第7話 子どもたち――交錯する刃と想い
一方その頃、アスティたちは――
「このっ!」
アスティは駆けながらも、青色に輝くミスリルソードを振るう――狙うは白装束を纏う追手の一人。
だが、刃は衣を掠めた程度で肉には届かない。
アデルが声を跳ね上げる。
「アスティ、相手にするな! とにかく走れ。何かされた時だけ応戦しろ!」
「わかってるけど、鬱陶しくて!」
「あーちゃん、上!」
フローラは警告と同時に、火の魔法を敵へと放った。
しかし、別の白装束が割って入り、両手に持つナイフで火を切り裂き、魔法を掻き消してしまう。
代わりにアデルが飛び出し、上空から迫ってきた白装束のナイフをロングソード受け止めた。
「こんにゃろ! アスティ!」
「わかってる!!」
アデルによって動きを止められた白装束。
アスティはそれを見逃さずに、長剣で相手の胴を薙ぐ。
「てりゃ!!」
「グフッ!」
短い呻き声を吐き、白装束は地面に倒れ、白の布を赤く染めていく。
アスティは刃から手に伝わった肉を断つ感触に顔を顰め、声にならない声を漏らす。
「うわ、うわ、うわ! 初めて人を――」
「気持ちはわかるがあとにしろ! 走れ!」
「アデル、それはもう、無理みたい」
フローラは前へ顔を向ける。
白装束の二人が前に立つ。後方にも二人が立つ。
どうやら彼らは、一人を犠牲にしてアスティたちの退路を断ったようだ。
フローラは息切れを交えながら二人へ問いかけた。
「ぜぇ、ぜぇ、私たちだけで勝てると思う? あーちゃん、アデル?」
「はぁ、はぁ、一人やっつけられたから、いけるんじゃない?」
「はぁはぁ、だったらいいけどさ。でもこいつら、息切れ一つしてないぜ」
三人は肩で荒く息をし、疲れを隠すことすらできていない。
対する白装束の四人はただ殺気だけを纏い、静かに佇む。
アスティは、彼らが纏う黒い煤を睨みながら呟いた。
「全然疲れてないね。それにしても、あの煤なんだろう?」
「さぁな。今はそんなこと気にしてる場合じゃないだろ」
「私たちが気にするべきは……初戦を自分たちだけじゃ、切り抜けられなかったこと……はぁ~」
フローラは深く息を吐いた。
それは戦いに対する諦めのため息ではない。初戦を勝利で刻めなかったという、悔しさの滲むため息。
そして、その意味をアスティとアデルも十分に理解していた。
アスティとアデルは交互に語る。
「お父さんは元来た道を戻れと言って、わざわざ真っ赤な魔力を空へ向けて解放した。あれは、狼煙」
「俺たちじゃ、手に負えないと踏んでな。くそ、だからこそ、何とかしたかったんだけどな!」
「もう少し先に茂みがあるから、そこで攪乱する予定だったんだけどね」
「ああ。だけど、今の俺たちじゃ、そこまで届かなかった……」
フローラは白装束を見据えて小さく笑う。
「フフ、退路を断ち、挟み込んだことで、勝ったと思ってる? ――残念、それは間違い。ここなら、ぎりぎり届く!」
これを彼女による挑発と思ったのか、四人の白装束は一斉に襲い掛かってきた。
だが――彼らの刃は見えざる壁に阻まれて、子どもたちへ届かない。
壁の正体は……魔力の結界。
生み出したのはフローラの――――母ローレ!
魔力の出所は遥か後方。
そうだというのに、あまりにも強力な結界。
結界を前に警戒を示し、白装束は一時動きを止める。
それと同時に、近くにあった空間が歪み、そこから大剣を携えたジャレッドとナイフを手にしたカシアが姿を現した。
「ジャレッドおじさん! カシアおばさん!」
「父ちゃん! 母ちゃん!」
「ジャレッドさん! カシアさん!」
二人は子どもたちの声に応えることなく、大剣とナイフを白装束へ振るう。
白装束もまた混乱を引きずることなく、二人を相手に刃を向けるが――
「ふん!」
「甘いね!」
ジャレッドの大剣が二つの白装束をさらに二つへと分けて、カシアのナイフは白装束の胸を穿ち、喉を断つ。
二人は刃に伝う血を払い、子どもたちへ向き直った。
「いったい何があった? 空に深紅の馬鹿でかい魔力が見えたかと思ったら、同じくれぇやべぇ~力も現れるしよ」
「まったく、気持ちよく送り出したその日からこれかい? だから、旅なんてさせたくなかったんだよ」
「母ちゃん、その話はもう済んだ話だろ!」
「だからって、いきなり――」
「二人ともよせ! アスティとフローラが見てるだろ」
ジャレッドに咎められた二人は、親子喧嘩を見られたくないようで、そっぽを向きながらも自分を抑えた。
そんな二人へジャレットは小さな鼻息をぶつけ、改めて子どもたちに問いただす。
「それで、何が起こったんだ?」
アスティ、アデル、フローラが答えを返す。
「ノーレインの村が壊滅してた」
「やったのはたぶん勇者クルス」
「それで、その人が魔族絶対殺すみたい人でして、わたしたちを守るためにヤーロゥさんだけが残り戦っています」
「壊滅!? 勇者クルスだと!?」
ジャレッドは大声を上げて、カシアへ顔を振った。
「どう思う?」
「気づかれた、と考えるべきだろうね。そして、順当に考えるならノーレインを橋頭保にして、次は私たちの村を……」
「やっぱそうなるよな。くそ、こんな時に!」
最後に漏らした言葉――フローラはその一言が気になった。
「こんな時? 何かあったんですか?」
「それは……いや、あとにしよう。今は、次にどうするかだ?」
その次に対して、アスティとアデルが口をそろえた。
「お父さんを助けに行く!」
「おじさんを助けに行く!」
「駄目だ!」
「「どうして!?」」
「二人とも、あれを見ろ。音を聞け」
ジャレッドは太い指先でノーレインの方角を差す。
浮かぶ雲たちが円形に裂け、村を中心に遠ざかっていた。それは激しい衝撃波が空にまで伝わり、雲たちを遠ざけていたからだ。
轟音は空を震わせるだけでなく、遠く離れたアスティたちの肌まで伝わり、皮膚を痺れさせる。
爆発音とも言える響きを耳にしながらジャレッドは、子どもたちへ情けなさの混じる声を渡す。
「悔しいが、あの戦いの前では、お前たちはおろか、俺たちでさえも足手纏いだ。向かえば、ヤーロゥの足枷にしかならん」
「でも、お父さんだけじゃ!」
「アスティ、その気持ちは痛いほどわかる! だけど、心配するな! あいつは――ええと……」
言い淀むジャレッド。アスティはその意味を知っている。
「元勇者……だから?」
「知っていたのか?」
「うん、旅立ちの前に聞いた。アデルとフーちゃんにも昨日。あと、ジャレッドおじさんたちが昔から知っていたことも」
「そうか……相手は勇者クルス。ヤーロゥも元とはいえ勇者。勇者同士の戦い。割って入るのは無理だ。すまねぇ」
「そんな……でも、でも、でも!」
アスティの足先は、父のいる方向へ向いていた。
駆けつけたい、たとえ足手纏いでも……。
だけど、冷静な自分が足を動かせてくれない。
悔しさに瞳は滲む。
その姿を目にしたフローラは心を引き裂かれる思いだった。
「あ、あの、ママなら援護くらいは!!」
「万全なら可能だろう。しかしな、俺たちをここまで送った魔法で魔力を使い果たしている。現に、ローレ自体もここには来れなかっただろ?」
「あっ……」
アデルは自分の太ももを拳で殴り、後悔を露わとした。
「くそっ! 俺たちが茂みまで届いて、自分たちで何とかできていれば! そしたら、ローレおばさんをヤーロゥおじさんのところへ送れたのに!! 情けねぇ!!」
アデルの声を聞いたカシアは、見知らぬ息子の姿に寂しげながらも小さな喜びを感じ入る。
(こんな状況でこんなこと思うのもなんだけど、たった一日親から離れただけで、こうも変わるもんなんだね)
親に頼るのではなく、一人の男として、戦士としての気構えを持ち、道を歩もうとしている息子。
ジャレッドはそっとカシアの肩へ手を置き、小さく頷く。
そして、改めて申し訳なさの宿る声をアスティへかけた。
「アスティ、今はヤーロゥを信じるしかない」
「うん、わかってる。大丈夫。大丈夫だよ。だって、お父さんは約束したもん」
「約束?」
「必ず戻るって……」
「そうか。だったら安心だ! あいつは約束を破るような男じゃない! ましてや娘との約束なら、なおさらな!」
「うん!!」




