第24話 魔石に沈む、薄氷の町
幼くも決意に満ちた力強い声たちへ、ガイウスは柔らかな笑みを生み――エルダーへ命を下した。
「エルダー、いつも通り食糧の配給を。いや、やや多めにし、皆に安堵を与えよ。兵士らは本日、よく守ってくれた。その労いも兼ねてな」
「よろしいのですか?」
「ああ、構わぬ。この策が失敗すれば、すべては終わりだ。明日はない」
「はい!」
エルダーは広間の扉口へと向かい、扉の前に控えていた歩哨に命を伝える。
その際、まだ会議を続けるので、こちらに人を寄越す必要はないとも伝えた。
彼が再び長卓に戻ったところで、いよいよ策の要諦へと話は移る。
だが、その前に、フローラが一つの疑問を声に出した。
「ガイウス様。本題に入る前に、一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「ガイウス様が、デルビヨの町を訪れた目的は一体?」
「…………」
何に対しても歯切れよく答えていた彼には珍しく、言葉が途絶えた。
フローラは至らぬ問いをしたと謝罪の声をあげようとしたのだが――
「御気分を害されたのであれば、お詫び致します。わたしの配慮が足りませんでした」
「……いや、謝罪には及ばぬ。そうだな……些細な情報であっても渡しておいた方が良いか。おそらく、盗賊たちとの関係も少なからずあろう」
「ガイウス様! さすがにこれは庶民である、いえ、何者であろうと――!!」
「良いのだ、エルダー。フローラ、アデル、アスティよ。ワシはデルビヨを目的としていたわけではない。ワシの目的地は王都だ」
「王都、ですか?」
「お前たち三人はどういうわけか世情に疎いように見える」
「それは……」
「答えずともよい。ただ、ワシの言葉に耳を傾けるがよい」
この、ガイウスの優しくも深みのある言葉に対して、フローラは居住まいを正す。
彼女の振る舞いに倣い、慌てふためくようにアスティとアデルも背筋をピンっと張った。
戦場では大人顔負けの活躍を見せる彼女らにも、子どもらしいところがあるものだと、老将は小さな笑みを浮かべる。
そして、静かに語りを紡ぎ出す。
「勇者クルスの時代となり、人間族と魔族は先の見えぬ戦乱の時代へと突入した。絶え間ない戦は莫大な支出を生み、そのために民へ重税を課す。民は税に苦しみ、貧困に泣く。だからワシは……陛下をお諫めに王都へ向かう途中だったのだ」
「それは――!!」
フローラはこの発言の重さにすぐさま気づいた。
気づかぬアスティとアデルのために、それを言葉として表す。
「王の軍政を諫めるなど……そのようなことを行えば、どのようなお咎めがあるか!?」
「これは命を賭した、老臣としての最後のご奉公だと決めておる。だから、エルダー、わかっておるな」
「はい……僕は王城へは供せず、ご親類に触れを回し、逃れの備えを……」
王は民を顧みず、魔族との戦いに執着する。
それにより、民は貧困にあえぎ、疲弊し、朽ちてゆく。
ガイウスはそれを見捨ててはおけずに、王へ諫言するべく、王都へ向かう最中であった。
その声が王の心へ届けば良い。
届かねば、首を刎ねられるであろう。
それでも彼は、忠臣として、王を諫めに参る。
エルダーは、王の怒りがガイウス一人にとどまらず、親類にまで及ぶ最悪の事態を憂慮し、王都に残る彼らへあらかじめその旨を伝える役目を担って同行していた。
引き連れた百の兵士は、親類が王都を脱出する際の護衛のために……。
ここまでの会話で、フローラはこのデルビヨの町に備蓄されていた、異様なまでの量の魔石について考えが至った。
「そうか、あの魔石……魔石は戦争の資源にして、魔法や魔道具の動力源。時には贅沢品としても珍重されるもの――。あれらはすべて、王都へ献上するための!」
彼女の言葉を起点に、アスティとアデルも連鎖反応の如く言葉を繋げていく。
「盗賊が狙うわけだ! 物々交換に使え、金銭に変えることもできる魔石がたくさんここにあるとわかっていれば、領主の命を奪ってでも――」
「町の規模の割には、魔石以外の備蓄が少ないってのはこういう訳かよ! 物資を全部魔石に換えて王都へ送っていたわけか! 少しは防備のことを考えろよ、くそったれ!!」
デルビヨの町……一見、穏やかで活気に溢れた平和な町。
だがそれは、多くを犠牲にして成り立っていたもの。
デルビヨは交易の中心地。
その立地を利用して、他の村や町から財を吸い上げ、それらを王都へ運び、ご機嫌を取ることで延命している町。
領主メディウスとって、これは己が大事だからというわけではない。
彼は清廉であり、真摯であったが、この難局を打破する才は無かった。
そのため、このような下策しか持ち得なかった。
この難局は、さらなる禍を招いた……魔石ばかりが備蓄され、他の物資に乏しいこの町は防備が手薄となった。
その隙を盗賊たちは見逃さず、デルビヨの町を獲物として定めた。
そこで領主は、盗賊へ貢物を送ることにした。
彼はそれで盗賊も満足するはずだと踏む。
だが、そのような考え方は戦乱の世において、余りにも甘き幻想……。
さらなる延命を図るために盗賊へ貢物を送り、領主としての誇りまでも捨てたメディウスだったが、彼らはそれを相手にしなかった。
根こそぎ奪うために……。
ガイウスはさらに言葉を紡ごうとしたが、三人の様子を見て、その言葉は迷いを生むと悟り、胸の内へと深く沈めた。
(町を襲っている盗賊の中にもまた、重税に喘ぎ、人の道を踏み外すほかなかった者たちがいる。そのような者たちをこれ以上生み出さぬためにも、ワシは王を諫めようと……だが、これを言葉として語る必要はないか……)
場の空気が重みを増していく。
それをエルダーが一言で掻き消す。
「今はやるべきことをやろう。悩むのは生き残った後にいくらでも行えばいい」
アスティ・アデル・フローラ……そして、ガイウスまでも彼の声に頷き、話を本題へと移していく。
まず、ガイウスが三人の子どもたちへ尋ねた。
「さて、お前たちの策を聞こうか。討つためには何を成すべきか、何が必要なのかを」
三人はそれぞれ目的と策を上げていく。
頭を切り替えたアスティはいつもどおりの口調を見せながら指を立てていく。
「それじゃ、目的の確認からしましょうか。一つ目は頭目の暗殺。これにより敵軍の統制を崩壊させる。二つ目、可能ならば頭目の首を持ち帰る。これで敵兵の士気を徹底的に下げる。そして三つめは、敵陣からの撤退。その際、損害は最小限を目指す」
アデルは実行部隊の編成に言及する。
「本来なら五十は欲しいけど、人手が足りないし、作戦遂行に可能な人材も少ない。夜襲への備えも必要だしな」
彼は瞳を揺らし、短く思案し、必要な人数を割り出す。
「……それらを踏まえると、人数は十五~十七人。これが作戦遂行に必要なぎりぎりの数。斥候二名、攪乱部隊五名、撤退補助の後方支援が五名。そして、暗殺部隊三名だな!」
この三名は言わずもがな、アデル・フローラ・アスティのことだ。
ここでエルダーの声が間に入る。
「四人だ。僕もついて行く」
彼はガイウスへ視線を送る。老将は無言で頷く。
さらにエルダーはこう言葉を付け加える。
「必要な装備は黒装束、軽装であること。そして、短剣、弓、毒、油、火種。まぁ、僕たちは剣士だから、短剣よりも慣れた剣の方が良いだろう……ともかく、できるだけ接近戦は避けて、速やかに行いたい」
最後にフローラが作戦の流れを示した。
「頭目ジオラスの所在の把握・逃走経路の確保・指揮官の暗殺・攪乱部隊による陽動・そして、撤退。事前偵察ができないのは残念ですが、斥候に大まかなルートを割り出してもらうしかありませんね」
このようにして、おおよその骨子は整うが……頭目ジオラスの所在の把握という難題が残る。
だが、それについてはアデルが居場所を指し示した。
彼は長卓の上に広げていた周辺地図の上に、北の森の詳細な地図を重ね広げた。
「ここの地形を見てほしい。森の中でも開けた場所で、それも丘陵地。ここなら、自軍の動きが把握しやすい。おまけに、ここは水源から近いのにぬかるみもないし、複数の小道がつながる中心で、緊急時に退路を確保しやすい。つまり、ジオラスがいる場所は――ここだ!」
彼の意見に、ガイウスは感心の声を漏らし、エルダーとフローラも納得の息を漏らした。
だが、アスティは――。




