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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第28話 死線に踊る

 アスティたちの背後に現れた、頭目ジオラス。

 予想外の出来事を前に言葉を失う彼女たちを、ジオラスは濁り帯びた暗灰色(あんかいしょく)の瞳に捉え、顎の無精ひげをじょりっと擦る。


 すると、四方から盗賊の一団が姿を現した。

 その数は五十を超えるだろうか――全ての者が武器を構え、弓を携えた者はガイウスを中心に、アスティ・アデル・フローラを一片の空白も許すことなく狙いを定めていた。



 老将ガイウスは歯噛みを見せる。

「たかが盗賊如きが、斥候にも悟らせず、見事に気配を断っておるとは。誤算だった」

「へっ、そいつはぁ、どうも。斥候諸君にはお前さん方が望む情報を渡しておいた。オレがここにいるってな」

「クッ」

「だがな、誤算はこっちもおんなじなんだぜ。まさか、獅子将軍様自ら、オレの命を取りに来るとはなぁ。オレも出世したもんだぜ。クククク」



 彼の笑いに呼応して、盗賊たちも薄ら笑いを浮かべる。

 アスティは小声でアデルとフローラに指示を与える。その声にまだ焦りはない。


「作戦は失敗。撤退の準備を」

「わかってる。だけどまだだ」

「ええ、斥候の方々が、陽動と攪乱の部隊にこの事態を伝えているはず。だから――」



 フローラの声が終わりへ届く前に、丘陵(きゅうりょう)より下にある幕舎から火の手が上がった。

 下からは混乱に渦巻く声が聞こえてくるが――――ジオラスは後ろを振り向きもしない。



「陽動か。慌てふためいたオレたちに隙が生じ、そこを突き、逃げる腹積もりなんだろうが……そこまでオレは軽くないぜ。なぁ、ガイウス様よ」

「こ、こやつ!」



 盗賊の頭目ジオラス――彼は、ガイウスやアスティたちが想像していた以上の切れ者。


 ジオラスが顎をしゃくり上げると、一人の盗賊が頷き、混乱極まる下へと向かっていった。

 その間、彼はずっとアスティたちを見据えたまま。


「さて、ガイウス殿に、デルビヨで大活躍のお子様方御一行。この(いくさ)(かなめ)(にな)っている連中がわざわざお越しってことは、倉庫の前に積まれた食料の山ははったりで、オレの読み通り、今日明日には尽きるってところだな」



 彼は、ガイウスの姿を目にしたときに、すべてを見抜いていた。

 もはや為す術がないからこそ、直接自分を狙いに来たのだと。


 何もかもを看破されたことに、ガイウスたちの心に焦りが走った――――一人を除いて!!



 彼は殺意纏う矢に急所を狙われているにもかかわらず、剣を抜く。

「ああ、だから、今ここでてめぇを斬っちまえば、俺たちの勝ちってことだな」

 

 アデルは――剣先をまっすぐとジオラスに突きつけた。

 その場違いで不遜な態度に、ジオラスは肩を震わせ、喉の奥で笑いを漏らす。



「クク、ククク、バカなガキだな。いまさら何が――――っ!?」



 アデルは黒衣を脱ぎ捨て、稲妻の如く間合いを詰め、剣を閃かせる――三人の名と共に!


「じっちゃん、フローラ防御! アスティ、来い!」


 飛び出した彼を狙って矢の雨が注がれる。


 その鋭利な雨たちは、ガイウスが手にした回る大槍の壁により、歩を進めること叶わず。

 フローラが産み出した障壁の前にひざを折り、触れることなく地に矢を垂れる。



 アデルは剣をジオラスへと振り下ろし、アスティも黒衣を脱ぎ捨て、低く屈み足元を斬り払った。


「こ、こいつら!!」


 ジオラスはアデルの剣を弾き、身を翻し後方へ下がり、アスティの斬撃を避けた。

 しかし、二人の攻撃の手は止まらない。


 アデルとアスティは匠な足運びで上下左右に体を動かし、(やいば)を振るい続ける。

 頭目ジオラスも二人に合わせ、体を踊らせている。


 三人は立ち替わり入れ替わり、その場を変えていく。


 その剣舞の如き輪舞(りんぶ)を前に、他の盗賊たちは足を縫い留められたかのように動けず。

 もし、不用意に(やいば)が織りなす結界へ身を投じれば、それは死を意味する。

 

 矢もまた狙いを定めることができず、(まど)いの中で指を鈍らせていた。



 ジオラスは(やいば)の双璧に囲まれ、絶えず死線が舞う。もしここで、一呼吸でも動きを止めれば、肉を切り裂かれるであろう。

 そのような中でありながらも、彼は笑みを崩さない。


「クク、やるねぇ。ガキども」

「この人――」

「――強い!!」


 剣速は俊敏なアスティを凌ぎ、剛威は力強いアデルを圧する。一刃一刃を受けるたびに剣は弾かれ、構えを維持することすらままならない。

 

「だけど!!」

「負けるかよ!!」


 アスティとアデルの剣圧が一気に高まる。

 アスティの剣は音を切り裂き、アデルの剣は刃音を痺れさせる。

 

 怒涛の猛攻により、ジオラスはゆっくりと後退していく。

「チッ、生意気なガキどもめ。おらぁぁ!!」


 ジオラスは一振りで二人の剣を振り払う。

 そして、半歩後ろへ下がると、シャムシールを水平に構え、(やいば)を振るった。


四劔輪舞(しけんりんぶ)!」


 振るわれた刃は四つに分かれ、同時にアスティとアデルに襲いかかってきた。

 アスティは二つの刃を受け流そうとするも、剣を弾かれ、後方へと飛ばざる得なかった。

 アデルは一つの刃を弾き返したものの、二つ目が間に合わず、バランスを崩しながらも後方へ飛ぶ。



 二人は息切れを交えつつ、身の(うち)に走る戦慄に、肌の一片までを支配される。


「な、なに今の!? 一つの剣が上下左右の四つに?」

「しかも同時に来やがった!!」


「チッ、今のも避けやがるのか。そんな奴、今までいなかったのによ。ムカつくガキどもだぜ。だが、詰みだ」


 

 動きを止めた二人に矢の焦点がぴたりと合う。

 アスティは周囲に警戒を置いた。だが、アデルは今だジオラスを睨み続けている。


「まだ、終われるかよ……」

「おいおい、ガキ。もう、終わりだってのがわかんねぇのか?」

「勝手に終わりなんて決めるんじゃねぇ!」


「終わりなんだよ! もう、周りは固められているんだぜ。陽動も失敗。さらにオレが一声かければ、四千の兵がてめーらに襲いかかってくる。これを終わったって言わずして、なんて言うんだよ!?」


「そんなの知るかよ!!」

「……はっ?」



 アデルは剣を持つ手を激しく震わせながら、再び剣先をジオラスへ向けた。

「あんたは強ぇ。滅茶苦茶強え! だから勝ちてぇ! 俺の剣であんたを打ち倒したい! こんな楽しい戦い、終わらせてたまるかよ!!」

「何を言ってんだ、このアホは?」



 ジオラスはアデルの瞳を見据えた。

 アデルの黒き瞳はこの戦場(いくさば)を忘れ、血の香りに濡れた風を愉しむように輝きを増していく。

 彼は手の震えを全身へ届け、笑う――


「すげぇよ、あんたは……俺とアスティの二人を相手にしても、びくともしない。そんなことできるのは、父ちゃんとヤーロゥおじさんくらいだけだと思ってた。世界はやっぱり……広いんだな」

「てめえは一体何を言って……」

「なぁ、アスティ……旅に出て、本当に良かったと思わねぇか? こんな人がいるんだぜ」



 戦いの律動に心酔する彼の声に、アスティは(おぼろ)な声しか返せない。

「え、うん……」


 アデルは剣を構え、震えを止め、闘争の中に浮かび上がる無垢な笑顔を見せる。 

「さぁ、続けようぜ。逃げんなよ、おっさん」



 ひたすら純粋に、剣という技に魅入られた笑み。

 それを目にして、ジオラスの表情には苛立ちが浮かぶ。


「このアホが……状況を全く理解してやがらねぇ。それに――」

 ジオラスは再びアデルの瞳を見た。

 そこに浮かぶは――ジオラスに対する敬意と畏れと興奮がないまぜになったもの。



――純真無垢に剣に憧れる少年の姿。



 この瞳にジオラスは眉を曇らせ、心の中で舌を打った。

(チッ、嫌なことを思い出させる目だぜ。夢と希望に溢れた、あの頃の……ムカつく……ムカつく……ああ、イライラするぜ、このガキ!!)



 彼の思いは、ゆっくりと声となり、外へと漏れ出てくる。


「アホが……現実はそう甘くねぇんだよ。お前が見ている強さには、挫折と絶望しか残ってねぇんだぞ」

「おっさん、なにを言ってんだ?」


「ああ、そうだな。理解できねぇだろうな、クソガキには! だから、その身に刻み込んでやる!! 骨の芯にまでにな!! てめぇらぁ! 手出しはするな! ガイウスどもを見張ってろ!」


 彼のこの声に、盗賊の一人が戸惑いを見せるが……。

「おい、ジオラス! 何を馬鹿な――」

「黙って従え。二度は言わねぇぞ」

「あ、ああ、すまない」



 ジオラスは剣を握り、揺らりと構える。

「おい、ガキ。てめぇは旅に出たばかりか?」

「ん、ああそうだけど? それがどうした?」

「へんっ、だからそんなにアホなのか」

「なんだと!?」


「てめぇはアホで純粋で、自分は何でもできるだの、物語の主人公だのと勘違いしてやがる。だがな……この世界には糞しか残ってねぇんだよ。夢もない。希望もない。あるのは、嘘塗れの世界。目の前に見える夢も希望も偽りの塊。それを、オレが教えてやるよ」

「わけのわかんねぇことばかり言いやがって!」



 ジオラスは小さく首を横に振った。それはあまりにも無知で、赤子のような純白さを纏うアデルを呆れて。

 


 彼はガイウスとフローラに冷ややかに告げる。

「ガイウス、魔法使いの嬢ちゃん。動くなよ。動けば、しまいだ」

「ぐっ……おのれ!!」

「もう! アデルなんでこんな無茶を――でも……」

(この状況を打開するには、これしかない)



 次にジオラスは、アスティへ話しかけた。

「剣士の嬢ちゃんもかかって来な」

「へ?」

「オレ様が本気で相手してやる。だがそれだと、この馬鹿ガキ一人じゃ一瞬で終わっちまうからな」


 この言葉に、アデルが叫び声をあげようとしたが――ジオラスはそれを許しはしなかった。

「ざけんな、俺は一人で――」

「自惚れんなよ、クソガキ! 実力の差はわかってるだろうが! オレが塩を送ってやってんだ。黙って受け取れ! それが今のお前の実力なんだよ、わかったか!!」

「で、でも――くそっ!!」



 アデル自身もそれはわかっていた。一対一では敵わないことを。

 一方、アスティはというと、このジオラスの奇妙な行為に疑問を抱かずにはいられなかった。


「あなたはどうして、こんなことを? こんなことをする必要なんてないのに?」

「……ただの気まぐれだ」

「気まぐれって……」


「そうだな……一つ言えば、そこのクソガキの甘っちょろさにイラついて、お仕置きをしたくなっただけだ。ほら、気まぐれな時間は長く持たねぇぞ――――来な!」

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