この世界の街と冒険者ギルドと
深淵の第9都市
南北700メートル、東西400メートルの広さで四方が城壁で囲まれた城塞都市である。通常は略され、ただ単にDA9(ディー・エー・ナイン)と呼ばれる。
城壁は高さ3メートルにもなる石積みで、東の山裾から流れてくる10メートル幅の川(ライン川と呼ばれる)を、街の東と南に城壁の外堀として配していた。街自体は南から北に向かって徐々に高くなる丘の上に造られており、北側に至っては城壁と崖を合わせて15メートル以上の高さを誇る。
城門は東と南、それに西の城壁にひとつずつあり、西の城門は他の城門より一回り小さい。
隣の街まで続く太い道が東の城壁の北よりにある門から入ってくると、街の中央で直角に折れ曲がって南に伸びている。南に伸びる大通りは、街を8割ほど縦断した辺りで、西の門から入って来た道と丁字路に交わり、そのまま伸びて南にある門からまた別の街に向かって伸びていく。道路の下には各家庭から続く下水道が完備されていて、思いのほか清潔な街をつくり上げていた。
街の中の住み分けは大まかに決まっており、北にある曲がり角付近がこの街の一等地になっていて、曲がり角のさらに北側にはこの街の領主館があり、西側は各種ギルドの支部や大商店、東側には教会が建っている。
南北に伸びる道路の東側、教会から見て南側には、この町に住む人々の住居が建ち並び、道路の西側、つまり各種ギルドの支部がある南側には商店や作業場などが建ち並ぶ。下水の排出口になる南西の隅は貧民街になっていて、街全体で見ると北から南に下るに連れて土地の価値が下がっていくようだ。
人口はおよそ3500人、そのうち1000人ほどが獣人族である。街に暮す者の職業は、およそ半数弱が農業に従事しており、2割ほどが生産業、2割弱が貴族や兵士といった支配階級で、冒険者は100人程度といった所だろうか。
東の山脈の向こう側にあるユール連邦と呼ばれる人族の国が集まった共同体が、この”中の森”に入植するために造った最前線の街がこのDA9である。
南と東にある隣町へと延びる街道沿いは、既に畑に覆い尽されており、現在は西に伸ばしている街道に沿って開墾を進めている。これまで切り拓いてきた生存圏の内側にある東や南側とは違い、ライン川を越えた場所にある北や西側には、まだまだ魔物の色が濃く、冒険者たちが活躍している。
そんな冒険者たちが、酒を飲んで騒ぎ疲れを癒すために泊まる西への街道沿いにある宿屋の2階の1室で男が呻いていた。
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私は下着姿のまま、反応しなくなったダンシングレードルをギュッと握りしめる。
「性的欲求の解消という目的は、ある意味すでに果たされていたって訳か」
お玉さんの言葉を思い出し、自分で答えを捻りだす。
「……取り敢えずその事は、置いとこう」
ため息をつきながら独り言ちる。
慣れない騎乗での2日間の旅。しかも昨日は問題の野営で、今日の朝は魔物とも戦い、午後には奴隷の姿に驚き、街に着いても見る物すべてが珍しく、さらに交渉して尋問されて、そして、お玉さんが魔力不足で休止状態。
うん、今、思い返すだけでも混乱しそうだ。とにかく落ち付こうと思う。
心を静めていくと、ようやく自分の体が凄く疲れている事実に気付いた。このままベッドにダイブして、全て放り出してしまいたい欲望にかられる。が、宿屋の主人に釘を刺されてた。風呂に入らねば、シーツを弁償する羽目になる。
「ふぅー、行くかぁ」
大きく息を吐きながら、自分に言い聞かせる。
背負い袋からシャツとズボンを取り出し身に着けると、小さな匙になったお玉さんを手に握りしめ、1階の風呂に向かう。
「遅かったな、もう降りてこないかと思ってたぞ」
階段を下りると、宿屋のマイルズが声を掛けてきた。
「ちょっと準備してたら、遅くなっちゃいまして」
適当に返事をしながら、風呂に向かう。
「先に鎧を脱いでたのか、鍵はちゃんと閉めただろうな」
少し心配そうな顔をしている。
「ええ、この通り」
鎧なんて置いてませんけど! と心の中で思いながら部屋の鍵を見せる。
「酒場の客が帰ったら、消灯だ。早く入ってくれ」
マイルズは鍵をちらっと見ると、カウンターの奥に戻っていった。
酒場の様子に目を向けると、少し客の数が減っているようだ。やはり、この世界だとそんなに遅くまで飲んだりはしないのだろう。
店の奥の扉を開けると、裏庭につながっていた。裏庭には小さな建物が何戸か建てられている。
どれが風呂だろうかと少し悩んでいると酒場の客だろうか、酒酔ったような赤い顔のおっさんがズボンをずり上げながら個室から出てきた。
何戸かはトイレになっているようだ。あたりを付けて大きめの建物の扉を開けると正解のようだ、眼前に湯気が広がる。
風呂はタイル張りになっていて、大人が2、3人は同時に入れそうな広さだ。さっそく服を脱いで湯につか……ちゃ駄目か、洗わないとな。キョロキョロっと見回すと備え付けの石鹸が目に留まる。
前の世界の癖? で何気なく石鹸を探して見回したのだがあるとは思っていなかった。風呂然り石鹸然り。予想以上にサニタリー関係が充実している。およそ3ヶ月ぶりの石鹸、ありがたく使わせてもらう事にした。
さすがに石鹸の質は良くないようだ、あまり泡立たない。私は体を洗う時も良く泡立ててから使いたい派だ。
昔付き合っていた彼女があまり泡立てずに体を洗ってたから、なぜだろうと不思議に思っていた。洗顔する時はあんなに泡立てる癖に。あの小さい泡が肌の奥まで入り込み、はじけるときに汚れを一緒に浮きあげてくれるんだ。
そんな事を考えながら体を洗っていて分かった。石鹸の質が悪いんじゃない、自分の体が汚すぎたようだ。こすってもこすっても出てくる垢を落としていたら、やっと石鹸の泡がモコモコになってくれた。
うん、めっちゃさっぱりした。ちょっと肌がひりひりするのは、仕方がないだろう。
湯船につかると流石に「ぅあぁ」声が出る。頭を空っぽにしてのんびりと時間を過すと、眠気と空腹感が襲ってくる。ぐぅとお腹がなって、ようやく朝から何も食べていなかった事に気付いた。やっぱり緊張してたんだろうか、我ながら今まで良く持ったと思う。
湯船から上がり体を拭き終わって……脱いだばかりの下着をもう一度はき服を着こむ。小さな匙を握りしめ、明日は下着と服を買おうと心に決めて階段を上がっていく。部屋に戻って、ありあわせの物を食べたまでは覚えているが、そこから先の記憶はない。
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目を覚ますと、窓から光が差し込んできている。いつの間にか寝ていたようだ。窓から差し込む光なんて懐かしいと思っていたら、小さな匙を手に握っていないことに気づいた。
「どこに行った!?」焦りながら、ベッドの上を探すと体の下敷きになっていたようだ、ほっと胸を撫で下ろし拾いあげる。
手に持つとお玉さんの魔力を感じる。そっと声をかけてみるが、流石に昨日の今日では反応しないか。ずっと握りしめている訳にもいかないし、服を買いに行くついでに首下げの革ひもでも買うか、そう決めて宿を出る。
服を買うにも先立つものが必要だ、まずは冒険者ギルドに向かう事にした。昨日、城門で若い衛兵が説明してくれていたし、リキッド隊長も念押ししていた。通行証明書を持って冒険者登録すれば返金して貰えるらしいからだ。
宿屋の主人に冒険者ギルドの場所を尋ねると「店の前の道を真っすぐ行くと大きな通りにぶつかるから、それを左に曲がって進んで行く。次の曲がり角にあるから直ぐ分かる」と教えてくれた。
外に出ると陽は少し高くなっていて、昨日の城門の外で見たような人混みはなかったが、ちらほらと歩いてる人の姿は見受けられる。私の様に武器を携えている冒険者のような姿もあれば、きちっと服を着こんだ商人か、もしくは役人かも知れない、そんな感じの男性の姿もある。
他にも、着ている服は全く違うがまるでOLのような雰囲気であるく女性の姿や、どこかの作業場の奉公人だろうか、前掛けをつけた若い男の姿もある。さすがに物乞いの姿もあるが、思っていたよりも文明的な雰囲気におもわず面食らう。
こっちの世界にきてから、血の匂いを嗅がない日はなかった。相当に殺伐とした日々を暮して来たのだが、そんな自分よりもこの町の方がずっと文明的なのだ。
昨日は風呂に入ったし、朝起きて使ったトイレは壺どころか手動式だが水洗で、目の粗い紙まで置いてあった。この前、ダンジョンに水洗トイレを作って、私って”文明人”とか思っていたのだが、見事に勘違いしていたようだ。
中世の街並みは糞尿がまき散らされていて臭かったとか、毛虱なんか当たり前で風呂なんかには入らず香水で体臭を消していたとか、そんな知識があったのだが、この世界は思った以上に衛生的なようだ。
世界観が違うなんて文句を言うつもりは全くない、寧ろ歓迎すべき事柄だ。まあ、トイレの紙はちょっと質が悪くて、私のデリケートな部分には刺激が強すぎるが。
冒険者ギルドへ向かう道を歩きながら、考える。昨日、感じたこの世界への不信や嫌悪。そして今、感じているこの世界への好意や肯定。この差ってなんだろうか。
……冒険者が連れていた奴隷の所為だ。今、目の付く範囲に奴隷の姿が見えないからだ、と気付く。この世界で奴隷の話を聞いたときは、女性を侍らせてウハウハとか単純に考えていたが、しっかりと奴隷の事も調べておかなければならない。
冒険者ギルドは宿屋の主人が教えてくれた通り、大通りに面した目立つ場所にあった。建物は二階建てで、広さは駐車場の無いコンビニぐらいの大きさだろうか。中に入ると、酒場が併設されていると言う訳でもなく、窓口の少ない地方の郵便局って感じだ。
依頼を受けるにはもう遅い時間なのか結構空いている。ただ、テンプレみたいに酔っ払いに絡まれるって事はないのだが、少しだけいる冒険者がこちらの様子をチラチラと伺うように見ていた。
昨日のようにフルプレート鎧を装備している訳でも無いし、流石に駆け出しって年には見えないはずだ。声を掛けられた訳でも無いので無視して空いてる窓口に向かう事にした。
「いらっしゃいませ。本日のご用件はどういったものでしょうか?」
30代だろうか、甘めの顔にちょっと冷たい感じの笑みを浮かべた男が担当している窓口のようだ。
「冒険者になりたいんですが。それと、これを渡せば返金してもらえるって聞いてるんですが」
用件を伝えながら、通行証明書を取り出す。
「通行証明書ですね、お預かりします」
そう言って、ギルド職員の男は通行証明書を受け取ると、中を確認しだす。
「お名前はアールさんでよろしいでしょうか。それで、この街に来たのは初めてで、以前に冒険者登録をしたことは無いと。しばらくはこの街で冒険者として活動する、という事ですが、間違いはありませんでしょうか?」
「はい、その通りです」
「報告では魔力量が相当多いようですが……。これが事実なら、いきなり冒険者として本登録して頂く事もできそうですね。このまま手続きの方を進めますか?」
「お願いしたいのですが、登録手数料とか掛かるのですか? もし掛かるならさきに返金してほしいのですが」
「城門で通行量と共に人頭税もお支払いして頂いておりますので、登録手数料というものは必要ありません。返金の方は、冒険者として登録していただいた方に対して、清算してお返ししておりますので、登録終了後にお渡しさせていただきます」
手数料はいらなくて、あとで返金してくれるって事だな。
「では、冒険者登録の手続きを進めてください」
「判りました。では、まずこの水晶の玉に手を翳してください。魔力の測定と個人データの読み取りを行います。水晶が発光しますので、思いっきり魔力を込めてください」
昨日、城門でやったやつの詳しい版ってところだろうか。指示されたように水晶に手を翳し魔力をこめると、直ぐに淡く輝きだした。
ギルド職員の男が少し驚いたような表情を浮かべている。しばらくすると、水晶の中になにか奇妙な模様が浮かび上がってきたようだ。ギルド職員の男がその模様を覗き込んだ。
もう、止めてもいいのだろうか?
男に視線を向けるが何も言ってくれない。途中で勝手にやめて文句でも言われたら、めんどくさいな。さらに魔力を込め続けていると、水晶がさらに明るく輝きだした。
「うわっ! もう結構です。眩しい!! 大丈夫ですんで、魔力を止めてください!!!」
水晶から顔を背けて、語気をあらげる。
「あっ、すみません」
急に大きな声を出され、思わず魔力を止めつつ謝る。
「淡く輝けば十分なんですよ……。まあ、魔力量は報告通り十分ってことですね。確かに冒険者見習いのレベルではありませんね」
なんか言外に、分かるだろって、感じの呆れるような雰囲気を醸し出している。
てか、今のってこっちが謝る必要はあったのか。止めて良ければ先にそう言えよ。少しイラッとしてしまう。あれだな、丁寧な対応してくれてた人が、いきなり口調を変えると必要以上に気に障るってやつだな。
「魔力パターンの読み取りも完了したので手続きの方はこれで終了になります。ただ、ギルドカードが出来るまではしばらく時間が掛かりますので、その間に冒険者ギルドの説明をさせていただきます。では僕は準備してきますのでジャッジア、後の説明をお願いします」
隣の席に座っていた女性にそう言い残して、ギルド職員の男は奥の扉の中に消えて行った。
男に変わって目の前の窓口に座ったのは妙齢の美人って感じだ。
「アールさんでしたよね、気に障ったならごめんなさいね。彼、悪い人じゃないんだけど、エリートって言うのかしら、偶に人の事を小馬鹿にしたような態度を取っちゃうのよね」
あなたもそう思うでしょ、と困ったような顔を浮かべる。
私がなんとも言えない表情をしたのだろうか、彼女は話を続けた。
「それで相手を不機嫌にさせちゃうんだけど、その辺りは敏感なのよ。そのまま自分が対応して、相手の機嫌をさらに悪化させるよりもって事なのよ。それでいつも私に代わるんだけどね。これさえなければ良い上司なんだけど……」
呆れたような笑顔を私に向ける。
「……」
「って、なんか愚痴を聞かせてしまったみたい、ごめんなさいね」
私が苦笑いを浮かべているのに気づいたのか、色っぽい顔に柔和な笑みを浮かべて謝ってくれた。
私は美人の笑顔にイラッとした気持ちがすっかり消え去っていた。
T字路って丁字路だったんですね。言われてみればってやつです。




