表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/100

第50話 望む夢望まぬ夢

 ガイウスは短い一言でフローラの言葉を受け入れ、許した。


「構わん」

 次には笑みを浮かべ、彼女を見つめる。

「フローラよ、先ほどの冷淡な物言い…………あれはわざとであろう。ワシを試しおったな」


 フローラもまた小さく笑みを浮かべ、軽やかに答えを返す。

「ふふふ、はい。ガイウス様であれば、必ずや冷静な判断をなさると思い」

「今のやり取り……ワシが激昂しておれば、いらぬというわけだ。いやはや、末恐ろしい」


 二人のやり取りを見て、俺は悟る。

 それは、フローラが目指す道の一端。

 彼女は他者に理解などを求めない――ただ道を示すのみ。

 その道に魅力を感じる者だけが、共に歩むことを許される。


 ガイウスは、王を救うという目的に魅せられ、その道を選んだ。


 しかしそれは……どれほどまでに冷たい道なのだろうか?

 

 これからガイウスが歩む道は、老骨には厳しすぎる、寒風吹き荒ぶ道。


 この道が、フローラが歩む道だというのか?

 これはもう、王道でも覇道でもない。感情を廃した支配の道だ。

 無慈悲にして強烈なカリスマを持つ者が歩む道――道に名をつけるならば、冰道(ひょうどう)



 そんな俺の思考を、フローラの言葉が断ち切った。

「ヤーロゥさん、わたしだって人は選びますよ。ガイウス様だからこそ、これくらいは汲み取っていただけると思っただけですから」

「――なっ?」


 フローラは、ガイウスが貴族としての誇りや感情を捨て、陛下への忠誠のために過酷な決断ができる男だと信じていた。

 いや――信じていただけではない。

 彼女は、そこまでを当然とし、求めていたのだ。



(困ったな、この子。もう、俺の手には余る……)

 

 俺には政治の才なんてない。経験で補ってきただけだ。

 だが、フローラはその経験を軽く凌駕し、さらに先へと歩み続けている。

 その階段がどこまで伸び、どんなものになるか……もはや俺には見えない。


(とはいえ、このまま野放しというわけもいかない。どっかで上手く導いてやれる人物を探さないと)


 ふと、頭に過ぎったのはアルダダスだが……さすがに、それは無理か。

 だが、彼の近辺に王を支える王佐の才を持つ者がいるかもしれない。

「今度、問い合わせてみるか……」

「ん? どうしたんですか、ヤーロゥさん?」

「なんでもない」



 そこで話は一旦途切れた。

 まだ語るべきことは山ほどある――世界の現状、最東端の意義、勇者クルスや陛下の真実、そしてアルダダスがすでにそれらを把握し、対策を講じていることも。

 どれもが重すぎる話で、今この場で一気に語るには余りに濃密すぎる。


 だからこそ、休憩が必要だ。

 そう俺が考えるまでもなく、皆も無言で同じ結論に至っていた。

 

 重苦しい雰囲気が漂う中……アデルがお茶をすする音だけが響く。

「ずずずず、はぁ。話は終わった?」

「え? ああ、そうだな。侵略者の詳しい話は、ここじゃなくて後で俺からガイウスに伝える。もう、隠すことのないアスティについても、話せる範囲で」

「そっか……」



 アデルは一度、フローラへ視線を向け……音を立てずに小さく息を吐いた。

 フローラはその仕草を見て、眉間に皺を寄せる。

 アデルがどうしてあんな態度を取っているのか――彼女には見当もつかない。


 いや、フローラだけじゃない。


 この場にいる誰もが、アデルの内心を読めなかった。

 彼は一歩も二歩も引いた場所にいて、興味があるのかないのかもわからない……そんな距離感をずっと崩さない。



 そのアデルはアスティへ話しかけている。

「まあ、あれだな。細かい話はともかく、これからもアスティの母親と妹探しは続けるってことだよな?」

「うん、そうなると思う。世界が大変なことになってるのに、私の身内探しがメインでいいのかなって、ちょっと思うけど」


「いいんじゃねぇの、別に?」

「そう?」

「……お前くらいは、そうであってほしいし」


「うん? 何か言った?」

「何も言ってねぇよ。俺たちの主目的は、アスティの親探し。そうだろ、アスティ?」

「え……うん、そうなんだけど……私、ちょっと別の目的? いや、目標ができちゃって~」



 このアスティの言葉に、なぜかアデルは曇った表情を見せて、アスティの方は俺をちらちらと見てくる。

「あ、あの、お父さん?」

「ん、なんだ? 饅頭のおかわりか?」

「ちがう! そうじゃなくて……あのさ……えっと……」


 アスティは言葉を選ぶようにして、指先をいじりつつもじもじと頬を赤らめる。


「私、お父さんの勇者の姿を今日初めて見たんだけど~」

「それが……どうしたんだ?」

「すごかった。あんなに殺気立っていた場を一瞬で変えちゃって。とっても、かっこよかった」

「ああ、ありがとう。いや、まさかと思うが……」



 不意に、背筋に寒気が走る。

 次にアスティは……俺が最も恐れていた、俺が最も望んでいなかった言葉を漏らした。


「それでね、私はこう思ったの。私も将来、お父さんのような勇――」


「――それだけは絶対に駄目だ!!」


 気づけば、俺は立ち上がり、机を両手で叩きつけていた。

 皆が驚いた顔を向けるが、そんなことはどうでもいい。

 アスティを――――勇者なんかにさせてなるものか!


 アスティは朧な声を漏らすが、続きを語らせることなく俺は捲し立てた

「お、おとうさん、ど、どうした――――」

「いいかアスティ!」


 叩きつけた手を拳に固めて、声を震わせる。  

「勇者なんてものはろくな生き方じゃない! そんなものに憧れては駄目だ!」

「な、何を言っているの、お父さん?」


 喉奥から振り絞るように語る。

「勇者は、自分のために生きることを許されない……誰かを守るために生きることになる。自分の人生を、自分のためではなく他人のために……他人へ捧げなければならないんだ! 俺は、俺は、お前にそんな人生を歩んでほしくない!」



 いまだかつて、これほどまでの剣幕をアスティに見せたことはなかった。

 彼女もまた、見たこともない俺の姿に、驚きと涙を滲ませる。


「なんで……どうして、そんなことを言うの? 私はただ、お父さんがかっこいいと思って……」


「ああ、一見華やかに見えるだろう。だがな、彼らは勝手な連中ばかりなんだ。お前も見ただろ。皆のために戦ったお前たちを吊るせなどとほざきながら、次の瞬間には俺を讃え、手の平を返す。勇者になれば、そんな連中のために生きなければならないんだぞ!」


「たしかに、みんなは勝手だけど……そうじゃなくて、私は……お父さんのように、しっかり人の心に届く言葉を……」

「とにかくだ! 勇者を目指そうなんて考えるな! 目指せば、きっと――いや、必ず後悔する! だから――」


「そんな――お父さんは、勇者だったことを後悔してるの!? じゃあ、どうして勇者――ひっ!」



 娘が怯え、言葉を詰まらせた。

 その瞬間、俺はどんな顔をしていたんだろう。

 ただわかるのは、『後悔』という言葉が、怒りと恥辱をかき立てたことだ。


「後悔……後悔だと……俺が後悔などするはずがないだろう!! 俺はな! あいつのために! 俺は、自分でこの道を――」


「ジルドラン! 鎮まれ!!」

「――――っ!?」


 ガイウスの一喝が、雷のように響いた。

 俺ははっとして足を引き、転ぶように椅子へと崩れ落ちる。


「……すまない、アスティ」


 顔を伏せ、絞り出すように謝罪を行う。

 向こうからは、娘のしゃくり上げる声が小さく響いていた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ