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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第26話 ミルク草餅ケルベロス味

 今宵、少数部隊で盗賊の頭目ジオラスがいる森へ向かう。

 それまでにはまだ、時間があった。


 そこで、作戦決行時刻まで体を休めるという話になったのだが、エルダーは大広間から話し声が聞こえてくるのを耳にし、近づく。



 音を立てずに扉を開くと、アスティたちが広間の長卓の椅子に座り、なにやら書きものをしていた。


「失礼、休まなくていいのかい?」


「あ、エルダー様」

「兄ちゃんこそ何してんの?」

「見回りですか?」


「ええ、フローラさん。そんなところです。で、一体何を?」



「日誌をつけてるんです」

 フローラはそう答え、小動物やキラキラのラメなどで着飾った桃色のメモ帳を見せた。

 何とも愛らしいメモ帳を目にして、エルダーは小さな笑いを立てる。


「クスッ、そうなんですか? では、アスティさんやアデルも?」

「うん、日記をつけるのが私たちの日課だから」

「今日はまだ続きがあるけど、作戦終了後には書く気力もないだろうから、今のうちに書いとこうと思ってさ」


「へ~、良い習慣だね。でも、アデルが日記をつけているなんてちょっと意外だ」

「なんでだよ……と、言いたいけど、フローラにつけようと言われて始めただけだしな。でも、今は結構楽しんでるぜ。一日を振り返るって、自分に対する思わぬ発見があったりして面白いし」



 この言葉に、エルダーは垂れた眉をやや持ち上げて、ますます意外そうな表情を見せた。

「自分への発見、か……そういう見方をできるということは、君は内省力に長けてるんだね」

「ないしょうりょく?」

「自分の経験や行動を振り返って、考察する力のことだよ。自己客観視力、と言った方がわかりやすいかな?」

「別に考察ってほどじゃないんだけどな。でも、褒められてるみたいだから貰っとく」

「ああ、遠慮なく貰ってくれ。おや?」



 エルダーはペン先を軽やかに走らせるアデルやフローラとは対照的に、ペンの頭でメモ帳を叩き、思案顔を見せているアスティに気づいた。

「あまり進んでいないようだね」

「え? いえ、書き終えたんですけど……これから書いていく日記の終わりには、サインをつけようかなと思いまして」

「サイン?」


「ほら、こういうのって最後に『○○であった。何とか章、誰誰より』みたいな感じで終えたりするじゃないですか?」

「そうかな? 人ぞれぞれだと思うけど……ともかく、最後の締めが思い浮かばず悩んでいるんだ?」

「はい……というか、名前の頭に何かつけたいな~、みたいな?」

「名前に?」


「例えばエルダー様だったら、『ガイウスの守護騎士エルダー』、といった感じで締めることができるじゃないですか」

「ガイウス様の守護騎士というのはいささか面映(おもは)ゆいが……だけど、事情は理解した。ちょっとした肩書きが欲しんだね」

「それです!」


「そうだなぁ、剣士アスティでは?」


「まぁ、それでもいいんですが、もう少しひねりを入れたいというか……」

「あまり凝りすぎると、読み返したときに、痛々しい肩書きをつけた自分に背中を刺されることになるよ」

「――うっ! あり得るかも。じゃあ、単純に……でも、剣士だとアデル被りそうだからな~」


 

 そう言って、アデルに視線を移すと、彼は肩を竦めながらこう返してきた。

「俺は毎日書く日誌の最後にいちいちサインをする気はねぇけどな。でも、面白そうだから入れとくか。流離(りゅうり)の記録者アデル、と」

「うわ、いい感じ!? 服のセンスは変なのに!!」

「はっ? かーちゃん譲りで最高のセンスを持つ俺に喧嘩を売ってんのか? なぁ、フローラ?」


「コメントは控えさせていただきます。ついでだからわたしもつけようかなぁ……風の巡礼者フローラ、と」

「おお、フーちゃんもいい感じ。ええ、私はどうしよう? なんかもっといい感じの……放浪の徒。いや、放浪ってのが定職がない感じで嫌。影を連れて歩む者? 記憶を綴る風? これらはだめ、あとで絶対痛々しく感じる。ウ~ン、ウ~ン」


 完全に泥沼にはまったアスティは頭をぐるぐると回し、大きなため息を吐いて、こう書き記した。


――旅人アスティニア、と。



 それを横目で見たアデルは思わず吹き出す。

「ぷっ、なんだよそれ?」

「見るな、人の日記を!」

「旅人って、何のひねりもない」

「だって、考えれば考えるほどわけわかんなくなっちゃって。でも、ほら、これってシンプルでよくない?」


 この声にぶっきらぼうな声が返る。

「あ~、別にいいんじゃねぇの?」

「ぬぐっ、投げやりな言い方を……フーちゃんとエルダー様はどう思う? 旅人アスティニア」


「うん、いいと思うけど。普通で」

「ええ、単純明快でわかりやすい思います」


「なんだろう。あんまりうれしくない……もういいや! 今日の分の日誌も書いたし、作戦の時間まで寝る!」


 そう言って、アスティは数脚の椅子を(つら)ね、それを即席の寝台をとして横になった。

 それを見たエルダーは、ためらいがちに声をかけたのだが……。



「アスティさん、屋敷内にはあなたのために用意された部屋が――」

「す~、す~」

「ね、寝てる。なんと寝つきの良い……」


 椅子の上という、眠るには適していない場所で、あっさり夢の世界に旅立った彼女の姿に、エルダーは呆れと驚きが入り混じった息を吐く。

 


 そんな彼に、アデルとフローラが話しかける。


「俺たちはどんな状況でも眠れるよう、訓練されてきたからな」

「それに今夜はふかふかのベッドで休むより、こうして少し緊張を残したままの方が良いでしょう。体を休めつつ、気を張りすぎず、でも糸が切れない程度に」


「妙な寝方で体を傷めないと良いですが」

「その点はご心配なく、わたしが見ていますから。アデル、わたしとあーちゃんの分の毛布を持ってきてくれる?」

「ああ、わかった。フローラもここで寝るなら、俺も今日はここで寝ようかな」


 アデルのこの一言にエルダーは驚き、突然調子の外れた声を張り上げた。

「いっしょ!? 駄目でしょう、それは!!」

「へ、なんで?」

「なんでって……それは、その……わかいだんじょが、いっしょの、へや……ごにょごにょごにょ……」



 エルダーは顔を真っ赤にして、虫の囁きのようなか細い声を漏らす。

 当然、アデルとフローラには、その言葉が聞き取れない。


「どったの、にーちゃん? あ、もしかして、仲間外れにされた感じした?」

「でしたら、エルダー様もご一緒に寝ます?」


「ふ、フローラさんといっしょ――――アイヤ~!! そ、それはまことにうれしくもあかんでしょうに!!」


「え、何語?」

「ど、どうされたのですか?」


「いや、なんでもなかとです。すん、すんづれいするぜよ!!」



 エルダーは体をコマ送りの絵のようにカクカクと動かしながら踵を返し、一度、体を扉にぶつけてから、大広間から去って行った。


 残された二人は眉を折りながら顔を見合わせる。


「なんだったんだ?」

「う~ん、考えてみたら、貴族様に対して気安く接しすぎたかも?」

「あ~、たしかに。ベッドもない大広間で、庶民と一緒に寝ようぜなんてありえないよな。あははは」

「クスッ、そうね。エルダー様がとても自然に打ち解けてくれるから、つい馴れ馴れしく接しちゃった。それじゃ、わたしたちだけで作戦の時間までゆっくり休みましょう」




――――その頃、ヤーロゥは


 娘たちに一刻も早く会いたい一心で、帰り道を全力で駆け抜けていた。

 そのおかげで、予定よりも早くデルビヨの町からほど近い村に訪れていた。



 今、彼は村の小さな雑貨屋で、子どもたちの土産を物色している最中。


「アスティはウサギが好きだから、ウサギに関する何かにして~。アデルには木彫りのケルべロス人形……は、さすがにいらないか。フローラは~……何が喜ぶだろう?」


 唸りながら品々を眺め回す彼に、店主が話しかけてきた。

 

「お子さんに土産かい?」

「ああ、そうなんだが、どれを選んだものかとな」

「悩むようだったら、名物のお菓子とかにしときなよ」

「いや、それだと土産感が薄れるというか、形として残る物の方が……」


「いやいや、下手なもの買って、せっかくの土産を邪魔者扱いされるくらいなら、食べ物の方がいいと思うよ」

「ん~、そうしとくか。それにしても……」


 ヤーロゥは視線を棚から、店内全体へと移した。

 彼は道中、デルビヨの周辺の村々は重税に苦しんでいると聞き及び、それが事実であると自らの目を通して知っていた。


 そうだというのに、この村に限っては様相が異なる。

 土産物の棚は賑やかに(いろど)られ、品数も豊富。とても逼迫(ひっぱく)した地域にあるとは思えない光景が広がる。



「生活が大変だと聞いているが、土産屋が成り立つのか? それに、村の規模にしては、土産が充実しすぎているし……近くに人気の観光地でも?」

「フッ、そんなものないぜ」

「では、どうして土産屋がこれほど潤っている?」


 問いに、店主は胸を張り、声を張った。

「この村はな、土産作りに命懸けてんのさ! たとえ、世界が消えても、滅んでも、圧し潰されても――土産だけは世界に残すつもりだぜ!!」

「そ、そうか……」



 まったくもって腑に落ちたとは言い難いが、店主の強い眼差しに気圧(けお)され、ヤーロゥはうなずくほかなかった。

 そして、薦められるがままに村の特産品『ミルク草餅ケルベロス味』を購入して、宿へと向かう。


「よし、もう夜も深いし、今日はここで休んで、明日デルビヨへ戻ろう。ここからなら、夕方には戻れるだろう」


 そうして、足を宿へ向けたのだが、村人から思いがけぬ声が飛んできた。

「聞いたか、おい。どうやら、盗賊たちが街道を封鎖しているらしいぜ」

「あたしが聞いた話だと、街道どころかデルビヨが攻められてるんだってさ」


 この話を聞いたヤーロゥはこう一言。


「――え?」




――おまけ


『ミルク草餅ケルベロス味』


 ベース――白玉粉・上新粉・よもぎ・牛乳

 甘味と香りづけ――練乳、白あん、バニラエッセンスを使用。


 ケルベロス要素1――黒胡麻ペースト 。地獄的な見た目&深みのある甘み。

 ケルベロス要素2――ダークチョコレート。ビターで大人っぽい風味。

 ケルベロス要素3――山椒と一味唐辛子をほんのり。ピリリとした刺激を少しだけ。



 一口目:ミルキーでほんのり草餅の香り。やさしい甘さ。

 二口目:黒胡麻やチョコの深みが感じられて、甘さの奥にビターなコク。

 後味:少しピリッとする刺激(唐辛子・山椒)が舌に残る。まるでケルベロスが吠えた余韻のよう。



――商品紹介

 淡い緑色の餅に、赤と黒のトッピングが施された幻想的な彩り。和と洋、甘味と辛味がせめぎ合い、調和する――不思議な和スイーツ。

 

 食後感は、『なんだったんだこれは!?』と驚きが残るが、癖になる味。

 ふとした舌の余韻が『ガルル……』と吠える、幻聴を引き起こすかもしれません。

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