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後妻はもう恋をしない。愛をくれたのは、この子だけでした  作者: 秋月 爽良


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26話 誇りの行き先

 セドリック殿下の声が、会場の張りつめた空気に響く。


「アルベルト・フォルスター。今この場をもって貴殿の爵位を剥奪し、領地および一切の権限を王家に返上させる。

 屋敷と資産の一部を除き、フォルスター侯爵家は解体とする。……以上、王命だ」


 その言葉に、アルベルトの肩がガクンと落ちた。

 すでに魂の抜けたような瞳で、ただ床を見つめている。


「今後は、王家直属の尋問官による取り調べを受けてもらう。

 すべての証言と証拠がそろい次第、最終的な処分が下ることになるだろう」


 セドリックが控えていた近衛の兵士に目配せすると、二人の兵が静かに歩み寄り、アルベルトの両腕を取る。


 彼は抗うこともなく、そのまま引きずられるように立ち上がらされ、扉の方へと連れて行かれる。


 もはや貴族ではなく、ただの『罪人』として。


 誰も言葉をかけなかった。

 貴族たちが静かに視線を逸らす中、アルベルトは振り返ることもなく、会場を去っていった。


 やがて、カサンドラが静かに会場の中央に立ち、深々と頭を下げる。


「皆さま、本日は……お騒がせいたしました。私たちはこの場を去り、しばらくの間──私の生家に身を寄せる所存です。

夫の罪が正式に裁かれるその日まで、静かに見届けさせていただきます」


 隣に立つアントンもまた、父が出て行った扉に背を向けるように、静かに頭を下げた。


 カサンドラが振り返り、息子と共に歩き出す。

 会場を包む沈黙は、彼らの足音だけを通してゆっくりと流れていた。


 貴族たちがざわめきを抑え、会場に静けさが戻り始めた頃。

 場違いな足音がコツ、コツと響き──その中心に、ひとりの若い男が涼しい顔で現れた。


 静かな会場に、どこか場違いな声が響く。


「……へぇ、まさか本当に君がここまで活躍するとは思わなかったよ!」


 現れたのは、セドリック殿下の弟──アレクシス王子殿下。

 エリシアの元婚約者であり、彼女の名誉と未来を踏みにじった男だった。


 彼は相変わらず、軽薄な微笑みを浮かべながら近づいてくる。


「いやぁ、あの時は行き違いがあったというか……。僕もあの女に騙されてたんだよ!?

 君が今、こうして立派に公爵夫人になっているのを見て──素直にすごいと思ったんだ」


 彼の声には、反省の色はまったくなかった。

 むしろ、『今さら褒めてやる』という上から目線さえ滲んでいる。


「君はもともと、王子妃として優秀だったからねぇ。いま思うと、あのとき君との婚約破棄をしたのは早計だったと思ってるんだ。

でも……まぁ、いろいろあって、リューンハルト公爵のところに行ったんだよね? 君も望んでないって、僕はわかってるよ?」


 アレクシスは、私に1歩近づいてそっと囁く。


「ねえ、どうかな? 今からでも、やり直すっていうのは。

君は元々『王妃の器』だったし……。やっぱり、僕には君が一番ふさわしいと思うんだよね」

 

 その一言にぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。


「はぁ? 今更、やり直すぅ? ……レオニス、本気で言ってると思う?」


 まるでアレクシスの存在など最初から眼中にないかのように、小さく微笑んで隣に立つ夫の方へ視線を向ける。

 

 わざと大きく響かせた声はエリシアのものだった。

 およそ公爵夫人の言葉とは思えないセリフに、会場の空気が一瞬で凍りつく。


「私はあなたにすがったことなんて、一度もないでしょ?

あなたが私を捨てたあの日からずっと、自分の足で立って生きてきたんです。

誰かに許されるためでも、誰かに愛されるためでもなく──。

『エリシア』の人生を、『エリシアの手に取り戻す』ために」


 アレクシスの顔から余裕が消える。


「は……。き、君は……一体……?」


「あなたが『見る目がなかった』と気づけたのは、結構なことですけど……。私は、もうあなたの人生には必要のない存在ですから」

それに、『やり直したい』だなんて……捨てた人間が言うセリフじゃありませんよね?

『捨てた側』の人間が――」


 瞳は一切揺らがせない。

 堂々と、誇り高く、そして冷静に──。突き放すように微笑んでやった。


「……これ以上、私の人生に関わらないでください。

それが──あなたにできる、最後の『誠意』です」


 その言葉にアレクシスは言葉を失い、口を開けたまま立ち尽くす。


 周囲の視線は、彼に冷たく突き刺さっていた。

 やがて誰かが静かに扉を開けると、側近のひとりが彼の肩をぽんと叩く。


「……殿下、ご退場の時間です。これ以上、お立場を損なわぬように」


 アレクシスはなすすべもなくそのまま会場を後にする。

 扉が静かに閉まった瞬間、会場全体が安堵の息を吐いたようだった。

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