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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第48話 殻は失われたこと知らず

 最東端はフローラの案に乗る。

 誕生するは、二大国に対抗できる組織。

 これは、つまり、この大陸に――――


「フローラ、お前は……新たな国家を創るつもりなのか!」

「はい、そのつもりです」

「それが何を意味するのか理解してのことだろうな!! 覚悟をあっての言葉だろうな!!」


 強く問うた俺に、フローラは一切動じることなく、まっすぐ俺を見返してきた。

「はい、わたしが――王になるという覚悟です!!」



「――――っ!」


 言葉が喉に詰り、声にできずにいる俺の代わりに、隣のガイウスがぽつりと呟く。

「言い切りおった、か……」



 驚きに包まれる室内。

 アスティが小さく彼女の名を呼ぶ。

「フーちゃん……」

 続けて、エルダーも口を開く。

「フローラさん……」


 皆が声を失いそうになる中、ひとり、アデルだけは平然とため息をつき、アスティに向かってこう言った。


「アスティ、ケルベロス饅頭、ちょっと借りるぞ」

「――――え? ちょっと待って、最後の一つは味わって食べようと思って残してるだけで――――」

「取らねぇよ!」


 

 アデルは饅頭が載った皿をひょいと手に取り、少し卓上から離れた位置へと置いた。

「ここがデルビヨな」

 さらに自分の空の皿と、緑茶の入った湯呑を動かす。


「ここが最東端。んで、この湯呑が……ノーレイン村だ」


「ノーレイン村?」

 と、疑問を挟んだのはガイウスだ。それに対して、俺は簡素に受け答えをする。


「東の地にある、魔族の領域に近い人間族の村だ。故あって、クルスが滅ぼしたが」

「ク、クルスが? 一体なぜ?」

「あとだ、あと」



 俺は席を立って、アデルが配置した村々の場所を見ていく。

「なるほど、言いたいことはわかった」

「うん、ノーレイン村の復旧が急がれる。あそこを固めてしまえば、魔族領域を見据え、橋頭保ともなる。デルビヨは人間族領域の橋頭保にして要。最東端は後方で物資を支援できる」


 彼はそう話しながら、三点を指でなぞり結んだ。

 ここで全員がアデルの言わんとしていることを理解した。

 エルダーが先立って声を出す。

 


「この位置取りはまさかっ――――ピンサームーブメント!!」



――が、次の瞬間、全員の頭の中に同じ言葉が浮かんだ。

(わかりにくい)

(わかりにくなぁ)

(わかりにくいのぅ)


 アスティが遠慮がちに、控えめな提案を口にする。

「ここは掎角(きかく)(せい)、とかの方がすっきりしていいんじゃないかなぁ? 二手に分かれて連携しやすく、後方支援もしやすい位置取りってことで」

「ええ、そうかなぁ? それじゃ、ディフェンス・イン・デプスでは?」

「いや、だから長いですって。それにこの位置取りの場合、牽制や包囲の意味も含まれますし……」



 ここで脱線しかけた空気を、ガイウスが強引に引き戻す。


「ふむ、基本戦術である掎角の勢か」

「が~ん、ガイウス様……」


 若き騎士がショックを文字通り言葉で表しているが、今は捨て置こう。



 俺は視線をアデルへと向ける。

「すぐに今後の対応策を考えたということは、アデルはフローラの案に賛成なのか?」

「……さぁ、今の話を聞いてて、必要そうなことを思いついただけだから」


 と言って、小さく息を吐いた。

 先ほどから彼は妙にやる気がないが、一体どうしたのだろうか?

 それは皆も同じ思いのようで、アスティとフローラが声をかけている。


「本当にどうしたの?」

「わたしがやろうとしてることに内心反対とか? 現実的じゃないと思ってる?」


 問いかけになんとも微妙な間をおいて、彼はこう返す。

「…………いいんじゃねぇの? それがフローラの夢なら応援するぜ」


 応援すると言いながら、彼の表情には影が差したまま。

 何を思っているのか、俺を含め、ここにいる誰もが読み取れずに首を傾げる。

 俺たちの視線を前に居心地が悪くなったのか、アデルは話題をこちらへ戻してきた。


「結局、ヤーロゥおじさんはどうするの? フローラに協力? 反対して邪魔をする?」

「別に邪魔をする気はないが……ただ、現実的ではないと思っていた」

「いた?」

「ああ。だが、先ほどのガイウスの言葉で多少なりとも現実味が増した。世界情勢とデルビヨの位置。そして最東端の存在。俺が現役だった時代と比べると、理想国家を築ける可能性が増している。それでも、フローラ――――」



 その道は茨の道だぞ、と言葉に表そうとしたが、彼女の眼差しによって遮られた。そこには一片の迷いもない。覚悟を決めた者だけが持つ、強い光が宿っている。


 俺は頭をがりっと掻き、結局それ以上は何も言えなかった。

 その代わりに、心の奥底には、もっと身近で厄介な問題が浮かぶ。


(ヒースとローレにどう説明したものか……)


 旅に出て、まだひと月も経っていないのに、娘が新たな国家の樹立とその王になるという途方もない夢を語り、目指す覚悟を決めた。

 文字や言葉で表せば、実に馬鹿げた話だが、可能な駒がすべて揃っているのも事実。

 しかも――――。

 


 俺は隣に座るガイウスを横目に見る。

(情勢に詳しいガイウスが可能性を否定しない。俺よりも世の中を知り、遥かに現実主義な彼がこうまで評価するとはな)

 視線をフローラへ戻す。

 あどけなさを残していた少女の面影は、そこにはもうない。


(俺が離れて一週間足らずでこうも人は変わるのか。まるで別人を見ているようだ。それでも親の立場としてこれだけは言っておかないと)


「フローラ、お前が目指す道を否定するのはやめよう。そして、この道がどれだけ険しいものかも理解しているようだ。だが……ヒースとローレとは、しっかり話をしろよ」

「はい、わかってます。ですが、反対されても、この道――――曲げる気はありません」


 

 決意、覚悟。

 それは若者特有の情熱という名の熱病にも見える。

 だが、俺には正直、どう支えてやればいいのか見当がつかなかった。

 いったん頭を切り替え、当面の問題へ意識を戻す。


「とりあえず、最東端と連絡を取るか。その後は……あ!」

 大きな夢を持った彼女は今後どうするのか? それについて尋ねておかないと。

「フローラ、旅はどうする? 俺は最東端と連絡を取ったら魔族領域に向かい、母親探しをするつもりなんだが」


 この言葉に、ガイウスが眉を寄せてきた。

「母親探しとは何の話だ?」

「アスティの母親探しのことだ。ガルボグはもういないが、血を引く者がどこかで生きているかもしれない。これが俺たちの本来の旅の目的だ」

「そうだったのか?」


 ガイウスは視線をアスティへ向ける。すると娘は無言でこくりと頷いた。

 話をフローラへと戻す。

「それで、どうするんだ?」

 答えは決まっている――――別れだ……。


 途方もない夢を現実的なものとするならば、まずはデルビヨに残り、基盤を築くほかない。

 アスティも薄々それを感じ取り、寂しげに目を伏せた。

「フーちゃん……」


 ところが、フローラは平然と口を開く。  

「心配しないで、旅はついて行くから」

「「え?」」


 俺とアスティの声が重なる。

 俺はすぐさま言葉を返した。

「いやいやいやいや、覚悟を決めたんじゃないのか。夢を叶えるなら、ここに残って基盤を作るのが先だろ」


「それは最東端の方々だけで十分です。それに、パパとママが上手くやってくれます」

「二人が反対するとは思っていないのか?」

「わたしが選んだ道です。必ず、応援してくれます」

「そ、それは大した自信だ。だが、理想を唱えた本人が不在となると、民の支持は得にく――」

「皆さんの支持などどうでもいいんですよ、ヤーロゥさん」

「なんだと?」


「わたしは別に誰かを説き伏せたい、理解してもらいたいとは思っていません。ただ、道を作る。その道が魅力的なら、人は勝手に歩き、勝手に力を貸す。わざわざ迎合して時間を無駄にする必要なんてないんです」

「しかしだな――」


「それに、ここに残るよりも、元勇者のヤーロゥさんと一緒に行動したほうがいい。理想を掲げて活動している、と噂だけを残せば、人は勝手に想像します。『何かすごいことをやっている』と。フフ 」



 フローラは王を目指すと言った。しかし、瞳の中に理想を映しながらも、そこには民の姿はない。それは俺の知る王の像とは、まるで異質なもの。

 もしや、彼女が目指す先にあるのは独裁者なのか? 圧政者なのか? そんな不安が胸をかすめる。

 

 思いが眉間の皺となって現れる。その皺にガイウスが、ぼそりと囁く。

「ワシは兵を束ねる将にすぎん。ジルドラン、お前は民に愛される勇者にすぎん。だが、彼女は世界を束ねんとする者だ。ワシらの尺度では、もう測れん」

「……随分とフローラを評価しているな。いや、入れ込んでいるようにも見えるぞ」

「そうかもな。だが、お前はお前でフローラを親と子という枠の中でしか見ようとしていないようだ。だがな、その枠はもう、失われているぞ」



 俺は小さく首を振った。

(何を言っているんだ、ガイウス……。フローラは、あの子たちはまだ殻のついた子どもだ。俺が守ってやらないといけない)


 きっと、今はただ――フローラの暴走に俺がついて行けていないだけだ。

 勘を取り戻せば、あの子を導き、他者を無視して道を歩むなどという、悪しき道より手を引っ張り、良き道を歩ませることができるはず。


 

 そんな俺を横目に、ガイウスが小さくため息を吐いた。





【おまけ】ざっくりな戦術説明


※ピンサームーブメント=敵を両側から挟み撃ちにする「挟撃」

※ディフェンス・イン・デプス=防衛線を何重にも重ねて敵の攻撃を吸収する「多重防衛」

※掎角の勢=三つの部隊が連携して作戦を遂行「役割分担した三つの部隊で敵と戦う戦術」

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