仲間も逃げ出す
翌日も晴れていた。さわやかな気分で目を覚ます。
身支度をしていつもの様に薪を拾い、果物を集める為に外に出ようとして気が付く。外に何かいる。すぐ近くにいるのだ。ベッドの中で目覚めたままの状態で息を潜め、集中してその姿を観る。
コボルトだ。
他にはいないようだ。1匹だけだ。犬の姿のその魔物は武器を持っていないようだ。腰布ひとつでこの大木の周りを探るように、歩き回ってる。
……しかし不思議な事に、まったく恐怖を感じない。自分が強くなったという事なのか?
意を決して槍を握りしめ、飛び出した。
コボルトに近づいて槍を構え、相対するが……『ナニ スル』という思いが頭に浮かんできた。
思わず「ふぇっ!?」と、自分でも聞いたことがない声がでる。
どうやら目の前のコボルトからのようだ。なんとなく解る。混乱しながらも、コボルトをまじまじと見つめてみる。それほど、嫌悪感を感じない。いや、その犬の様なつぶらな瞳は愛着さえ覚える。
『ナニ スル メイレイ クレ』とまた頭に浮かぶ。
「薪拾い」
お前を倒そうとしていたんだが……と混乱しつつも、拠点の薪がもうなくなっていたなと思いついて、そう答える。
するとコボルトは、舌を口から溢して、四つん這いになって走って行った。
呆然としながら観ていると、すぐ近場で薪を拾い集めるが、手ごろな物はあまり集まらずウロウロしだす。しばらくすると諦めたのか戻ってきた。そして、私の前に少しだけ集めた薪を放り出し『マキ モウナイ』と尻尾を振りながら伝えてきた。
しかも、つぶらな瞳はまるで褒めてと言わんばかりに輝いている。なんかイラっとして思わず声をあらげる。
「もっと向こうまで行けば、幾らでもあるわ!」
すると『デレナイ ハナレナイ』と少し、怒ったように伝えてくる。意味がわからない。
「……ならせめて、拠点の中にいれろよ」
目の前のコボルトが放り出した薪を拾いあげながら、拠点にしまっていく。クーンと鼻を鳴らし悲しそうな顔をしているようだ。
「なんだって言うんだ、こいつ」と小声で突っ込むと『コボルト シモベ』と伝えてきた。
シモベって下僕か? 確かに今までの魔物と雰囲気が違う。そして昨日の夜、独り言ちた事を思い出し、もしかして自分が召喚したんだろうかと思い至る。召喚した事に興奮し、役に立たないコボルトに残念な思いを抱く。そしておもむろに叫んでみる。
「ドラゴン 召喚!!」
ふと頭に浮かんだ言葉を叫んでみたが、コボルトがハァハァと息を荒げるだけで何も起こらなかった。
とりあえず薪を集めに森の奥へ進もうとすると、尻尾をフリフリ、コボルトが付いてくる。そして手ごろな薪をみつけたと思ったら、ダッシュで拾いあげて持ってくる。暫くの間行動を見守ってなんとなく、コボルトの事を理解した。
どうやら、私の感知範囲から外にはでれないようだ。両手いっぱいに薪をあつめ、拠点に戻る。2人!?で薪を集めると、あっという間に薪が集まるな。
「次は木の実を集める」
そう言うと、またも勝手に走って行った。どうせ周囲の実はほとんど取りつくしてるからまたウロウロするだけだ、と思いながら洞から出る。
しかしコボルトは予想に反した行動をとっていて、周囲を走りまわり、所々で穴を掘っては拠点に何かを運んでくる。コボルトの行動に疑問を覚えながらも、自分はいつもの様に赤い実を集める。
赤い実を抱えるほど集めて持ち帰ると、いつか観た向日葵の種に似た物が洞の中に置いてあった。試しに殻を割ってたべてみる。甘くはないが濃厚な味で、脂肪分が多いのだろうか、おなかに溜まる感じだ。
褒めて褒めてという顔で、こちらを見ているコボルトの頭を、こわごわ撫でてやる。尻尾をちぎれんばかりに振って喜んでいるようだ。
「次は鹿を狩るぞ」
思ったより役に立つかもしれない。少し認識を変えて、命令し準備を整えて狩りに出かける。
周りの気配を窺う。すこし離れた位置に若い雄の鹿がいた。後ろに回りこもうと近づくが、素早く動いていたコボルトが、反対側からこちらに向かって追い立ててきた。
無防備に近付いて来る鹿に狙いを定め、思いっきり投げつける。槍は鹿の胸に深々と突き刺さり、その命を一撃で仕留める。コボルトが、仕留めた鹿の回りで飛び跳ねるように喜んでいる。
思ったよりどころか相当に、かも。思わず「お前、何者?」と呟いた。すると『忠実ナ シモベ コボルト』と伝えてくる。
忠実な下僕で、その姿って……忠犬って事か!?「ハチ公かよ!!」思わず口に出して突っ込むと、『コボルト 名前 ハチ公』と喜びながら洞の周りを走り回っている。
「いや、忠犬は立って走らないか」今度は心の中で突っ込んでおいた。
それにしても、久しぶりのこんな会話にも、心が湧き立つのを感じる。
なんとなく、わくわくしながら鹿を担いで川まで運び、昨日手に入れたナイフで首を落とす。血抜きしながら上機嫌になった私は、それと無くコボルトに聞いてみる。
「もしかして、捌けない?」
『ハチコウ サバク デキル』
その言葉を信じて、試しにナイフを渡してみるとコボルトは、見事に捌いていく。腹の皮だけを器用に切り裂き、内臓を傷つけないよう取り出すと、皮を剥ぎ取り、前足や後ろ脚をバラしていく。そしてアバラを切り分け、食べれそうな部位を切り取っていく。
見る間に結構な量の肉の塊が取れた。何度かに分けて拠点に運び込む。喋る相手ができた喜びと、想像以上に有能なコボルトの存在に、心躍らせながら拠点に帰った。
拠点に籠ると、すぐさま鹿の肉を調理する事にした。厚切りの骨付きステーキを石焼にしてみる。脂も乗っていて、足もも肉よりジューシーな味わいだ。向日葵の種みたいなやつもクルーミーな味わいで、よく合う。
隣ではコボルトのハチが、頭を突っ込むようにして内臓に食らいついていた。その様子を見て、明日は川で水浴びしようと心に決めた……。
新たな仲間と共に晴れと雨が交互に続く日々を、美味しい肉と甘い実や新しい種を食べながら過ごしていく。たまにうろついてるゴブリンを見つけると、さらに強くなる為に協力し積極的に始末していった。あれから何度か強くなり、ハチも力を増しているようだった。
生き物を感知できる距離も100メートル四方に広がっていた。このままレベル上げをしながら、ずっと暮らしていっても良いかもと思いながら、1週間が過ぎ去った。
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拠点の周りの鹿の数が減り、すこし狩りにくくなっていた。周囲の様子を詳しく探るために、上流の方向に2時間ほど歩いて行く。
先行して様子を見ていたハチが、何か見つけたようだ。『ゴブリン タクサン』と伝えてきた。瞬間、私も何匹かのゴブリンの存在を感じ取る。感覚を集中して観てみると奥の方にもいるようだ。
ハチに待機を命じて慎重にすすんでいく。結局30匹近いゴブリンの群れがいた。すぐに踵を返し拠点にもどって、思い悩む。
30匹は多すぎる、危険だ。けどこの場所を手放すのはおしい。まだ距離があるし、今ならハチと一緒に戦えば4、5匹ぐらいまでなら何とかなると思う。
しばらく様子を見ようと決めた。だが次の日から、雨がつづいた。
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雨が止んだのは、ストックしていた食料がちょうど無くなった頃で、群れを見てから3日が経過していた。あのゴブリン群れの事が気になる。
午前中に薪拾いや食料の調達を手早くすませ、川沿いを上流に進んでいく。ハチを後ろに引き連れて警戒しながら1時間ほど歩いた頃だろうか。いきなりゴブリンの反応があらわれる。
しかも数をどんどん増やしながら喚き散らしながらこっちに走ってくる。あの時より断然多い、何十匹もいる。
「なんかやばい」
慌てて引き返し距離を取りながら、後ろの様子を観つづける。やっぱりおかしい、コブリンたちは後ろをたびたび振り返りながら、悲鳴をあげ必死に走りつづけている。
こっちが気付かれた、って訳ではないのか。と思った瞬間に、少し開けた場所にいた2匹のゴブリンを、舞い降りてきた大きな塊がいっきに掴み上げた。
っドラゴン!!!!
圧倒的存在感だ。重低音の雄叫びをあげ恐怖をまき散らしている。しかも1匹だけではないようで、他所からも咆哮が聞こえる。
「逃げるぞ!」と叫んだ瞬間、脱兎のごとく走り出す。
木の陰に隠れ、藪の中をつきすすみ、気付かれないよう祈りながらひたすら走り続けた。ようやく辿り着いた拠点に倒れ込むように駆け込んだ。そのままハチも中に引き入れて、震える手で入り口を隠した。
拠点の中に籠りじっと息を潜める。
しばらくすると、次々と近付いて来るコブリンの存在を感じ取れた。集中して様子を窺うと何匹かで固まって走っているのが観える。振り向き空を見上げながら、悲鳴をあげて崖の方に走っていく。それに混じって重低音の鳴き声が何度も聞こえる。
そのたびに心が締め付けられるような恐怖を感じる。ハチも横でブルブル震えながら、尻尾を巻いて蹲っている。
外ではまだ、ドラゴンが追い掛けているのだろう。ついに崖に追い詰められたゴブリンは行き場を失った。
そしてそこにドラゴンが舞い降りて、ゴブリンを掻っ攫っていく。
逃げ場を失ったゴブリンの中の数匹が、ドラゴンの爪を躱そうとバランスを崩して、崖下に落ちていった。その後は小さなドラゴンも現れ、舞い降りてきては、ゴブリンを掴んでは連れ去っていく。10匹ぐらいの大小のドラゴンが狩りを繰り返している。
拠点の中で蹲り、必死に恐怖に耐えていた。夕暮になり、狩りはやっと終わったようだ。ゴブリンはその数を大幅に減らし、ほとんど残っていないようだった。周りの状況を確認し少し落ち着いて考える。
ドラゴンだ、こんな所にまでドラゴンが現れた。もう、この拠点はだめだ。万が一目をつけられたら終わりだ、逃げよう。夜のうちに崖を降りてしまおう。
ナイフをいつもの様にハチに渡し、コップと水筒を肩に掛ける。いつの間にか大きくなった透明な丸い球を掴み上げポケットに入れなおす。恐怖に竦むハチを何とか外に出すと、槍を握りしめ拠点をあとにした。
月明かりの中、まだ残っているゴブリンに奇襲を掛けて仕留めていく。弱り切っていたのか大した抵抗もなく、始末できた。ポケットの中の球がまた大きくなったような気がした。
以前に下調べをしておいた、崖面に取りつく。仄かな月明かりの中、足場を確かめ降りていく。愚図るハチを何とか呼び寄せる。それでも、前の時よりペースは遅くない。体力は上がっているのだ。
一段一段と慎重に降りていき、夜明け前には一番下に到着していた。




