第8話 ジルドランとして――
――――ノーレイン村
クルスが剣を振るう。
その刃に、俺は辛うじて応じるのがやっとだった。
「クッ!」
「フフ、さすがは不変の守護者と称されるだけはある。実に守りが堅い!」
「そいつはどうも!」
半ば自棄で言葉を飛ばし、クルスの剣筋を観察する。
(攻撃一辺倒……ここまで、ひたすら剣による攻撃のみか。どうやら、この戦い方に強いこだわりがあるようだ。クルスは俺と違い、仲間がいたからこそ『いかにも勇者らしい』戦い方に固執できた。そして、守りを考える必要も、ほとんどなかったのだろう)
俺は、守ることこそが至上だと信じ、その一点のみを磨いてきた。
クルスは、攻めにこそ価値を見出し、ただひたすらに、攻撃の才を研ぎ澄ませてきた。
相対する二つの極み――――軍配はクルスに上がる。
(攻撃は最大の防御とよく言ったもんだ。俺の防壁じゃ防ぎきれない)
クルスの一閃一閃が、俺の全盛期の最大攻撃に匹敵する。
正直、この猛攻をしのいでいる自分自身を褒めてやりたいほどだ。
(だが、それもそろそろ終幕。剣舞は最高潮だが、ここまでだ。こちらにもう、打つ手がないとクルスも知り、ここから詰みの盤面へと移行する頃合い――場は整った!!)
俺は全霊を込めてを、渾身の一太刀を振るった!
だが、それさえもクルスは難なく躱し、悠然と構え直してみせた。
「あなたの攻撃では私には届かない。もう、終わりとしましょうか」
「まぁ、そう焦るな。ヤーロゥである俺はここまでで仕舞い。ここからは、久々にジルドランとしての俺を見せてやろうってんだから」
「ヤーロゥ?」
「俺が勇者としてあった時代。その俺の姿を見せてやるよ」
ひとつ、深く息を吐き、意識を集中させる。とあることのために――。
勇者である俺を思い出した肉体からは黒衣の殺意が溢れ出し、忌まわしき威圧として粘着きながら肉体に纏わりつく。
その姿を見たクルスは歓喜に酔う。
「ああ……これだ。この姿が勇者ジルドラン様だった。圧倒的な恐怖、これこそが勇者……」
「恐怖が勇者って、どんな勇者だよ? お前の勇者像、根底からおかしいぞ」
「おかしいのはあなただ。あなたが宿す、その暴虐的な気配こそが魔族たちを怯えさせ、人間族の皆が、あなたに畏敬の念を払っていた。ですが――!!」
酔いから覚めた彼は口惜しさを声に乗せる。
「その恐怖に力が伴っていない! たしかに雰囲気は以前のあなたに似ている! だが、なんてちっぽけな力なんだ!」
「うるせぇな。年とりゃ衰えるもんだろ。お前もいずれそうなる」
「いいえ、年のせいではない! これは魔族と関わったからだ!!」
「は?」
「魔族があなたを弱くした! やはり、魔族は悪。滅ぼさねばならない!!」
魔族への憎しみに捉われた男は心を狂わせる。
もはや、そこに論理的整合性などない。
俺の瞳に寂しさの幕が下りる……蕭索とした思い出の彼方に、少年のクルスと今の彼が溶け合い、姿を虚ろなものへと変えていく。
「十五年……そうか……もう、俺の知るクルスはいないんだな」
「そちらこそ、もう、私の知る勇者ジルドランはいないのですね」
瞬刻の間を挟み、剣を構え、最後へ向かう言葉を交わした。
「行くぞ、クルス! これで終わりだ!!」
「来い、元勇者ジルドラン! あなたの伝説は私の胸にのみに生き続ける!!」
俺は一歩前へ踏み込む。同じくクルスも踏み込んだ。
彼の深紅の瞳を睨みつけて、俺は翡翠の双眸に魔力を収束させる。
魔力を帯びた眼差しがまばゆく輝く。
その閃光に一瞬たじろいだクルスは、すぐさま忌々しげな表情を浮かべた。
「クッ、この期に及んで幻術魔法! くだらない!」
――ああ、くだらない。それには同意だよ、クルス。だが、一瞬だけでもお前の気をそらすことができる。それにより、俺の持つ最大の技を二つ使うことができる!!――
「天翼」
そう呟いた瞬間、俺はクルスの視界から姿を消した。
クルスはこの戦いで初めて、取り乱す姿を見せる。
「幻術? 違う、魔力を感じない!? 一体何が!?」
天翼――それは神の瞳さえも盗む技。俺では神の瞳は盗めないが、一人の人間の瞳くらいは盗める。
そのためには意識を集中する時間を作り、更に発動をより強固とするため、幻術の魔法を組み合わせる必要があった。
これにより、俺はクルスの瞳を盗み、気配さえも断つという完全なる虚無を出現させた。
勇者としてのクルスの視線はとても複雑なものだったが、それらをすべて避け、俺は彼の左隣に音もなく現れて剣を振り下ろす。
その刹那、クルスの視線は俺の動きを捕らえ、遅れて剣を俺へ振るった。
「横!? させるものか!」
彼の剣の速度は、俺の剣の速度を遥かに上回っていた。
(チッ、これでもクルスの方が速いのか!)
このままでは、先に振るったはずの俺の剣が後になり、彼の剣が俺の胴を薙ぐだろう。
剣線は交差し、冷たく無慈悲な刃は肉を両断した。
「がぁぁ!」
喉奥から響いた悲鳴。その声はもちろん――――クルスの声!!
彼は理解が追いつかぬまま、本能で剣を振るい続ける。
「な、なにが? このぉぉぉぉ!!」
斬られた左肩から腹部――その深手にもかかわらず、クルスの剣は速く鋭く、力強い。
だが、その速度と力を、上回る術を俺は会得していた!!
クルスの剣を全て受け流し、逆に彼の剣を弾き飛ばす。
彼は驚愕の表情を露わとして瞳を震わせる。
「なんだ、この剣速は!? 力は!? すべて私を上回っている! そんな力、あるはずないのに!?」
「悪いなクルス。俺はちょっとした方法で、一時的に力を十数倍まで引き上げることができるんだよ!!」
これが、俺だけのオリジナル奥義。
一度はアデルに伝えようかと考えたが改めた、失敗すれば肉体が崩れ落ちる危険な技。
奥義――魔核暴走!
胎内に宿る魔力核――魔力を取り込むことのできる核細胞へ過剰な魔力を注ぎ込み暴走させる技。
暴走により肉体は崩れ始めるが、それを俺自慢の回復力で無理やり抑え込んで力のみを糧にするという、危険と隣り合わせの禁断の技!!
クルスは必死に剣を振るうが、最初の一撃で大きな傷を負い、万全の動きを生み出せない。
さらにそこに、魔核暴走を使い、力も速度も跳ね上がった俺の剣をぶつける。
そのため、彼は俺の動きに全くついてこれていなかった。
彼の剣を弾き、さらに一撃を加える――――だが、勇者としての矜持か……決まったと思った一撃に対し、身を捩ることで躱し、クルスは辛うじて生き長らえた。
二太刀によって、彼の肉体は血に染まる。
片膝をついた彼の真下に生まれた紅き泉が、消えかけた命の灯火を告げていた……。
俺は暴走状態のまま、彼へ剣先を向ける。
その姿を目にしたクルスが喜びと悲しみが交わる奇妙な笑顔を見せ、うわ言にように呟く。
「ふ、ふふ、ははは、それが本当の力……というわけ、ですか?」
「いや、どうだろうな? 滅多に使わない技だし。できれば、使いたくない技でもあるしな」
「つまり、何らかの制約が……ウグッ……あるというわけですか? それは……時間、でしょうか?」
「いや、この技に時間的制約はないし、いつでも発動可能だ。肉体への悪影響も完璧に克服しているので、そちらも気にする必要はない」
「でしたら、どうして……最初からその技を、使わなかったの……です?」
「さぁな。俺は死出の旅路に手土産を渡すほど優しくはないんでな」
俺は……少年時代の彼を知る。
できれば、命など奪いたくない。
しかしだ! ここで彼を見逃せば、次に勝てる保証はない。むしろ、負ける可能性の方が遥かに高いだろう。
そうなれば、子どもたちの…………アスティの命を奪われる!!
「クルス、命を貰い受ける。さらばだ!」
両腕から剣の柄へと力を送り、止め刺そうとした――――その時だ。
空から黒いボールのようなものが、俺に向かって落ちてきた。
「なんだ?」
ボールは二度弾むと、俺に対して無数の針を飛ばしてくる。
それらをすべて剣で弾くが、それ以上ボールは攻撃することなく、ぼよんと跳ねて一回転すると、その形を変えて、人型を模していく。
人型となった闇の衣は、深い傷を負い片膝をついているクルスの横に立つ。
そして、衣が解かれると、中から女性が姿を現した。
女性を視認した俺は暴走状態を一時解いて、彼女へ問いかける。
「まさか……リリスか?」




