銅貨9枚の稼ぎ
街に来て3日目の朝。昨日よりも早く起きた。窓の外を見るとまだ太陽は顔を出しておらず、空がうっすらと明るくなってきたところだ。
昨日の受付嬢の説明では今日の薬草採取は問題ないみたいだが、遅いよりは早い方がいいってのは昨日学んだ経験である。別に始業時間が決まってるわけでなし、終業時間が決まってる訳でも無い。日が沈むと冒険者ギルドが閉まるのであれだが、完全フレックスタイム制だ。
……私みたいな底辺がフレックスとか言ったらブラックしか連想できないな。前の世界は前の世界で闇を抱えていた。
階下からは、微かに物音が聞こえてくる。朝の準備ができているのだろう。朝食をいただくために、階段を下りる。
今日のメニューは黒パンにホワイトシチューだ。黒パンは昨日と同じいまいちの味だが、シチューは旨い。ダンジョンでダンシングレードルが作ってくれたのより濃厚な感じだ。確かホワイトシチューにつかう、ベシャメルソースって牛乳と小麦粉を使ってつくるんだったか。
焦げない様に煮詰めていき……作り方なんて興味はない、そういうのは他の所に任せ……何処に任せようとしたんだろうか、混乱する思考を頭から振り払う。
今日は早く出発したいのだ、素早く食べ終えて席を立つ。すると厨房から宿屋の主であるマイルズが顔を出した。
「あんた、今日はどうするんだ?」
昨日とまったく同じセリフだ。ここで「依頼を受けに行きます」なんてボケを入れるほど、仲良くなってはいない。
「食事付きでお願いします」
無言で差し出された手に、銅貨6枚を手渡す。
「晩飯と部屋は用意しておく。ちゃんと帰ってこいよ」
そう言うと宿屋の主は厨房の中に消えて行った。
いったん部屋に戻って身支度を整えながら、少し自分らしくないかもと悩む。これで無一文になってしまった訳だ。
私はいわゆるエリクサーは最後まで使わない派なのだ。貴重なアイテムはいざという時まで大事に取って置き、結局は最後まで使わないってパターンを何度も経験してきたのだ。
それなのに今回は違う。現実とゲームは違うからだろうか。
確かに前の世界では貯金なんて無かった。とはいえ手元には最低限の現金は残してたし、使い切るなんてさすがに怖くてしなかった。だが今は、というとそれ程の恐怖は感じていない。お金が無くなって不安に押し潰されるという事がないのだ。目指している所が違うって事か。
私の目的は大金を稼ぐことだが、それはダンジョンへ無事に帰る為の手段を手に入れる為の目的なのだ。もちろん、ついでに色んな事をしておこうとは思っている。だが、ついではあくまでついでであって、最悪は大金を稼げないようなら、食料だけ確保して一か八かで帰ればよい。ダンジョンに帰ってしまえば、お金なんて必要ない訳だ。
そんな事を考えていたら準備が終わっていた。腰に剣を帯び袋を背負って階段を下りて行くと、また、宿屋の主に声を掛けられた。
「あんた、鎧はどうした。まさか部屋におきっぱなしとかじゃ無いだろうな」
「ここに来るまでに随分酷使したんで、今は修理に出してます」
事前に考え準備していたセリフを口にする。
「そうか、ならいいんだ。ところであんた、洗濯はどうしてるんだ?」
突然話題を変えて尋ねてきた。
「そのうち、纏めて洗おうかと思ってるんですが」
「長期滞在の個室客なら、3日に1回無料で洗濯している。風呂に入った後に声を掛けてくれれば、次の日の夕方には届ける。覚えておいてくれ」
にこりともせずに教えてくれた。服を手洗いして、干して、取り入れてなんて面倒くさかったので正直なところやってもらえるなら助かるが……長期滞在の個室の客か。
「洗濯もしていただけるんですか、助かります」
今日の依頼報酬、銅貨3枚じゃ足りないな。その場しのぎの礼をして、宿屋を出る。
まだ明るくなってきたばかりなのに歩いている人の数は多い。人波をかきわけながら進み冒険者ギルドに到着したが、ここも普通に混雑してた。
昨日と同じく低ランク依頼が張ってある掲示板の前に移動する。やはり少年少女の数が多い。ただ、昨日とは違い依頼をじっくりと選んでいる。友達どうしだろうか「あれはもう駄目だ」とか「こっちの方が良いんじゃない」とか真剣な顔をしながら相談している。
掲示板を確認すると、昨日は飛ぶような勢いで剥がされていたタンポポ採取の依頼が結構残っていた。やはり、昨日限定の美味しい依頼だったようだ。まあ「街の西側にはまだまだあるはず」と受付嬢のジャッジアが説明してくれたので、それを信じてこの依頼を受けることにした。
見習い冒険者たちの頭越しに手を伸ばしタンポポ採取依頼を1枚剥がす。前にいた子供たちが一斉に振り返り私の姿を確認するが、また直ぐに掲示板に向き直った。
昨日は分らなかったがその目には「この人は自分たちとは違う」という思いが浮かんでいた。なぜ、昨日気付かなかったのか……。
依頼書を手に持って窓口の列に並ぶ。もちろん、列の先にいるのはあの受付嬢だ。
「アールさん、おはようございます。どの依頼を受けるか決まりました?」
順番が回ってきて私の顔を確認すると、笑顔を浮かべて尋ねてくれる。
「はい、薬草採取です。お願いします」
依頼書とギルドカードを手渡す。
「薬草採取だけですか……。アールさんには昨日も説明させていただきましたが、この辺りの依頼なら問題なくこなせると思うんです。だから、もっと頑張っていただきたいんですが」
依頼受注の作業をしながら、ジャッジアが眉根を寄せて話し掛けてきた。
「そう言って頂けると嬉しいです。そこで、ジャッジアさんに聞きたい事があったんですよ。昨日も今も依頼を複数受けても問題ないみたいな話し方だったんですが、それは問題ないんでしょうか?」
「私がちゃんと説明していなかったようですね、申し訳ありません。アールさんの仰るように依頼は幾つ受けて頂いても、問題はありません。ただし、達成できない場合は依頼書にも掲載されているようにペナルティーがありますのでご注意ください」
「ですよね。だから依頼は1つだけにしたんですが、例えば、行ってみたらこの依頼の数量の2倍の薬草が採取できるとします。そこで2倍の量を採取してきて、新らたにこれと同じ依頼を受けるってのは問題ないんでしょうか?」
説明するのが難しい、意味がちゃんと伝わるだろうか。
「つまり、物を集めてから依頼を受けるってことですよね」
「あっ、その通りです」もっと、単純に考えて質問すればよかったか。
「それでしたら問題はありません。ただ、いくつか注意していただきたいことがあります。まず1つ目ですが、達成して戻ってきた時にその依頼が残っている保証はありません。次に2つ目です。前の日にたくさん集めて、依頼を達成するというのは無効という場合があります。特に薬草採取依頼に多いのですが、採取するのは当日に限る、みたいな期限が決められている事があります」
ジャッジアは、いったん手元の依頼に目を落とす。
「今回のアールさんに受けて頂いてる依頼もこのパターンですので、帰って来た時に依頼が無くても翌日に持ち越すことはできません。最後に3つ目ですが、常注依頼以外の討伐依頼の場合はギルドカードが魔物の数をカウントしますので、依頼達成にはなりません」
1つ目の危険性は考えている。もちろん、依頼が残っていた方が良い訳だが、最悪無くても自分で消費すればよいと考えている。昨日も思ったのだが、ポーションを作成してみたいってのがあるのだ。あと、2つ目みたいに沢山集めてからとかはないし、3つ目のも初日の説明にあったので覚えている。まったく問題なさそうだ。
「ジャッジアさん、説明ありがとうございます。問題はなさそうなので、このまま行ってみますね」
感謝の気持ちを込めてにっこりと微笑む。
「分りました、今日は西側に行くんですよね。アールさんなら問題ないと思いますが、お気を付けください」
処理済みのギルドカードをこちらに差し出しながら、笑顔で送り出してくれた。
・・・
・・
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「あんた、アールだったな、あのフルプレート鎧はどうした?」
西の城門に近づくと、私の姿を目聡く見付けた隊長が声を掛けてきた。
「修理に出してます」
「そんなに痛んでいるような感じでは無かったが」
「この街に来るのに随分酷使してたんですよ」
そう言いながらギルドカードを提示する。嘘も2回目になると適当になってくる。
「まあいい、あれ程の物だ。売れば直ぐに足がつく。あんたには期待してるんだ、嘘なんか吐いてくれるなよ」
隊長は鋭い視線をこっちに向けながら、ギルドカードを確認している。
「おかげですっからかんになってお金を稼がなきゃいけないんです」
衛兵に悪い印象を持たれるのはあまり良くないなと思い直し、誤魔化すためにもギルドカードに記載された依頼を指差しながら、ちょっとした事実を混ぜる事にする。
「それで、今日から依頼を熟すのか……薬草採取依頼!?」
昨日からだが、そんな事を言う必要もないか。
「ええ、西側だと簡単に採取出来るって聞いてたんですが、問題でもあったんですか?」
「いや、問題は起きてない。それより、あんたがこんな依頼を受けてるってのが問題だ。討伐依頼とか受けないのか?」
怪訝な顔をしながら尋ねてきた。
「鎧を修理中ですからね。仕方がないのでコツコツいきます」
笑顔で返しておく。
隊長は納得できないとでもいうような表情を浮かべながら、ギルドカードと私の顔を見比べている。なんか申し訳ない気がするが、安全マージンは必要だ。とはいえちょっと気まずいし、さらに好印象を植え付けた方がよいと思う。
何か話題を振って間を繋ごうかと考え、そう言えば、隊長に宿屋を紹介して貰ったお礼をまだ言ってなかった事を思い出し、さっそくお礼を口に出そうとして、ちょっと言葉を呑み込んだ。
感謝の気持ちを伝える為にはちゃんと名前を呼んだ方が良いってことは、ジャッジアという受付嬢も使っているテクニックである。だが、もともと名前を覚えるのは苦手なのに3日前に2、3時間話しただけなのだ、隊長の名前なんか覚えている訳がない。
仕方がないので名前を呼ぶのは諦めてお礼を言おうとした時に、衛兵室の中から若い衛兵の「リキッド隊長はどこにいる」という声が微かに聞こえてきた。隊長はその声には気付いていないようだ。衛兵、GJです。
「リキッド隊長、この前は宿屋まで送っていただきありがとうございました。しかも紹介してもらった宿が良い宿で本当に助かりました」
隊長が返そうと差し出してきたギルドカードを受け取りながら、すかさず名前を呼びながらお礼をしておく。
「そう言って貰えると、私も嬉しい。マイルズはああ見えて良い奴だから、何かあったら声を掛ければいい。外に出るのは大丈夫だろうが、気を付けてくれ」
隊長はそう言って笑顔を向けてくれた。私も笑顔を浮かべながら目礼をする。最初の方のちょっとした険悪な雰囲気は解消されたようだ。
必死にトークを駆使して相手の心を和ませるなんてまるで仕事をしてるみたいだな、そんな事を考えながら城門をでる。
城門から外に延びる道は西に向かって、まっすぐ進んでいく。道の両側には農地が広がっていて、ある程度の開墾は進んでいるようだ。
ただ昨日のように、目の前いっぱいに広がる農地って訳ではない。道から少し離れた場所には、ちょっとした雑木林のような場所が所々に残っていて、さらに奥に目を向けると深い森になっているようだ。
城壁沿いに北に進めば、この街にやって来た時のルートだ。
あっちはすこしだけ畑があったが小さかったし、そのまま1時間も進めば直ぐに獣道になる。イメージでは城壁が作られた丘の斜面なんかは日当たりも良くて、タンポポが沢山生えていそうだが、魔物の群れがいるかもしれないってのがちょっと引っかかる。採取にのめり込み過ぎて、周囲の警戒が散漫になるとかは流石に危険だろう。
まだ慣れないうちは安全な方が良いと昨日調べた採取エリアが書いてた地図を思い出す。西側のお勧めポイントは書いていなかったが、東側だと川沿いがお勧めポイントになっていた。
確かこのまま城壁沿いに南に進んで行くと、外堀になっている川にぶつかるはずだ。川沿いなら警戒すべき方向が限定されるし、道からもそんなに離れていない。行くならそっちだな、と城壁沿いに南に向かって進んで行く。
結果から言うと、川沿いには沢山のタンポポが咲いていて、直ぐに依頼2つ分の量のタンポポを採取する事ができた。そして昼前にはいったん冒険者ギルドに戻って2つ分の依頼を達成することが出来た。
さらに、昼食を食べた後に1つだけ残っていたタンポポの採取依頼を受注してからもう一度、街の外に出た。
その依頼の分のタンポポもそれ程苦労せずに採取し終えたのだが、まだまだ暗くなるには時間が余っていた。
そこで、タンポポ以外にも依頼書に載っていたような植物を何種類か見かけたので、それらをいくつかサンプルとして採取して持ち帰ってきておいた。
で今、それを調べているところだ。
今日受けた依頼よりも報酬が良いものが幾つかある。植物の正式な名前は覚えていないが、小さいころ蛇草と呼んでいた匂いのきつい植物やオレンジ色の提灯みたいな実がなる酸漿なんかは依頼報酬が高く、間違える事も無さそうだ。明日はこの報酬が銅貨6枚になるホオズキの依頼を受けようと決めた。
今日の稼ぎは銅貨9枚だ。まだまだ、はした金と言っても良いぐらいの金額だが、この街で暮すってことだけを考えるとある程度の目途はついた訳になる。まだ時間は早いが明日の予定も既に決めたので、直ぐにしなければいけない事もない。今日の仕事を終えて、冒険者ギルドを出る事にした。
最終目標のダンジョンに戻るためには、馬とか荷馬車が欲しい所だ。だが、さすがに全然足りないと思う。それよりも中期目標を定めるために西地区に向かうことにする。
昨日の夜、酒場で食事をしているときに聞こえてきた場所に向かうためだ。




