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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第23話 虚偽の算盤、真実の算盤

 アスティ・アデル・フローラが至った結論――それは、敵の大将を討ち取るという大胆不敵な策。

 だが、この策に対し、エルダーは真っ向から反発を示した。


「バ、バカな!? 敵の数は四千! 頭目ジオラスは北の森の奥深くにいる。そのような状況で、どうやって?」



 彼の動揺にアデルが応じる。人差し指と中指をクロスして、絡めるように回しながら……。

「そりゃ、こっそり近づいて、こう、キュッて感じで終わらせるつもりだぜ」

「え? つまり……暗殺ってことかい?」


「うん――って、まさかエルダー兄ちゃん。町の外に打って出て、突撃中央突破でもすると思ったの? さすがの俺でも、そんな無茶な真似はしないって」

「すまない、正攻法しか頭になかったもので。だが、それでもこれは無謀な賭けだ。それに、こちらにまだ余力がある。わざわざ危険を冒すような局面じゃないだろ?」



 この疑問に答えたのはアスティ。

 彼女は長卓に肘をつき、手のひらを顎に添えたまま、不敵な笑みを浮かべてエルダーを見つめる。


「フフ、敵もそう思っているでしょうね。だからこそ、今晩やるの」

「こんばん!?」

「ええ、今夜。夜が最も深く沈むときに。幸い、この策が通じる条件が揃ってるから――――ガイウス様のおかげで」

「ガイウス様の?」



 エルダーはガイウスへ顔を向けた。

 名を挙げられた老将は顎を撫でながら、自らが置いた布石を少女たちに読み取られたことを、惜しみなく称賛した。

「はっはっはっ、そうか。あれも理解していたのか。いや、それも当然か。早くから物資の流れに目を配っていたお前たちならばな」



 何が何だかわからないとうろたえるエルダーを置いて、アスティはその布石に触れていく。

「わざわざガイウス様は物資の管理を申し出て、物資が納まる倉庫を、ご自身の配下だけに護衛させました」


「ふむ、それで?」


「搬入された物資は倉庫から溢れんばかりで、倉庫前にも積まれていた。ですが、私たちは当初から物資の流れを監視していましたので、倉庫が空なのはわかっています。だからこれは、頭目ジオラスに、実際の物資の乏しさを悟らせないための偽装だと気づきました」


 

 

 これは、倉庫前に物資を山積みにすることで、『あふれるほど潤沢な備蓄がある』と敵に信じ込ませるためのブラフ。



 ガイウスは、町の中に敵の間者(スパイ)が潜り込んでいると想定し、自身の部下のみに管理を任せ、周囲からの干渉を遮断しつつ、豊富な物資を誇示することで敵の目を欺いたのだ。


 しかし、本来であれば、このようなブラフは頭目ジオラスには通じないものであっただろう。

 だが、今回に限り、この策によってジオラスの疑心を招くことに成功していた。



 アスティの視線はフローラの視線と交差する。

 言葉のバトンはフローラに渡り、この策が通じた理由を語る。


「頭目ジオラスは、この町の内部事情を把握していたと思います。だからこそ、領主不在で経験の乏しい若い兵しかなく、物資も不足している町を正面から襲ってきた。多少の抵抗があっても、すぐに落ちると考え」


「ああ、そのとおりだ。だが、実際は違った」


「はい、この町には幸いにもガイウス様が滞在しておられた。それにより、頭目ジオラスは物資の量を読めなくなった。ガイウス様がデルビヨの町に、物資を持ち込んだ可能性が出てきたため……」



 ガイウスの存在――これは頭目ジオラスにとっては大きな誤算であった。もちろん、アスティたちの存在も誤算であったであろうが、彼の存在はその桁が違う。

 


 何故ならば、百人の軍団を組んだガイウスが、何ゆえにこの町に立ち寄ったのかがわからないからだ。

 仮に、輸送の任を帯びていたのならば、ジオラスの目算は根底から崩れ去ってしまう。


 常識的に考えれば、『獅子将軍』とまで称される存在が、輸送の任など引き受けるとは考えにくい。

 だが、万が一の可能性があるため、ジオラスは迷い、本格的な侵攻に踏み切れなかった。


 果たして、物資は存在するのか、しないのか。


 

 言葉の流れはアデルに帰り、エルダーに向けて明言する。

「だから、エルダー兄ちゃんの食料の配給制限は間違っていると言ったんだ」

「――あっ!? な、なるほど。ここで制限をしようものなら、敵に物資がないと教えるようなもの! ですが、ガイウス様!」


 彼は珍しく常に垂れている眉を少しだけ立てて、不満の色を覗かせた。

「どうして僕に、そのことをお伝えくださらなかったのですか!?」

「一から十まで教えていては、学びにならぬ。ワシの背を追うのではなく、ワシの意図を読む目を養ってほしいからな」

「それは……」



 彼は一度、三人の子どもたちをそっと一瞥し、拳をぎゅっと握り締めた……それは悔しさの表れ。

 自分はガイウスの意図にまるで気づけなかった。いや、気にすることもなかった。

 対して、己よりも三つも年下の彼女らはあっさり看破していた。


 その悔恨が拳を握り締める音となって、泣く。

 ガイウスは、彼の爪先が赤き涙を搾り出さぬよう、緩やかに声をかけた。

「まぁ、見ているものが近くにありすぎると、全体が見えなくなることはままあること。この子たちはワシを見ておらぬゆえに、すぐに気づけたのだろう。あまり、気に病むな」

「慰めは、かえってつらいですよ」

「……そうか」



 ガイウスは短い一言だけを置き、三人へ向き直った。

「物資にまつわる洞察は見事。だが、お前たちはさらに先を見据えているのだろう?」



 三人はこくりと頷き、アスティ・アデル・フローラの順で答えていく。


「はい、一日目は、ガイウス様の存在により攻撃の機先が削がれました。二日目は、物資の有無が判然(はんぜん)とせず、頭目ジオラスは様子見に徹しました。そして、三日目……本日、直接ガイウス様が守る壁を攻撃することで、隠された意図を探ろうとした」

「フフ、一日目はお前たちの存在も大きいがな。だが、おおむねその通りだ。相手もなかなか賢い」



「けど、じっちゃんはそう簡単に尻尾を出したりしない。となると、次は俺かアスティかフローラが守る壁に、全力で攻撃を仕掛けてくる。じっちゃんよりも守備が下手な俺たちが、大量の物資を消費するように」

「ああ、そうなる。ここから先は徹底した攻勢を行い、こちらの物資を消費させ、隠された幕を引き裂きに来るだろうな」


 

「彼らに残されたタイムリミットは、援軍が来るまでの十五日。十五日もあります。こちらの物資が豊富と見れば、彼らはただ退()く。逆にないとわかれば、彼らにとっては十分に攻め落とせる時間となる。反して、わたしたちのタイムリミットは僅か二日。時間がない。ですから、ガイウス様は初めからわたしたちと同様のことを考えていたのですね」



 三人はガイウスの琥珀の瞳をじっと見つめた。

 老将は椅子に深く腰を預け、その視線を静かに受け止める。


「うむ、敵の大将を討つほかあるまい。相手は盗賊。正規軍ではない。頭を潰せば、四散する可能性が高いからな。これもまた、勝ちの薄い賭けではあるが……」



 だが、アスティは毅然(きぜん)と語る。

「でも、そこには勝算が残っている。それに、ジオラスの算盤でも、今はまだ物資が残っていると出ている。あと二日は、猶予があると……」


 アデルが続く。

「エルダー兄ちゃんはこう言ったよね、無謀だって。ああ、その通りだよ。誰だって余裕があるうちは、なかなか思い切ったことはできない」


 フローラは決意する。

「ええ、これは無謀な策。まだ、二日の余裕があるのに……そして敵もまた、わたしたちがこのような危険な賭けに出る時期とは思っていない。だからこそ、この一戦に全てを賭けるべきです」



 三人の声が強く、ひとつに重なる――

「「「敵が油断している、この時こそが最大のチャンス!!」」」

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