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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第54話 憧れた空を翼に触れて

 俺は両手で頬を叩き、意識を切り替える。

「よっしゃ、悩むのはやめよう! このまま凹んでいても仕方がない。まぁ、なるようになる! それでいいか!!」


 俺はぐっと拳を固める。

 すると、またもやガイウスが思案顔を見せる。


「ふむ、やはり……」

「さっきからその顔が好きだな。一体何だってんだ?」

「いやな……昔のお前に戻ってきていると思ってな」

「昔の? 勇者をやっていた頃の俺か?」


「いや、それより前だ。無鉄砲でいい加減で、やたら楽観的で、場当たり的で、ひたすら自由人だった少年時代のお前だ」

「……はっ? それってつまり、俺が全然成長していないって言いたいのかよ」



 俺は歯ぎしりを見せて、さらに追い打ちとばかりに不満を重ねようとしたが、ガイウスの真剣な表情を前に、言葉と感情を鎮めた。


「そういった意味ではない。地に戻っているという話だ」

「地?」

「出会ったばかりの……少年時代のお前はほんと~に、ろくでもなくどうしようもない輩だった」

「おい!」


「だが、ゼルムと出会い、彼の影響を受けて、少しは物事を真面目に考えるようになった」

「結局、俺の悪口じゃねぇか?」

「そうではない。お前はある日から、お前ではない誰かを演じ始めた。それは、ゼルムを失った日からだ」


「ガイウス、それに触れる必要は――――」


「いいから聞け! お前はゼルムの遺志を継ぎ、勇者となった。そして、その勇者像には、常にゼルムの姿があった。お前はお前なりに、ゼルムが目指した勇者を演じ、彼が果たしたであろう夢を引き継いだ……」

「それは……」


「まぁ、ゼルムとは似ても似つかぬほど、勇者としても人として未熟だったが」

「余計なお世話だよ! この話はどこに向かってんだ!」



 唾を飛ばしながら、そう問いかけると、彼は真剣な表情に険しさを交えて、こう話を続ける。

「アスティを引き取ったのはいつ頃だ? 何歳の時だ?」

「生まれたばかりの頃だ。簡単に話すが、カルミアがアスティの命を狙って刺客を送り、それをガルボグの側近らしい女性が守っていた場所に出くわして、その女性からアスティを託されたんだ」


「そうか、するとお前は丸々十五年、アスティのために生きたのだな」

「ああ、そうなるな」


「そこでお前はおそらく、父親としての自分の像を生み出した」

「……なに?」

「アスティのために、良き父であろうと努力したのだろうな」

「それは当然だろう。それの何が悪いんだ?」



「悪いとは言っていない。だが、それはお前の本質ではないという話だ」

「……何が言いたい?」

「本来のお前はもっとちゃらんぽらんで、勇者などやれる人間でも父親をやれる人間でもないという話だ」

「お~い! 結局、悪口じゃねぇか。ってか、もはやそれは、俺の人生全否定だろ!!」


「ふむ、こういう言い方ではそうなってしまうか。ならば、端的に語ろう……お前は無理をしてきたということだ」

「無理?」

「お前は鳥のように自由な存在だった。だが、友のために自ら翼をもぎ、娘のために空を飛ぶのやめた」



 ガイウスの言葉を前に、俺は思わず胸を掴むように抑える。

「……それは……だからと言って、その選択を後悔したことは一度もないぞ。ゼルムの遺志を継いだことも、アスティのために父であろうとしたことも、誇りに思っている」

「わかっておる。ワシは何もそれが悪かったと言ってるわけではない。ただ、お前に翼が、再び戻りつつあるという話をしておる」

「翼が? 俺に?」


「フフフ、もしかすると、案外旅に出たことをきっかけに、お前の中でも区切りがついているのかもな。だからこそ、父としてのお前の姿が揺らぎ、地のお前が表に現れつつある」



 ガイウスはそう言ったが、俺自身にはそんな実感など微塵もない。

 むしろ――いまさら翼を得たところで、何の意味があるというのかと思っている。

(もう四十五のおっさんが自由になってすることも何もないだろうに。リンデンのように長生きするならともかく、二十年もすれば土の下だ。自由どころか、むしろ身辺整理を考え始める必要があるというのに……)


 

 形のない指摘を前に(から)を払うように手をひらひらと振り払った。


「だから、なんだって話だな。俺自身は父親である自覚をしっかり持っているし、そこに責任も持っている。ガキの頃のように何も考えずに生きるなんてできねぇよ」


「ふふ、それはそうだな」

(たしかに、いまさらそう生きるのは難しい。だが、思考の端々には、変化が出てくるだろう。それが吉と出るか凶と出るかはわからんが……)


「なんだよ、黙って俺を見つめて……」

「……いや、話はここで終わるとしよう。そうだ、子どもたちについて、一つだけ伝えておかねばならん」


「なんだ?」


「あの子たちがこのデルビヨを守ろうとした一番の理由は……お前から認められたかったからだ」

「――――っ!?」


「子どもらは、必死に戦い、大勢を救い、町を守った。死地に身をさらした行為については、親として思うところがあるのはわかる。だが、これほどの偉業を成し遂げたのだ。ならば――――」


「ああ、もう十分だ。俺が子どもたちに渡さなければならない言葉はわかる」

「……そうか」


「それじゃ、アスティたちに会ってくるよ。まずは……謝らないとな」

「フフ、そうだな。あ、もう一つだけよいか」

「ああ」



 ガイウスは俺を見ると何故か微笑みを見せて、その笑みを遠くへと投げた。

「アデルと、しっかり話をしてやれ。今のあの子に必要なのは父親ではない。今のお前だ」

「ん?」

「あの子は……ふふ、昔のお前によく似ている。もっとも、お前よりはよほど上等だが」

「いちいち、挟むなよ、悪口を! どうやらあんたは、アデルの様子が変だった理由に気づいているようだな」


「ああ、年頃の少年にはよくある悩みだ。聞いてやれ。お前の話がアデルの助けになるだろう」

「ん? よくわからんが、俺もアデルの様子は気になってたからな。話はするさ。あとは~、なんだ。異界の侵略者や最東端やアルダダスとの話やらを、端的にまとめて話すか? 詳しくはまた後程で」


「ああ、それで構わん。しかし、異界よりの侵略者か。ワシらと姿は変わらんとか言ってたな。敵の姿がそっくりというのは厄介だ」


「ああ、そ――――ああああ!!」

「な、なんだ!? 急に大声を上げて?」


「忘れてた……」



 俺はその場の空気を蹴っ飛ばし、慌ててアルダダスから預かっていた、異界の侵略者に憑りつかれた存在を見抜く魔石を懐から取り出す。

 それは正二十面体の姿をした蒼黒の魔石。

 魔石に魔力を籠めて、ガイウスへかざした。

 魔石は淡く光るだけ……激しく明滅しない――つまり、ガイウスは憑りつかれていないということ。


 ガイウスは眉を顰め、尋ねてくる。

「いったい何をしているんだ?」

「あ~、これな。アルダダスから預かった侵略者に憑りつかれた人物を探知する道具なんだよ。で、一応あんたを調べたんだけど……うん、別に問題ないな」


「……それは、普通、先ほどの会議が行われる前にやるべきではないのか? 新たな国家を産み出すという話、そこに内包される侵略者に対する抵抗という情報が万一にも敵の手に渡らぬように」

「ああ、まったくもってその通り。完璧に忘れてた。やっぱり鈍ってるなぁ。だが、ま、問題なかったし、いいだろ。あとでエルダーも調べておかないとな、あははは」



 と、笑い声を上げる俺の前で、どういうわけかガイウスの頬が引きつっている。

(こ、こやつ……勇者だった頃ならば、こんな初歩的な失態は犯さなんだろうに。地が、凶と出たか)


「はぁ~」

「なんだ、いきなりため息をついて?」

「どうしたものか、はぁ~」

「だから、なんだ。そのため息は!?」

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