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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第55話 まだ見ぬ新たな道へ

 その後、ガイウスへ、異界の侵略者の存在、最東端が担う役割、双子の娘に託された切り札、そしてアルダダスと最東端との会談について――それらの情報を渡しておいた。



 彼は一通り聞き終えると「これをエルダーと共有してよいか」と確認してきたので、俺は気楽に「別にいいんじゃないか」と答えた。すると彼は、なんでか深々と頭を抱え込んでしまった。


 重要情報の扱いが軽すぎると思っているのだろうが、正直、こうなってしまったら今更感満載だろう。

 

――カードはフルオープン。

 細工はボロボロ、仕上げは見てのお楽しみ!


 半分やけっぱちに近い心境だが、先が読めない方が面白いだろ……そう考えている自分に気づくと、たしかに若い頃の俺の感覚が甦っているような気もする。

 もし、勇者としての立場であったならば、あるいは父としての立場ならば、この混沌化の状況は決して歓迎すべきものではない。


 のだが、思考を巡らせるのが面倒になっているのもまた事実。


 とりあえずは、子どもたちの意志を尊重し、その成長を阻害しない範囲で見守る。その方針を中心に据えよう……と、考えるのは簡単だが、守りたいという思いのあまり、つい小言を漏らしてしまいそうで困る。



 ともかく、何よりも先にやるべきは――感情に任せ、アスティを責めてしまったことへの反省と謝罪。

 そういうわけで、俺はメディウスの執務室でガイウスと別れ、アスティたちを探して屋敷内をうろうろしている。


 ちなみにガイウスは、熱気に包まれるデルビヨの巡察へと向かった。

 熱はしばしば暴走を招く。住民が感情に呑まれ、根拠のない噂を広げぬよう確かめに行ったというわけだ。

 

 そんなものエルダーにでも任せておけばいいのに、もう爺さんだというのによくやる。



 そうこうしているうちに、屋敷の長廊下の途中でアスティ、フローラ、エルダーの姿を見つけた。アデルの姿はない。


 アスティは涙を拭い、呼吸も落ち着いているように見える。

 会話の内容は、デルビヨにある菓子屋や雑貨屋の話など、取り留めのないもののようだった。


 様子からして、エルダーが気を使いその話に誘導したように見える。

 その彼は緊張でぎこちなくなった様子で、フローラに今度案内をしたいと申し出ている。

 彼の雰囲気から、淡い恋慕に気づくが――そこはあえて触れぬことにした。


 でだ……。


(さっきの今で、なんと声を掛けたらいいもんか。アスティとこんな言い合いしたのは初めてだしな……とにかく、話しかけないと始まらんか)


 意を決して三人へ歩み寄り、俺は娘の名を呼んだ。

「アスティ」

「――っ!? お、お父さん……」


 娘の肩がぴくりと跳ね、黄金の瞳がこちらをおそるおそる見上げる。

 表面にはまだ涙が薄くにじんでいた。

 落ち着きを取り戻したように見えても、心の揺らぎは残っているようだ。

 

 俺はアスティとフローラに視線を交互に向け、深く頭を下げた。

「さっきは……感情的になって、すまなかった」


「え、その……」

「あ、あの……」

 

 二人は突然の謝罪に驚き、言葉を紡げないでいる。代わりに俺がさらに続けた。

「フローラ、理想を否定するような真似をして、すまなかった。フローラの言うとおり、俺の価値観は古い観念に縛られているようだ。しかし、長く積み重ねてきた感覚というのは、そう簡単には拭えない。だからといって、これからは頭ごなしに否定しないよう努めるつもりだ。難しいかもしれないが」


「……はい。わたしも、感情的になりすぎました。申し訳ありません」


 互いにばつの悪さを隠せず、俺とフローラは少し引きつった笑みを浮かべ合う。



 引きつった頬を片手で伸ばし、アスティへ顔を向ける。

 その瞬間、娘の体は石のように固まった。

 ここまで怯えられたことは初めてだ――俺はそれほどまでに、娘を追い詰めてしまったのだな……。

 

 だからこそ、言葉をできるだけゆっくり、そして柔らかく紡いだ。

「……娘から格好いいと言われたのは父として嬉しかった。だが、同じ道を進むというのは……どうしても、受け入れがたいものあったんだ」

「……うん」


「肩書きは立派で、見た目は華やかだが、一言で言って……くそだからな」

「そ、そんなにひどいの? 勇者って」


「まぁな。人々に気を配り、戦いに身を投じ、兵站の管理に追われ、会議にも呼ばれ、貴族どもの機嫌まで取らされる。自分の自由など皆無……そんな職業だった」

「そう、なんだ。たしかに、大変なことばかり……かも……」


「はぁ、話しているうちにだんだん思い出してきた。特に貴族の相手が、もう~、うざくてな。俺を利用しようとする輩、庶民出の俺の活躍が気に食わぬと、重箱の隅を楊枝でほじくるように突いてくる輩……あ~、今からでもあいつらを斬ってやりたい」


「ちょ、ちょっと、お父さん……」


「おっと、ごほん……ともかく、八面六臂に働き、四方八方に愛想を振りまく。そこまでしても、責められる。そんな職業に就きたいと娘に言われたら、さすがに、な……」

「あ……うん……」


 アスティは気落ちした様子を見せた。

 俺は心の中で頭を抱える。

(いかんいかん、夢を肯定するつもりだったのに、昔を思い出して俺自身の愚痴をぶつけてしまった)



 続く言葉をどうしたものかと頭を捻る。

 すると、横からフローラがすっと言葉を差し挟んだ。


「あーちゃんは大丈夫ですよ、ヤーロゥさん」

「うん?」

「だって、わたしの国の勇者になるんですもの。あーちゃんはヤーロゥさんが経験したものとは違う勇者になります」

「…………フフ、そうだな。ああ、たしかにそうだ」


 俺とアスティとでは状況が全然違う。

 俺は勇者を目指していた友の遺志を継ぎ、勇者となった。

 アスティは父に憧れ、自ら勇者を目指す。


 俺には同じ歩幅で共に歩む友はいなかった。アルダダスやガイウスの助けはあったが、結局は孤独の中で宮廷に抗い続けた。

 だがアスティには、共に並び立つ友がいる。互いを支え合い、笑い合い、力を貸し合える仲間が。


 同じ『勇者』という名の道を歩もうとしていても――アスティの行く道は、俺のそれとはまったく別の、新しい道。



 俺はアスティを真正面から見据える。アスティもまた、まっすぐと俺を見返してきた。

「アスティ。俺とは状況は違っても、それでも想像を絶する苦労がそこにある」

「うん」

「だが、お前には仲間たちがいる。彼らと一緒ならば、必ず乗り越えられる」

「うんっ」

「お前の人生、お前の歩む道。俺はその道を邪魔するつもりはない」

「うん!」

「だけど、困ったときは、いつでも相談しに来い。元勇者として、アドバイスくらいはできるかもしれん」

「うん、ありがとう! お父さん!!」



 アスティは涙を浮かべながらも、笑顔を零して俺の胸に飛び込んできた。

 溢れる涙は、先ほどまでの悲しみの涙ではない。

 俺を強く抱きしめる娘を、俺もまた優しく抱きしめた。

 

 俺の胸に深く顔をうずめる娘の赤色の髪を優しく何度も撫でる。

(こうやって抱きしめ、撫でてあげられるのも僅かかもな。アスティはもう、旅立とうとしている)


 寂しくもある。嬉しくもある。

 悲しさと喜びが入り混じる、不可思議な感情を心地よく感じ、抱きしめていた両手を緩め、そっと離れた。



 そして、本来ならば、真っ先に渡すべきだった言葉をアスティとフローラへ向ける。

 ちょっと、意地悪を交えつつ、声に重みを乗せて。



「アスティ、フローラ。一言、言っておかないといけないことがある」

「な、なに、お父さん?」

「えっと、何かまだ問題がありましたか……?」


「そうだな~、緊急事態が発生したら秘密の場所で落ち合う手筈だっただろう。なのになぜ、デルビヨの町に残り、戦っていたんだ?」

「あ! え~っと、それは~」

「その、なんと言いましょうか……放っておくには忍びないというか……」


「命がけだったのだろう。いや、下手をすれば死んでいた」

「……うん」

「……はい」


 ここで俺は、にやりと笑う。

「だが! お前たちはやり遂げた! このデルビヨを守り抜いた! よくやった……正直、驚いたぞ。お前たちがこれほどのことを成し遂げるとは。一人前といっても差し支えはない」


 そう言葉を渡すと、二人は瞳を燦燦と輝かせながら、目を大きく丸くした。

 そして――


「「はい!!」」


 元気よく返事して――


「フーちゃん!」

「あーちゃん!」


「「イェイ!」」


 と、片手を打ち合わせた。


 その姿を見ると、少しだけホッとする。

(フフ、まだまだ子どもだな。フローラの化けっぷりに驚かされたが、この子もまた子どもらしいところを残している。安心したよ)


 で、ここで親として釘を刺しておく。


「だからと言って、あんまり心配をかけるなよ。無茶もしない。話を聞いたときには、どれほど気が気でなかったか」

「「は~い」」


 ふたりは調子よく返事をした。

 俺は深いため息をひとつ吐く。  


「はぁ、本当にわかってるんだか……」



 気楽な返事をする二人に、俺は嬉しさと同時に、ほんのわずかな不安を覚える。

 二人から視線の先を動かし、ここまで邪魔をせず、沈黙を保っていたエルダーへ声をかけた。


「二人のことを見ていてくれたのだろう。面倒を掛けたな、エルダー」

「い、いえ、そんな僕は!」


 彼の慌てた声を聞き流しつつ、俺はアスティと喜び合うフローラをちらりと見やり、再びエルダーへと目を戻す。

「かなり手強い相手だと思うが……頑張れ」

「はい? え、ええと……?」

 

 何のことかわからず首を傾げるエルダー…………さて、おっさんが若者の恋愛事情に首を突っ込んでも仕方がない。



 それよりも――今はアデルのことが気がかりだ。


 ガイウスからも見てやれと言われたが、言われずとも、あの子の様子を見れば放っておけない。


「三人とも、アデルを見かけなかったか? あの子とも、少し話があるんだが」


 この問いかけに、三人は顔を見合わせて、揃って首を横に振った。

「さぁ、私は全然見かけてないよ、お父さん」

「どこに行っちゃったんだろう……。ずっと変だったし」

「どこへ向かったかは知りませんが……屋敷の外に出て、北の方角へ向かっていましたよ」


「北、ね……そこまでわかれば十分だ。あとは、気配を追えば探し出せる。お前たちはもう少し休んでおけ。深夜から大変だったんだろう。じゃ、あとでな」


 軽く手を振り、その場を後にした。

 背後で、何かエルダーが言いかけていた気もするが――まあ、あとで聞けばいいだろう。



――エルダー


「あ、ジルド――ああ、行かれてしまった。詰めておきたい話があったのに……でも、あとで構わないかな。きっと、慣れていらっしゃるでしょうし」

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