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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第14話 ヴィナスキリマと勇者の秘密

――デルビヨの町へ向かう途中、とある日の野営にて



 夕暮れの(とばり)が降りる前に、森の片隅にて野営の準備を整えた。

 そこで俺は、子どもたちへ変幻自在の剣・芙蓉(ふよう)剣ヴィナスキリマを紹介することにした。

 ナイフ姿のヴィナスキリマは俺の呼びかけに応えて、その姿を自在に変える。



 姿を変えるたびに子どもたちは目を張り、歓声を上げていた。


「大剣」

 俺は巨大な(やいば)を軽やかに振るい、その重厚な軌跡を見せる。

「「「わ~!」」」


「槍」

 槍へと変じたヴィナスキリマを手に、素早く三段突きを繰り出す。

「「「おお~!」」」


「鞭」

 しなやかな一条鞭となったそれを振り抜くと、先端が鋭く空を切り、『パンッ』という音と共に小さな衝撃波を生んだ。

「「「すっご~い!!」」」



「ルミナイザー銃」

「「「え!?」」」



 銃の姿に化けたヴィナスキリマのトリガーを引いて、小さく丸い光弾を近くの木の幹に当てた。

 そして、子どもたちへ振り返る。

「といった感じで、このヴィナスキリマは様々な――」


「ちょっと待って、お父さん!? 最後の何!?」

「変な形してて光がボシュンって出たけど、おじさん!?」

「ヤーロゥさん、最後の姿はたしか銃でしたよね? ですが、あれは金属の弾丸を撃ち出すものだったのでは?」



「ああ、百年前に流行った銃はそうだな。だけどこいつは、光の弾丸を放つことができる」

「いったいどんな原理なんですか? 見たところ魔力の発生はなく、変化の瞬間に微弱な電気が発生している様子でしたが?」


「俺の故郷の村長の話だと、俺の中のナニカが銃のナニカに反応して、それでナニカが起こって形を変えるそうだ」

「それって、何もわからないってことでは……?」

「まぁな。俺からすれば、使えれば十分だし。仕組みはどうでもいいさ」


 そう答えを返すと、フローラは難しい顔を見せてから、小さく首を横へ振った。

 彼女は両親のヒースやローレに似て、学者肌な部分があるため、物事を謎のまま放っておくのがどうにも納得いかないようだ。



 一方、アスティとアデルは……。


「あんなのがあったら、もう魔法なんていらないかも?」

「だとしたら、魔法が苦手な俺にぴったりだな。ねぇ、おじさん、それって俺にも使えるの?」


「さぁ、今まで俺以外で使えた奴はいないな。でも、一応、お前たちでも試してみるか。どうする?」

「「やる!」」


 元気いっぱいに返事をする二人に俺は微笑む。

「フフ、それじゃあ貸してやるが、仮に変化したとしても銃には期待するなよ。威力は小石をぶつけられた程度だから」


「え、そうなの?」

「見た目は凄そうなのに」


「威力の調節はできるらしいが、俺にはそのやり方が分からん」


 そう言って、俺はナイフ姿に戻したヴィナスキリマをアスティへ渡した。

 アスティはヴィナスキリマに念じて、剣へ変えようとしたが変化は無し。

 アデルもそう。途中で加わったフローラもまた、同じく変化無しだった。


 やはりこの剣は、俺にだけ反応を示すものらしい。どういった理屈かはわからないままだが……。



 その後、アスティとアデルが夕餉を整え、それを済ませる。

 どういうわけか、この二人は料理当番を率先して買ってでるため、俺とフローラはあまり料理をする機会がない。

 正直、二人がこんなに料理好きだとは知らなかった。

 娘であり、とても身近な友人の子であっても、親として大人としてわからないことがあるんだなぁ。



 

――食事は終えたので、焚き火の温もりから少し離れた場所に寝床を設け、それぞれが就寝までのわずかな時間を自由に過ごす。



 三人の中でフローラは本を手に取り、黙々と読んでいたのだが、その途中でふと顔を上げ、俺に問いを投げかけてきた。


「あの、ヤーロゥさん?」

「ん、どうした?」

「この本に書かれてある、『探偵ジルドラン・王城密室殺人事件』とは本当に起きたことなんですか?」


 俺は手をひらひらと振る。

「ないない。なんで俺が探偵みたいなことをやってるんだ? というか、王城で密室殺人って物騒すぎるだろ。どこの誰かは知らんが、好き勝手に俺を(いじ)ってるようだな」


 するとフローラに続き、アデルが興味交じりの質問をぶつけてくる。

「それじゃあ、おじさんが巨大化して宇宙怪獣をやっつけた話もでたらめなんだ?」

「なんだその話は? その作者は俺をどうしたいんだ?」



 俺は頭を抱えて、項垂(うなだ)れた。

 こんな本が出回っているとすれば、本当の俺を知らない連中の間で、いろいろと誤解が生まれてそうだ。

 顔を少し上げて、アスティを見る。

 おそらく、娘も妙な誤解を生んでいるだろう。それを少しでもいいから解いておかないと。


「アスティも『ジルドラン』に何かあったりするのか?」

「私はめったに勇者ジルドランシリーズを読まないから、あんまりかな」

「そ、そうか……」


 俺がジルドランだとは知らなかったとはいえ、娘に興味を持たれていないというはちょっぴりショックだった。

 気を取り直して、フローラへ顔を向ける。


「どうやら、俺のことを面白おかしく書いてる作者が大勢いるようだな」

「いえ、勇者ジルドランシリーズを手掛けてるのは一人の作家さんだけですよ」

「え?」

「この方だけで、お笑いあり、感動あり、冒険あり、群像劇ありと、様々な物語を綴っているんです」

「随分と手広くというか……筆の早い人物だな。とはいえ、でたらめばかり(えが)かれるのはあまり良い気分ではないな」



 俺はげんなりした様子で小さなため息を吐く。

 するとフローラが、それだけではないと答えを返してきた。

「真面目なものもありますよ。事実をもとにした、勇者ジルドランの交友録なども」

「ほ~」

「あ、そういえば、その中に女性の遍歴ついてもありましたよ」

「はっ!?」

 

 フローラは自分の紺色のショルダーバッグをまさぐり、そこから深紅の装丁が(ほどこ)された一冊の本を取り出してきた。

「はい、これに書かれてあります」

「ちょっと借りるぞ!!」


 俺はひったくるように本を奪い、パラパラとめくっていく。

「ふむふむ、アルダダスとの出会いが丁寧に書かれてあるな。な、シェーネとの騒動までも!? あれは余程近しい人物しか知らないはずなのに……?」


 さらに目を通し、途中でその眼は止まった。そこはもちろん、女性遍歴の記述。

「…………アゼリア、ヴァイオラ、カエデ、ナズナ、ホリー。何故、こんなに細かく……?」


 今までお付き合いしてきた女性の名を目にして、それが思わず口から零れ出る。

 それを聞いていたアスティとアデルが眉をひそめて話しかけてきた。


「え、お父さんってそんなにたくさんの女性と付き合ってたの……?」

「おじさんって、遊び人だったんだ……」


「それは誤解だ! 別に同時に付き合っていたわけじゃない! それにすべての女性に対して真摯に――――って、俺は何の話を!?」


 

 これは娘とその友人に話すような話題ではない!!

「フローラ」

「はい、なんでしょうか?」

「この本は没収する」

「――えっ!? それはちょっと!」

「フローラ、頼むから……」


 俺は情けなくも懇願するような声を漏らしてしまった。

 その姿を見たフローラは、これ以上俺が情けない姿を見せないようにと、快く頷いた。

「わかりました。わたしたちも勇者ジルドランをヤーロゥさんと知らずに読んでいましたから。あーちゃんもあまりお父さんのこういう過去は知りたくないでしょうし。ね、あーちゃん?」

「うん、なんていうか、どう反応したらいいのかわからないからね……」


 アスティは俺から目を逸らす。俺もまた顔を地面に向ける。

 そして、これから先のことを考え、俺はそれに寒気を覚えた。


(考えてみたら、旅に出ればジルドランとしての俺を娘たちは知ることになるわけだ。下手に有名な分、いろんな奴が俺のことを知っているからな。良い部分も悪い部分も……)



 娘たちが知っている俺は、父ヤーロゥとしての姿だけ。

 そして、その評価はおおむね良好だと感じている。しかし今後、ジルドランとしての俺を知って、その評価にどう変化が生じるのかと思うと……。


(クッ、こんなことまで考えてなかった。だ、だが、大丈夫だ。軽蔑されるようなことは行っていないはず。先ほどの女性たちについても普通にお付き合いしていただけだしな――――いや、あれについては!?)



 俺は慌てて本をめくる!

(…………よし、ないな。それも当然か。あれは俺が十四の頃の話。知っている人間はいない)

 ホッと胸を撫で下ろす。


 あれは十四歳の頃、初めての旅、初めて訪れた大きな町。そこで出会った女性との物語。

 それはとても刺激的な出会いと時間だった。

 俺は彼女のために初めて人の命を奪った――――だけどあれは、後先も考えない小僧の浅知恵だった。


 相手は悪党……人の形をしてはいたが、人の道に背き、他者を踏みにじるだけの獣。だが、それでも命を奪う選択肢は誤りだった。


 俺は本を閉じて、フローラには返さず、自分の懐へ納めようとしたが……ふと、俺のことをこれほど細かく知っている作者の存在が気になった。

 本を再びめくり、巻末に記された著者の名を読む。



――カリン=ヒイラギ――



「ヒイラギ……ヒイラギだと!?」


 急に大声をあげたので、三人は驚きを交えつつ声を返してくる。

「わっ、びっくりした。どうしたのお父さん?」

「なんか作者にびっくりしてるみたいだけど」

「もしかして、知っている人なんですか?」


「いや、カリン=ヒイラギという人物には覚えはない。だが、このヒイラギという姓には覚えがある」


 俺の知るヒイラギ――名は、ウィスタリア=ヒイラギ。

 西方の小さな村出身で、王都では王立大図書館の主席司書だった女性。

 俺が二十の頃に出会ったときは、二十二だったはず。


(となると、この本を書いているのはあいつの子か? ウィスタリアのやつ、記録魔だったからな。それを自分の子に伝えて……ったく、元勇者だからってプライベートことまで暴露されるいわれはないぞ。どこにいるか知らんが、この旅で見つけたら抗議してやる!)

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