第25話 背伸び
アデルの意見に皆が頷く中で、アスティだけが異を唱えた。
「私はここだと思うけどな」
彼女は丘陵をさらに登った先――木々に遮られ、兵士への指示が困難であり、水源からも遠く、撤退経路も限られている地点を指差す。
この彼女の奇妙な意図を、ガイウスが尋ねる。
「どうしてここだと?」
「相手が盗賊だからです。正規軍とは違い、指示や利便性よりも、自分が逃げやすい場所に陣取ると思って。ここなら道はなくとも、獣道を使って森の奥へ逃げ込み、『自分だけ』は助かることができますから」
彼女の言葉に、全員合点がいった。
彼女が指し示した場所――正規軍ならば有り得ない位置。軍への指示は出しにくく、指揮能力は低下し、軍全体を危険に晒すことになる。
しかし、盗賊の頭では違う。
名誉もなく、他者を蹂躙することで財を成す彼は、自分の命こそが最も崇高なもの。
常に最悪の事態を見越して、自分だけが助かる道を確保している。
フローラは、アデルの差した丘陵地とアスティの指差す地点を見比べた。
「斥候の最大の使いどころはここですね。場所は丘陵とその真上とは言え、無駄は避けたい。ガイウス様」
「ああ、ワシの手勢の中から、選りすぐりの者を選ぶ。加え、斥候はもう一人増やすとしよう。闇夜の森の斥候となると、二人では心許ないからな」
「はい、余裕がおありなら、そうしていただけると」
「ああ、なんとかしよう」
ガイウスは細めた目で三人を見据え、心の中で呟く。
(いやはや、三人とも見事な才よ。アデルの見解は何も間違っておらぬ。ワシとて、ここが一番怪しいと踏む。だが、アスティはその一歩先を読んだ。さらに、フローラは、アスティの言葉に得心が行きながらも、万が一を考え、アデルの差した場所も押さえようとしている……この子らを育てた親は、いったい何者なのだ?)
「お前たち……」
「なんですか?」
「なに?」
「はい、何か?」
「差し支えなければ、お前たちを導いた師がどのような方なのかを尋ねたい。アスティの父君で、名をヤーロゥとまでは聞いておるが、人となりを詳しく」
この問いに、三人はおでこをくっつけるようにして、こそこそ話。
「えっと、どうする? どこまで言っちゃっていいのかなぁ? もちろん、勇~~だったところは伏せる必要があるけど」
「考えてみたら、俺たちの父ちゃんや母ちゃんの名前も、外でポンポン出していいのかわかんねぇよな」
「あ、もしかしたら、わたしたちのパパやママも本名じゃなかったりして」
ガイウスは三人の返答に困る様を見て、己の問いを引っ込めた。
「いや、今のは忘れてくれ。今はそのような場合ではなかった。お前たちが何者であろうと、この町を守るために尽力してくれているのはわかっている。それだけで十分だ。この通り、非礼を詫びよう」
そう言って、彼は年端もいかぬ少年少女に頭を下げた。
貴族であり、獅子将軍と渾名される老将にして、勇将ガイウス――その彼が頭を垂れたのだ。
さすがの三人も、申し訳なさに慌てた様子を見せた。
「い、いえ、妙に思われるのは当然でしょうし」
「や、やめてくれよ、じっちゃん。さすがの俺でも困っちまうぜ」
「お願いですから、どうか頭をお上げください」
「ははは、そうか。礼を通したつもりだったが、逆に迷惑だったようだな」
彼は軽い笑いを見せたあとに、もう一度だけ軽く詫びた。
「すまなかった。お前たちが何者であろうと関係ない。今は信頼の置ける味方だ」
彼の声をしっかり心で受け取るも、三人には一抹の不安がよぎる。
彼女たちはガイウスやエルダーには聞こえない小声で会話を行う。
「関係ないと言ってくれてるけど、私が魔族ってバレたらさすがに問題かなぁ?」
「そうなんじゃねぇの? 外だと滅茶苦茶対立してるみたいだし」
「侵略者の影響があったとはいえ、勇者クルスも魔族に対してひどい憎しみを帯びていたみたいだからね。わたしとあーちゃんのことは絶対黙っておいた方がいいと思うよ」
三人は人間族と魔族が共存する村で育ったため、両種族の溝の深さを知識では知っていても、心では理解できていなかった。
できない……いや、できないこそ、アスティの心の中に寂しさが宿る。
「なんか、自分に嘘をついてるみたいで嫌だなぁ。みんなのことも騙してるみたいで」
「仕方ねぇよ。外はそうなんだから」
「うん、あーちゃんが気にすることじゃないよ。間違ってるのは外の世界なんだし」
二人の幼馴染は彼女を思い、優しく語りかけてくれるが、寂しさに沈んだ心は晴れない。
「そう……なのかな? あんなに仲良くしてくれる兵士長さんやみんなも、本当の私を知ったら嫌いになるのかな……」
そう、か細く呟き、小さく首を横に振る。
(ううん、そんなことないと信じたい――)
ガイウスは、再び密か話を始めた三人を見て、今の詫びも余計だったかと反省を見せていた。
「あまり触れぬ方が良かったか」
「いえ、気になりますよガイウス様。普通に」
「フフ、たしかにな。だが、もうやめておくとしよう。彼女たちは他者のために自らの命さえ顧みずに守ろうとする、気高い心を宿す者たちと知っておるからな」
敗北必死――命を奪われかねない状況で彼女たちは前線に立ち、見知らぬ人々のために戦いへ赴く。このようなこと、大人ですらまず行えない。
彼らのその誇り高き勇猛に敬意を払い、ガイウスは言葉を閉じようとした……が、一つだけ腑に落ちぬことがあった。
それは、この危険な策を選んだことについてだ。
「お前たちにこの策について、一つ尋ねたい」
「なんですか?」
「なに?」
「なんでしょうか?」
「お前たちの引率者である父君は相当な腕前であり、彼さえいれば打開は軽いものだと言っておったな。だとすれば、このような危険な策を用いずに、犠牲を覚悟の上で守りを固め、時間を稼ぐ方が、勝利を確かなものにできるのでは?」
彼の問いに、三人が三人とも苦虫を噛み潰したよう顔を見せて、答えを口にしていく。
それは、ガイウスが相手だということも忘れて、地のままに。
「だって、もうお父さんに頼りきりってのが、嫌だったから……」
「ああ、初戦は父ちゃんたちに頼っちゃったからな。でも、俺たちだって一人前なんだぜ!」
「ええ、今度こそは、わたしたちだけでもちゃんとできるってことを見せつけてやりたいんです!」
三人は互いに親指を立て合って、決意表明のような姿を見せる。
そんな彼らの姿に、ガイウスの胸には寒気が走った。
(なんということだ! あまりにも眩い才を前に、彼女たちの本質を見極められずにいた!!)
「エルダー、お前はここへ残り、町を守れ」
「え?」
「あの子たちとは……このワシが共に行く」
見事なまでの洞察力・策・技量・魅力。
多くを兼ね備えた彼女たちであったが、この策の根幹にあったのは――親に認められたいという子どもの心!!
その思いはやがて意地となり、いざという時、判断を見誤らせることになりかねない!!
(素晴らしき才を持ちながらも、やはり子どもなのだな。老いたる身として、若者に未来を託す者である以上、その才は守ってやらねば。たとえ、我が命を以ってしても)




