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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第10話 異界の影と元異世界の住人

 煤について問うと、リリスの表情が険しさを帯びた。


「ええ、その通りです。率直に申し上げますと、ジルドラン様やお子様方がアレを認識されたことには、少なからず驚きを覚えました」

 

 

――正確に言えば、認識できたのはアスティ、となるが。

 アスティの指摘がなければ、おそらく気づかなかっただろう。



 リリスは黒い煤の正体を語る。

「あの煤は侵略者たちによって増幅された、人の心に巣食う悪意が漏れ出たもの。通常であれば、認識などできません。ですが、できたとすれば、それは侵略者との親和性が高く、極めて危険です」


「危険?」


「はい、感受性が高い方にしばしば見られる現象です。そういった方々は異界の侵略者にとって憑りつきやすい存在。ですので、ジルドラン様も気をつけてください。心に違和感を覚えたならば、自身から煤が生じていないかの確認を」

「ああ、肝に銘じておくよ」


 この話が事実なら、真っ先に視認で来たアスティが最も危険というわけか。

 娘の母親探しを優先して、レナンセラ村の秘密である異界からの侵略なんて話をわざわざ耳に入れるつもりはなかったが、そうもいかなくなった。



(まったく、のっけからクルスとやり合うといい、村を出ていきなりこんな厄介事が舞い込んでくるとはな)


 リンデン村長に自分は強者だから自然と厄介事が集まってくる――なんてうそぶいていたが、本当にそうなるとは。しかも、こんなに早々と。



 俺は小さく肩を落とす。それを見たリリスは眉根(まゆね)を寄せる。


「どうされました?」

「なんでもねぇよ。それよか、侵略者の話だが、俺に何をして欲しいんだ? まさか、クルスと同じように、また勇者をやれなんて言わないよな?」


「詳しくは、アルダダス様からお話を」

「あいつから?」

「はい。もし、ジルドラン様に巡り合えたならば、こう伝えるように頼まれていました。『あの場所で待っている』と……」

「了解だ。こちらもいろいろと情報が欲しい。協力するかどうかはさておき…………ま、久々に会ってやるとするか」



 俺は肩から力を抜いてぶっきらぼうに答えを返す。すると、終始(かげ)りを帯びていたリリスの顔に小さな微笑みが生まれた。

「クスッ、そういったところはお変わりありませんね」

「大人を笑うな。生意気だぞ」

「もう、私も大人ですよ。おじさん」

「お前だって、おばさんに片足ツッコんでるだろ」

「……殴りますよ」

「お~、こわ」


 笑顔で拳を固めるリリス。

 そう、昔の彼女はこういう奴だった……それがこんなに疲れ果てた姿になっているなんて。

 この言葉少ないやり取りであっても、彼女が背負ってきた十五年の重みがひしひしと伝わってくる。



 会話の終わりが見えて、リリスが別れの挨拶をしようとしたが、そこで俺の奥義について言及してきた。

「では、失礼いたしますが……クルスに見せた二つの技。最初の一つは私の魔眼()をもってしても理解の及ばないものでした。ですが、もう一つの方はあまりよろしいものではありませんね」

「さすがは魔力の流れを見通す瞳を持つ魔法使い。見抜かれたか」



 リリスの瞳は魔力感知に秀でた稀有な力を持つ。それにより、俺の奥義を看破したようだ。


「ええ、魔力核に過剰な魔力を注ぎ込み、暴走させ、それを力へと転化する荒業。過去に幾人もの人々が挑戦し、失敗し、命を落としていった。そのような常軌を逸する絶対不可能と言われた技を完成させているとは……」


「これは奥の手だ。だけどリリス、お前の魔眼はその欠点までも見抜いているな」


「はい。魔核暴走……この技は魔法に対して非常に無防備になる。たとえ威力の低い魔法であっても、暴走状態で攻撃を受ければ、どれほどの衝撃が肉体に伝わるのか。その恐ろしさを理解してるからこそ、ジルドラン様も魔法使いの私を見て、すぐに暴走状態を解いたのでしょうから」


 

 そう、リリスの慧眼どおり、この魔核暴走は魔法の根源たる魔力核を不安定化しているため、あまりにも魔法に弱い。

 そのため、俺はめったに使わなかった。魔法の攻撃を恐れて。

 万が一、魔法でも当てられた日には、その衝撃で体が木っ端微塵になりかねない。


 クルスを相手にした時も、俺に打つ手なしと思わせ、最終局面で剣での対決を強調し、さらに運が良いことにあいつ自身が剣による戦いを好んでいたところもあり、発動が可能となった。

 


 俺は右手を縦にして、こう頼む。

「この弱点は、ここだけの秘密にしておいてくれ。あと、魔核暴走なんて夢物語の技を使っていることも秘密にな。できる奴がいるとわかったら、真似する奴が出てくるだろうし。万が一、クルスが行えたら、もう俺じゃどうにもできないからな」


「誰にもお伝えしませんよ。ましてや、クルスにも。そもそもこれは、グローブ村出身のジルドラン様だからこそできる技でしょうし」



「うん? なんでそこで俺の故郷の名が出てくるんだ?」


「ご存じないんですか? ご自身の村の秘密を? その村の出身なのに?」

「俺は村から飛び出した身。家族と交流はあったが、もはやよそ者。村の話なんか聞かされてねぇよ。むしろ、なんでお前が知ってるんだ?」


「あなたからの助力を得るために、あなたを探し、村へ訪れたことがあるんです。その際、村のこと探りました。その時に……」


「へ~。で、どんな秘密なんだ?」

「グローブ村に限らず、世界の各地に異端の神々を祀る村がありますよね」

「ああ、あるな」

「それらの村は、この世界とは違う世界からやって来たという逸話がありますよね」

「らしいな」


「それ、事実です」

「は?」


「もっとも、このこと自体は今では大して意味を成していないのですが。体内に魔力核を取得した時点で、彼らは皆、この世界の住人ですので」

「ちょっと待て、つまり俺や故郷の連中はこの世界の住人じゃ――」


「では、そろそろ。あまり長居するとクルスに勘繰られますので」

「だから、待てって! もっと詳しく――」

「残りは、ご自身の故郷でお尋ねください。失礼します」



 そう言葉を残すと、彼女は魔法で紡がれた闇の裳裾(もすそ)に包まれ、姿を消した。

 俺は引き止めようと手を伸ばしていたのだが、もはや止める存在もなく、行き場を失った手をゆっくりと下ろす。


「はぁ、最後にとんでもない話を聞かされたな。俺たちが異世界からやって来た?」

 子どもの頃に聞かされていた物語。

 そんなもん、しょせんは物語で眉唾物だと思っていたが……。


「事実なのか? だとすると、どうして、そんな連中がこの世界に集まっているんだ?」


 世界中に点在する、異端の神々を祀る村に一族。

 何か事情があるのか? そもそも、この世界の創生神である全神ノウンは何を考えてるんだ? 異端の神々を招き入れて、異世界の種族を住まわせるなんて。


 と、ここまで考えて、やはり眉唾物のように感じた。

「いくらリリスにそう指摘されても『へ~、そうなんですね』とはいかないな。ま、それはとりあえずほっとくとして……」



 俺は踵を返し、レナンセラ村の方角へと歩みを向ける。

「子どもたちを迎えに行くか。アスティが心配してるだろうし。予定の変更も伝えなきゃならんし」


 さっさと魔族領域に赴き、アスティの身内を探し出して、旅を終える。

 そういう予定だったが、事態はそれを許してくれそうにない。

「想像以上に人間族と魔族の溝が深くなっている。そこに、異界からの侵略者も絡むとなれば、まずは現状を把握する必要がある。ひとまず、アルダダスに会って、詳しい事情を得てからとなるか」



 宰相アルダダス……中年の男性ながら、若く美しい女性のような風貌を持つ妙な奴。


「今はもう、五十五くらいか? さすがに老けて、程よいジジイになってる頃だろうな。あはは」

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