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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第47話 黄昏に芽吹く火

 フローラの圧を孕んだ問いに、戸惑いとたじろぎを交えながら言葉を返そうとするが……。

「誰もそんなことは――――」

 そう、言いかけた俺の言葉を、フローラがさらりと上書きした。  

「それに、あーちゃんの背負うものを考えると最東端以外にも……味方は絶対に必要なんです」


「味方だと?」

 問い返すと、彼女は静かに頷く。  

「はい。外の世界にあって、安全地帯と味方の確保。その筆頭が、このデルビヨの町となります」



 その瞬間だった。

 まるで空気に目に見えないヒビが走るような音が、耳の奥で弾けた気がした。

 フローラの瞳。

 あの、どこまでも冷たい蒼の奥に――今、何か灼けるようなものが灯っている。


 鋼をも溶かす炎のように、激しく猛る熱。

 あれは、俺が最も苦手とする(たぐい)の才――政治……。

 あの瞳に宿るは、為政者としての才能。


 理想を掲げ、理念を語るまでは誰にでもできる。

 だが、現実に影響を及ぼすためには、領土や民心、力の構造を知り、それを動かす(すべ)を要する。

 あの瞳は、それを本能で掴んでいる者の目だ。



 彼女の言葉に、隣に座るガイウスがため息交じりの声を返した。

「やはり、そう来たか……」

「ガイウス? あんたにはフローラの言っていることが理解できるのか?」

「うん? 鈍いな。お前とて、そろそろ気づきそうなものだが?」


「気づくって……なにに――――」


 

 言葉途中に、背筋を虫が這うような嫌悪と寒気が全身を撫でた。

 政治というものは苦手だったが、それでも勇者と呼ばれ、各地を駆け巡り、貴族と渡り合い、戦いのなかで多くを見てきた――その中で培っていたものが、すべて消え失せていたことに、いまここで、気づかされた。


 この致命的な衰え……体力や剣術とは違う、変質した世界を旅するにあたって、最も必要な才が……錆びついている。



 俺は(ひと)()ちのように呟き、己を省みて、眉をひそめる。

「クルス、デルビヨ、住民、盗賊、騒動……少し頭を回せば、今回のことだって起きなかった……俺はここまで……」

「どうした、ジルドラン?」



 ガイウスが眉を折り問いかけてくる。

 しかし、俺は問いに答えず、逆に問い返した。  

 

「……いや、あんたはフローラの何に気づいているんだ、ガイウス?」


「とても単純かつ冷酷な話だ」


 そう言いながら、彼は目を細め、フローラを敵将でも見るかのような目で睨み据えた。

「フローラよ。このデルビヨを……奪うつもりであろう」

「――――なっ!?」



 俺は即座に顔を向けた。

 まさか、という思いが先に立つ。

 だが、フローラはその言葉を受けても、顔色一つ変えない。


 それを見て、広間の空気が凍りついた。

 アスティが、アデルが、エルダーが……彼女を見つめる視線に、驚愕と困惑を滲ませる。  



 ガイウスは卓にいる面々を一瞥し、やがてアスティとアデルに視線を定めた。

「……妙に世相に疎いと思っていたが、お前たちは最東端……噂では人魔が共に暮らす場所があると聞いていたが、それは本当であり、世界を知らず、そこで過ごしてきたのだな」


「はい、その通りです」

 アスティが素直に頷き、すぐ隣でアデルも口を開く。  

「……うん」


 ただ、その返事はどこか鈍く、心が抜けているように感じた。

 それは、何に対しても興味を持たないような態度……どうしたんだろうか?

 アスティもそれに気づいて、そっと声をかけるのが、アデルは首を横に振り、それを否定する。



「まだ拗ねてるの?」

「それはもう割り切ったよ」

「じゃあ、どうし――――」

「話の腰を折るだろ。ガイウスのじっちゃん、続きがあるんだろ?」


「ああ、ジルドランの反応がいまいち鈍い理由に、ようやく合点がいったところだ」



 合点だの納得だのと言われても、当の本人である俺には、さっぱり見当がつかない。

 思わず眉間に皺を寄せる。

「何の話だ?」


「お前もまた最東端にずっと住み続け、この十五年、外と接触することはなかったのだろう。そのため、世相に疎く、フローラの目指すものとその可能性に気づいておらんという話だ」

「この話には、世相とやらが関係するのか?」


「ああ、大いにな……」



 ガイウスは一度、ふうと静かな息を吐いて天井を仰いだ。

 そして視線を戻し、フローラをまっすぐ見据えた。

 だが、それはさきほどのような敵意を含んだ視線ではない。

 どこか、畏れ……あるいは、警戒心すら含んだような、重たい眼差し。


「フローラ、お前が至った見解の出発点は、ジオラスと盗賊の会話だな」

「さすがはガイウス様。その通りです」

「そこに、エミリア嬢の姿。町の現状――いや、世界の現状。さらに加えるのは――――」


「勇者ジルドラン。そして、魔王の娘アスティニアことプリム姫……」


「ああ、見事なまでにそろっておる。もはや天が用意した盤とすら思えるほどだ。地の利に、人の利、天の利の全てがそろっておる。常人では手に入れることのできぬ機会。なんとも恐ろしい……だが、まだ足らぬ」


「わたしでは不足でしょうか?」

「いや、お前自身の才もまた恐ろしい。まさに今日という日のために培ってきたのかと思うほどにな。ワシが足らぬと言ったのはお前の才でない。単純に、力だ」


 フローラの答えに、ガイウスが即座に応じる――そうして二人だけで理解し合い、ただ言葉を進めていく。

 


 そこに、少しばかり気圧された様子のエルダーが割って入った。  

「あ、あの、ガイウス様? 先ほどから、いったい何の話を……?」

「…………」


 しかし、ガイウスはその問いに言葉を返すことなく、黙ってフローラを見つめていた。

 その視線には無言の問いが混じり、それを受けてフローラはこう答えた。



「最東端には魔王ガルボグ様によって、相応の蓄えが用意されております。その蓄えは、人間族・魔族の両陣営に匹敵するほどのものです」

「な、なんだと……?」


 ガイウスは両手で長卓をバンっと叩きつけるように立ち上がった。

 そして、俺へ顔を向ける。

「今の話は本当か、ジルドラン!?」

「……まぁ、な。だが、俺は詳しく話せる立場じゃないから、あんまり突っ込んでくれるなよ」

「あるのはたしかなのだな? そうか、それほどのものが……」


 彼は膝から力が抜けたように、ドスンという派手な音を立てて席へ腰を落とした。

 そして、エルダーが先ほど尋ねてきた疑問へ答えを渡す。



「エルダー、今までの話は……フローラの理想に必要なものがすべてそろっているという話だ」

「フローラさんの理想? それは人間族と魔族の共存、という話ですか?」


 ここで俺が語気を荒げて、ガイウスに言葉を叩きつける。

「おいおい、ガイウスまで何を言っているんだ? それは到底不可能なことは、あんたが一番わかっているだろう!」

「ジルドラン! 不可能ではなくなったのだ!! たった今、それが証明された!!」

「な、なにを?」


 俺の言葉を遮るように、ガイウスの声が鋭く響く。  

「十五年前、お前が現役であった時代であれば、ワシとて鼻で笑った。だが、あの日より十五年。世界は変わった。それにより、フローラの理想が可能となったのだ。このデルビヨを手に入れることで!!」



 そう言い終えると、ガイウスはのそりと立ち上がり、卓の向こうにいるフローラへ太き腕を持つ手を伸ばす。

「戦乱に疲れ果てた民は、希望に飢えておる。その渇望の中心に、勇者と魔王の娘という象徴を据える。理想の言葉を掲げることで、人心を掴むのだ」


 開かれていた手のひらが、堅き拳へと変わる。

「このデルビヨは領主を失い、娘エミリア嬢は、お前の罵倒によって後継に相応しくないと印象づけられた。さらに――――」


 フローラが続きの言葉を奪う。

「ジオラスさんと盗賊の会話。あの夜、盗賊の男はこう話していた」




《デルビヨの町が手に入れば、王国だってそう簡単に手出しできねぇ。なにせ、交易の要で、街道を封鎖すりゃ十万の軍だって動きが鈍る!》



「……つまり、この町を抑えてしまえば、王国とて、そう簡単には手出しをできない」



――それを聞いて、俺の中で錆びついていた思考が、ようやく軋みながらも動き出した。


 そもそも、人間族も魔族も内部の守りはあまり固い方ではない。



――それは何故か?


 それは両種族ともに強固な一枚岩であるため、国家を脅かすほどの内乱を想定していないからだ。

 あの魔族側のカルミアによる父殺害という簒奪でさえ、混乱は招きはしたものの、人間族と戦うという統一思想の下でまとまりを見せている。

 

 話を王国へ戻すが……大規模な内乱を想定していないため、このデルビヨのような内地で不測の事態が起きても、ほとんどの兵を前線に配置しているため即応できない。



 さらに、盗賊の男とやらの言葉。


――街道を封鎖すりゃ十万の軍だって動きが鈍る! ――


 

 つまりは、防備を固めてしまえば、いよいよを持って対処ができなくなるということ。

 しかし、ガイウスは力が足らぬと言った。


 ああ、そうだ。いくら要となる拠点を抑え、街道を封鎖しても、いずれ国家という巨大な力によって圧し潰される。



――そう、ガイウスが「足らぬ」と言ったのは、そういう意味だ。

 

 だが…………フローラは盗賊たちと違い、最東端という切り札を手にしている。

 最東端――つまり、魔王ガルボグが育み残した蓄えを持った、独立勢力が存在する。

 そして、その最東端もまた、今後、異界との侵略者に備えた橋頭保を築きたいと考えるはず。


 最東端は……フローラの案に乗る。

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