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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第46話 決別の意志、檻を壊す翼

――――ヤーロゥパートへ 


 

 アルダダスとの会談を終えて町へ戻ってきてみれば、この騒ぎ……。

 いろいろと考えなければならないことは山ほどあるが――――まずは寝よう。


 丸一日起きて、一晩走り回った俺としてはいったん寝ないと思考がリフレッシュされない。

 アスティたちも、ガイウスたちも、ほとんど寝ずに動いていたいうし……さすがに気力だけではどうにもならん。  

 

 そういうわけで、興奮冷めやらぬ町の相手はエルダーという青年騎士に預けるとした。

 取り舵は大変だろうが、彼にとって良い経験になるだろう。

 頼りない雰囲気のように見えて、熱意もあるし、度胸もある――――君ならできる! そんな、よくある丸投げ口上をつけて。



 ジオラス――盗賊の頭目だった男については、一時的に牢に預ける措置を取った。処遇はまた改めて話し合う必要がある。

 領主メディウスの娘、エミリアは心労のため自室で休むことに。



 それから五時間後……。


 皆は領主の屋敷の大広間に集っていた。


 広々とした石造りの空間には、どこか重苦しい空気が残っている。騒ぎの余韻が完全に消えるには、もう少し時間がかかるだろう。  


 ここにエミリアだけはいない。

 思いのほか、心への負担が大きかったと思われる。

 それは無理もない。父親の命が奪った男を前にしたかと思ったら、見ず知らずの少女に罵倒されたんだからな。


 その少女であるフローラは、部屋の中央に据えられた重厚な樫の長卓の右側に静かに座っていた。

 彼女を挟むように、アスティとアデルが並ぶ。

 俺とガイウスは卓の最奥、正面席に。左側にはエルダーが控える。



 時間はお昼時。

 寝起きの身体はまだ目覚めきっておらず、食欲も今ひとつわいてこない。

 それでも何かを口にしておこうと、俺は土産に持ち帰った饅頭――『ミルク草餅ケルベロス味』を卓に並べた。

 熱い緑茶とともに、簡素ではあるが、心を落ち着けるにはちょうどいい。


 すぐにアデルが身を乗り出して、ひとつ饅頭を手に取った。

 それを口に放り込み、数度咀嚼した彼が唸るようにして呟く。

「もぐもぐ、あま、にが、から!」


 あの反応……どんな味なんだろうか?

 それは後で味わうとして……左に座るエルダーが、湧き上がる熱を抑えきれぬまま、真っ直ぐに言葉を向けてくる。

 


「いや……ジルドラン様に町を託されたときは、正直どうなるかと思いましたが 、あなたの信頼に応えて何とかやり遂げました!」

 若者らしい一途さが声に滲んでいる。悪い大人がめんどくさがって丸投げしたとは絶対に口には出せない。

 とりあえず、俺は短く返す。  

「そうか、助かった」


「いえ、とんでもありません! あ、そうでした。町の者たちには午後にでもジルドラン様が演説を行われるとお伝えしてあります。後ほど、よろしくお願いします」

「えっ!? ちょっと待て、それは誰が決めた―――」


「ああ、まさかあの勇者ジルドラン様にこうしてお会いできるなんて! ガイウス様から数多くのお話を伺っておりましたが、やはり実際にお目にかかると全く違います。とてもしっかりしていらっしゃる! 佇まい、声、風格、すべてに威厳がある……さすがは伝説の御方です! 」



 俺は隣に座るガイウスへ顰めた眉を見せつける。

「しっかりしてらっしゃるって……この青年にどんな話を吹き込んだんだ、ガイウス?」

「ありのままのお前を語っただけだ。考えもなく敵軍に突っ込んでは死にかける。考えもなく貴族批判をしては敵を作る。考えもなく――」

「もういいよ! それよりか、これからどうするかだ」



 ここでまたもや、エルダーの燃え上がるような熱意の声が上がるが……。


「大いなる理想を語るのですね! これからは、ジルドラン様が人間族と魔族の共存という理想を語り、導かれる! これまで誰も成し遂げられなかった偉業を――いま、ここから!!」


 その希望に満ちた瞳を相手に非常に心苦しいが……冷や水を浴びせた。

「エルダー、悪いがそれは……全部でたらめだ」

「………………………………え?」


 沈黙。

 信じがたいものを見るような目で、彼は俺を見つめた。

 俺は事実を口にする。  

「すべて、あの場を鎮めるために、フローラが並び立てた虚構の物語なんだ」


 言葉を発したその瞬間、大広間の右側奥、樫の長卓の向こうより、激しい声が飛んできた。

「虚構であるつもりはありません!!」


 それは、フローラの声だった。

 明確な意志と、揺るぎなき信念――そして激情を帯びた声。


 

――もしや、彼女はその場しのぎではなく、本気で人間族と魔族の共存を目指しているのか?


 そう思ったとき、俺は心のどこかでぞわりとした感覚を覚えていた。

 だが、それは――あまりにも、現実離れしすぎている。   


 このデルビヨの住民たちを例にとっても、答えは明白だ。

 彼らはアスティが魔族であると知った途端、恐怖に駆られ、怒りに飲まれ、ついには殺意すら抱いた。


 その後、フローラの演説によって空気は一転し、事なきを得たが……あれは『勇者』と『魔王の娘』という、極端な権威と神話を掲げて説き伏せただけの話。

 常識を一時的に麻痺させただけにすぎない。

 

 

 時間が経てば、現実がじわじわと戻ってくる。

 千年続いた種族間の対立――その重みに気づけば、あのときの熱も、いずれ冷める。



 これに加えて、両陣営の構造そのものが盤石すぎる。

 前線の地図は塗り替えられることはあっても、内部は違う。

 人間族と魔族、どちらの国も、過去にいくつもの小国家が存在していたが……長い年月を経て、いまや一枚岩の大国となっている。


 魔族と戦うためにまとまり、人間族と戦うために結束している。

 この戦いが前提となった世界に、今さら第三の価値観を差し込む隙などあるものか。



 俺は現実を知らぬ子どもへ、できるだけ穏やかに語りかけた。


「フローラ、たしかに最東端に存在するレナンセラの村々は世界の理想だろう。俺も、あの村で暮らして初めてそう思った」


 けれど、と前置きを置いて、続ける。

「過去にもそういった理想を掲げた者もいた。だが、誰も成し得なかった。あの地は特別なんだ。魔王ガルボグの庇護のもと、故あって逃れてきた者たちが、互いの傷を抱えて集まって……それでようやく、あの村は成り立っている」



 すると、フローラはわずかに沈黙を挟んでから――鋭く言い返してきた。

「ヤーロゥさん、世界は過ちの上に成り立っています。そしてそれは、ヤーロゥさんの価値観にまで及び支配しています」

「……なに?」


 まっすぐな視線がこちらを射抜く。

 語られる言葉は、まるで子どものものとは思えぬほど強く、明瞭。それは俺の知らぬフローラの姿……。

 


「最東端から外にある世界の人々は、理想を追い求めながらも偽りの現実を現実と受け入れて諦めてしまっています。ですが――――わたしは、わたしたちは違う!!」


 彼女は隣に座るアスティとアデルへと一瞬だけ目をやり、それから俺へと視線を戻す。

 その瞳には絶対という二文字の浮かぶ決意が刻まれている。


 これは対話ではない――宣言だ。

 俺との決別すら含んだ、彼女の進む道への意思表明――。


「ヤーロゥさんやガイウス様……大人(あなた)方は諦めてしまったかもしれませんが、子ども(わたし)たちは違います。あなた方が切り開けなかった道を、わたしたちは産み出してみせます!」

「フローラっ、まだあの場の熱が残っているようだが、その道は困難という言葉だけでは足りぬほど――――」



「ヤーロゥさんはあーちゃんを檻に閉じ込めたいんですか!!」



「――――なっ!?」


 思わず言葉を失った。

 彼女の視線がアスティへと注がれる。

「あーちゃんが自由でいられる場所は、あまりにも少ない。最東端だけなら、幸せに暮らせるでしょう」

 この声に、アスティは沈んだ表情を見せた。

「まさか、フーちゃん。私のために……?」


 しかし、フローラは首を横に振った。

「ううん、違う。きっかけは、たしかにあーちゃんだった。でも、この世界が間違っていると思ったのはわたしの意志。変えなければならないと思ったのもわたしの意志。それに……わたしのようなハーフこそ、世界が変わらないと居場所がないから」




――半魔

 人間族と魔族、その間に生まれた子ども。

 忌み子とされ、存在すら許されぬ地域もある。

 それは魔族と関わることのない前線から離れた場所ほど忌避感が強い。


 前線より遠い、内地に位置するデルビヨの住民がフローラに強い嫌悪感を抱いたのはそのためだ。



「だから、あーちゃんのためにとかじゃない。わたしのためなの。でも、その中に大切な友達であるあーちゃんに翼を与えたいという思いはある」

「翼?」


 フローラは再び俺を睨みつけるように見つめ、こう言い放った。


「ヤーロゥさん、あーちゃんを限られた地域に押し込めることを、ヤーロゥさんは望んでいるんですか?」


 彼女は父親としての覚悟を試すような瞳を向けてくる。

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