第6話 こんなもんだぞ
痺れの残る両手を、俺は小さく開け閉めして、クルスを見つめる。
彼は体全身を震わせながら、嘆きにも似た叫びを投げかけてきた。
「こ、こんな、こんなものなのですか、今のあなたは!?」
「なに?」
「あなたはもっと強かった! 私では届かない背中だったはず!! それなのに、これほど、これほどまでに……衰えているなんて……」
彼は俺を見つめているが、瞳に宿しているのは、過去の俺の姿。
かつて勇者としてあった俺の姿と、今の俺の姿を比べ、その落差に嘆きを生んでいる。
しかしだ――こんなもんだぞと言ってやりたい。
確かに現役時代から比べると衰えているが、それでも八割程度の力は保っている。
(クルスめ、自分がどんだけ強くなったかわかってないのか? 今のお前相手だと、現役時代の俺でも敵わないっての。はぁ……仕方ない。まともにやり合っても敵わないなら、ここは絡めてだな)
次は俺から地を蹴ってクルスの懐へ飛び込み、剣を交える。
応じて、クルスも即座に構えを取り、迎え撃つ。
飛び散る火花、重なる合う剣戟音。
刃が太陽の光を反射し、俺は舞うように足を運ぶ。
だが、さすがは現役勇者。
俺がやろうとしていることをあっさり看破しやがった。
一度、彼は距離を取り、大きく剣を払ってこちらの動きを牽制。
そして、怒気を帯びた言葉を吐き出す。
「ふざけるな!」
「何がだ?」
「なんなんだ、その戦い方は!!」
まるで癇癪を起こした子供のように、彼は言葉を畳みかける。
「火花に刃の煌めき――光の幻術! 剣と剣がぶつかり合う音――音の幻術! そして、戦いの足運びに紛れて、地面に刻む幻術の魔法陣!! 全てが矮人の発想! これが、これが! これが勇者の戦い方なのか、ジルドラン!!」
そうだぞ――と、言ってやりたい。
現役時代から俺はこういう戦い方をしてるんだがな。
当時、魔族とまともにやり合えるのは俺だけ。
そのため、何が何でも勝たなければならないし、死ぬわけもいかないし、大きな傷を負うわけにもいかなかった。
もっとも、回復力には自信があるので、どんなに傷を負ってもたいてい一晩で治るし、クルスの顔の傷のように、身体に傷跡が残ることもなかったが。
ともかく、後にも先にも俺しかいない時代。
戦争規約であるジエラン協定に違反しない限り、あらゆる手段を講じた。
しかし、クルスはそういった戦い方をしていた俺のことを詳しく知らない。
何故ならば、当時クルスは勇者候補時代であり、俺の戦いを見たのは数度。そのすべてが上品なものばかりだったからだ。
だからこそ、それを思い起こして、彼は過去を語る。
「混乱極まる戦場に現れたあなたは、騎馬隊の先頭に立ち、戦場を真っ二つに割り、魔族を蹴散らしていく。その姿はまさに、神の筆に描かれし勇者の姿だった。将軍級の魔族四人を相手に、たった一人で斬り伏せたあなたの背中は、どこまでも頼もしかった。それなのに、今は……」
クルスは俺を前にして無謀にも剣を降ろし、涙を流す。
「なんと、情けない姿なんだ!! これがかつて私が……僕が憧れた勇者の成れの果てなんて……」
クルスは涙ながらに、俺を批判する。
ひどい言われよう……ある意味、剣で斬られるよりもずっと心が痛い。
それはさておき――。
(ったく、こいつは心の中で俺の勇者像をどんだけ肥大化させてるんだか? そもそもとして、お前だって後の戦場で、お上品に勇者をやってられないことはもう経験済み――あ、そうか)
考えの途中で、こいつと俺の立場の違いを思い出した。
俺には並び立てるほどの仲間はなく、一人、戦場を駆けてきた。
だが、クルスには魔法使いのリリスを筆頭に頼れる仲間たちがいた。背中を守り、守られる仲間たちがいた。
だからこそ、厳しい戦場においても勇者としての姿を保つことができたようだ。
俺は静かに、惨状に埋もれた村を見回す。
(とはいえ、いくら戦い方が勇者らしくても、民間人の虐殺なんてどう見ても勇者にあるまじき行為なんだけどな。おまけに、暗部とも連んでるしよ)
だが、彼の中では、この狂気こそが正義として昇華されている。
言葉は届かない……ならば、剣で打ち勝つしかない。
問題は、どう打ち勝つか?
(力量の差は、俺が1とするなら、クルスが8といった程度か。差はあるが、思ったより成長してないな)
最後に会ったクルスの才能から見て、十五年経った二十九歳の彼は、俺と比べて20くらいの差はあると予測したが――――その予測のずれも、仲間の存在で説明がついた。
(そうか、仲間か。俺の場合、いつ死んでもおかしくない戦いが日常だったが、こいつの場合は仲間がいたおかげで死地の回数が少なかったんだな……羨ましいね)
俺の経験則で測っていたため、彼の成長速度を過大に見積もってしまっていたようだ。
しかしだ、これには誤解が生じないようにこう付け加えておこう。
これは仲間の存在が、彼の成長を阻害したわけではない。
仲間がいたからこそ、彼は堅実な成長を遂げたのだと。
仲間のいなかった俺の経験を誰かに当てはめた場合、普通は途中で死ぬ……普通の人より回復力が高くて良かったと、心底思う。
(まぁ、どのみち、現状だと勝てない力量の差……単純に八倍強い相手。しかしこれは、勝てる力量の差でもある)
俺は剣を両手で握りしめて、防御に重きを置いた構えを取った。
(クルスの攻撃は剣が中心。魔力も肉体強化に注ぎ、魔法は使ってこない……その戦闘スタイルを、どこまで突き通すのか様子見をして、場が整い次第――――勝つか)




