ならば、ヴィンスの瞳の色を身に着けていても、彼の両親にバレないだろう。
ナッツ曰く、「陛下は目聡いので直ぐに気付き、喜ばれると思いますよ!」とのことだった。
現に、ヴィンスと二人で朝食をとった際、彼はドロテアの髪飾りに直ぐに気付いた。
蠱惑的な笑みを浮かべられた時は、羞恥心に侵されそうになったものだ。
(……さて、そろそろかしら)
朝食を終えてヴィンスと別れた後、ドロテアは自室に戻り、時間を見ていた。
現在、時刻は午前十時。この時間ならば、アガーシャも活動中だろう。
(ヴィンス様は今日もデズモンド様とお仕事をされると言っていたわ。だからまずは、アガーシャ様のもとにいかないと)
この屋敷を去るのは、早くて明日だ。とりあえずアガーシャに時間をいただけるよう頼まなくては。
(あ、そういえば予定では今日にでもディアナ様たちが『レビオル』に到着されるのよね。 ……でも、この吹雪だから、到着はかなり遅れるかしら。もしくは、今日は馬車を走らせないかもしれないわね)
ディアナにはラビンはもちろん、他の騎手やメイドたちも着いている。余程のことがなければ問題ないだろう。
ドロテアはそう自分自身を納得させると、部屋の端に待機するナッツに声を掛けてから、アガーシャのもとに行こうかと思っていた、のだけれど。
「ドロテア様、今お時間よろしいでしょうか? 我が主である、アガーシャ様がお呼びです」
「……!」
ノックの直後、扉を少し開いてそう告げたのは、アガーシャの侍女だった。
主であるアガーシャの代わりに、ドロテアを呼びに来たようだ。
「もちろん、伺います」
ちょうどアガーシャと話をしたいと思っていたところなので、その申し出は願ったりかなったりだ。
「では、部屋までは私が案内させていただきます。もてなしについて全てこちらでしますので、ドロテア様付きのメイドの方は休んでくださって構いません。……と、アガーシャ様からの言伝です」
「分かりました。ナッツ、少しの間、自由にしていてね」
「かしこまりましたっ!」
ドロテアは次に、プシュに視線を向ける。
おやつにとあげたクヌキの蜜を口周りにたっぷりつけたプシュの可愛らしさに、つい頬が緩む。
「プシュくん、少しだけこのお部屋で待っててね。それと、後でナッツにお口をちゃんと拭いてもらってね」
「キュ……? キュキュキュウ!!」
すると、プシュは慌てた様子でドロテアに近付いてきた。とは言っても、足の怪我は全快ではないので、歩行程度の速さだ。
ピタッと足元にしがみついてくるプシュを、ドロテアは拾い上げるように両手の上に乗せた。
「どうしたのプシュくん? まだクヌキの蜜が残ってるわよ……?」
「キュウ……! キュキュウ……!」
「……! もしかして、私が部屋から出ていくのが淋しいの……?」
「キュウ!」
そうだよ! と言わんばかりに力強く鳴くプシュ。
昨夜、晩餐会のために部屋に置いていかれたのが、相当寂しかったのかもしれない。
指に尻尾を巻き付けながら、目をうるうるさせて見つめてくるプシュに再び我慢を強いれるほど、ドロテアの可愛いもの好きは伊達ではなかった。
「……あの、この子をともに連れて行っても、構いませんか?」
「アガーシャ様から、プシュ様の同行は問題ないと聞き及んでおります」
「そうでしたか。……やったね、プシュくん!」
「キュウキュウキュウ!!」
それからドロテアはプシュの口周りを拭いてから、ナッツと別れを済ませた。
肩にちょこんと乗っかるプシュと、先導してくれる侍女とともに、アガーシャのもとに向かったのだった。
◇◇◇
「いらっしゃい、ドロテアさん。突然呼び出して申し訳なかったわね」
そして、目的の部屋に入った瞬間、ドロテアは目の前の光景に目を見開いた。
(……なっ、何これ!?)




