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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第3話 三冊の記録帳

――そして時は、昨日から早朝へと帰る。



 ぐっすり眠ったアスティは、寝不足を抱えたアデルとフローラと共に、朝食の準備に取り掛かった。


 俺は固形スープ用の湯を沸かし、アスティとアデルはパンやハム、葉野菜などを用意している。

 これらは全部、アデルの巨大リュックから出たもの。

 旅に生鮮食品を持ってくるとは……もっとも、見た限り、量はさほどでもないので、これは今日一日限りのものだろう。



 一方フローラは、俺が組んだ焚き火とは別に魔法で火を起こし、アデルのリュックから取り出したフライパンを火にかけている。

 そして、彼女自身が見つけてきたハチの巣から蜂の子を取り出し、投げ入れて、炒め始めた。



 それを見たアスティとアデルが悲鳴じみた声を上げた。


「ちょっと、フーちゃん!?」

「何やってんだよ!?」


「え、朝食の準備だけど? パンに挟む具の」

「ま、まさか、蜂の子を挟もうとしてるの?」

「なんでそんなことを……?」


「なんでって、せっかく貴重なたんぱく源を見つけたんだから使わないとダメでしょう? ねぇ、ヤーロゥさん」



 話を振られた俺は炒められている蜂の子たちを見る。

 見た目はお世辞にも良いものではないが、香ばしい匂いが漂い、朝食を求めるすきっ腹へ刺激を与え、グーッと鳴く。


 その音を聞いたアデルが早口で捲し立ててきた。

「おじさん! 俺たちは虫食を学んだし、栄養価の高い虫を摂取できるならした方がいいとも学んだけど、食料が十分な状況のだと無理して虫を食べて、お腹を壊す方が心配じゃないかな!!」

「ん? 蜂の子は別にお腹を壊すようなものじゃないが? おまけに炒めてるし」


 さらにアスティが加わってくる。

「だけど、万が一ということもあるじゃない、お父さん! あらかじめ食料品として加工されているものとそうじゃないものだと安全性に差異があると思うの!」

「ふむ、たしかに一理あるな。しかしだ……」



 フローラは蜂の子にシナモンパウダーを振りかけながら口を尖らせる。

「でも~、せっかく用意したんですよ。それにこの子たちに危険性なんてないですし」

「そうだな。フローラが頑張って取って来てくれたんだ。だから、二人ともありがたく頂きなさい」


「「くっ、はい……」」


 二人は呻くように返事をすると、おでこ同士がくっつくらい顔を近づけ、何やら内緒話を行う。

「アデル、食事当番は私たちでやろう」

「おう、あの二人に任せたら何を食べさせられるかわかったものじゃないからな」




――――朝食が済み、出発の準備。


 焚き木をしっかり消したことを確認し、ノーレイン村を目指して歩き出そうとした。そのとき、フローラが「あっ」と言ってポンッと手を打ち、アスティとアデルを呼び止めた。


「そうだ、昨日あんなことがあったから忘れてた。あーちゃんとアデルに渡したい物があったんだ」

「な~に?」

「もう、蜂の子はいいぞ」


「そうじゃないよ。クスッ、アデルって食いしん坊なんだから。足りなかったの?」

「なんだか納得いかねえ返しだな……で、渡したいものって?」

「これだよ」



 フローラは紺色のショルダーバッグをまさぐり、白と黒のシンプルなメモ帳を取り出す。

「これに旅の記録をつけようよ。はい、あーちゃんは白。アデルは黒」

「記録? 日記帳みたいなもの?」

「冒険日誌かぁ。それは良いかもな」


「だよね。もちろん私も持っているよ。みんなで旅の記録をつけたくて」

 そう言って、彼女が手にしたのは、桃色のカバーに小さな動物たちの絵柄が踊り、きらめくラメで華やかに彩られた愛らしいメモ帳。


「私はこのメモ帳を、『回想記』って呼んでるの。もちろん、昨日のことはぼかして書いたから安心してね。二人にもメモ帳をあげるから、呼び名を付けてあげたら?」


「呼び名かぁ……俺は『手記』でいいかな? あんまりひねらない方がよさそうだし。アスティはどうする?」

「う~ん、二人と被らない感じがいいかなぁ。どうしよう……」



 アスティは白色のメモ帳を手に、頭を悩ます仕草を見せつつ俺をちらりと見る。

「そう言えば、お父さんはこういうのつけてなかったの?」

「ないな。筆不精だったもんで。もっとも、中央で働いてた時代に死ぬほど報告書を書かされていたから、ある意味それが俺の記録帳なるかもな」

「それは個人日誌とは違うと思うけど……」


「あはは、それはそうだ。そういや、知り合いに筆まめなのがいて、そういうのつけてたな。そいつは日誌のことを詩編と呼んでたぞ」

「詩編? 詩編かぁ。いい響き……うん、私も『詩編』と呼ぼう!」



 三人の子どもたちは互いにメモ帳を見せて、その名を呼ぶ。

「フローラの回想記」

「アデルの手記」

「アスティニアの詩編」


 三人は笑顔を見せあい、大事にメモ帳を懐へ納めた。



 俺は娘たちの様子を見守りながら、アデルのリュックを背負う。

 それに気づいたアデルが声をかけてきた。


「あ、おじさん。それは俺が持つよ」

「いや、俺が持っておいた方がいい。フローラ、君のバッグも渡してくれ」

「はぁ……?」


 こうして、俺はアデルのリュックを背負い、フローラのバッグを右肩に掛け、アスティと俺の私物が入ったバッグを左肩に掛けてクロスさせた。


 荷物に飲まれた俺に対して、三人は疑問の宿る瞳を向けている。なので、その疑問に答えてあげる。

「さて、いまからノーレイン村まで走るぞ」

「はい?」

「へ?」

「いま、なんて言いました?」


「だから、ノーレイン村まで走るぞ。初日は甘やかしたから、今日からはビシバシ行くつもりだ。体力作りのためにな」


「え、なにそれ?」

「走る?」

「本気ですか、ヤーロゥさん?」


「ああ、本気だ。せめてもの情けで荷物は俺が持ってやるから。ほら、ついて来い」


 そう言って、俺は走り出した。

 それを見た三人の子どもたちは慌てた様子を見せる。


「うっそ、本当に走り始めたよ、お父さん!?」

「しかも速い! あんな大荷物抱えてるのに!」

「もう、旅はゆっくりしましょうよ、ヤーロゥさん!」


 と、文句を垂れながらも、しっかり三人は追いかけてくるのだった。




――数時間後


 俺は速度を落とし、足を止め、後ろを振り返った。

 三人は辛うじてついてこれているが、そこには差があった。


 息切れをしているアデルを先頭に、アスティとフローラは仲良く肩を貸し合っている。

「はぁはぁ、おじさん、速い……速すぎる」

「あ、ううう、はぁあ、もうダメ。吐く、吐いちゃう」

「ふし~、ふし~、もうダメです。ヤーロゥさ~ん」


「ふむ、村まで持つと思ったが、ちょいと速度を出しすぎたか。二人は限界そうだが、アデルはまだ余裕がありそうだな」

「ない! 絶対にない! 休憩しようよ、おじさん!」

「そう、警戒するな。何もしないから。だけど、休憩は少しだけだぞ。ノーレイン村はもう目と鼻の――――っ!?」



 ノーレイン村の方角から風が吹き、懐かしくも忌まわしい匂いが鼻腔を突く。



 それは――――血と焦げた木材の香りが混じり合う匂い。



 俺は急ぎ両目に魔力を集め、遠見の魔法を発動する。

「…………煙? それも尋常じゃない量。村全体から上がっている」


 フローラも両目に魔力を集めて、村の方角を見る。

「何があったんでしょう?」

 彼女に続き、アスティも魔力を瞳に集め、魔法が苦手なアデルはどくろマークのついた双眼鏡で遠くを覗く。


「村が襲われてるの?」

「いや、もう襲われたあとじゃねぇか? 黒い煙がほとんどなくて、白い煙が多いし」


「ああ、アデルの読み通りだ。煙が白いってことは、あらかた燃え尽きたあとだからな――だが、村から感じ取れるこの気配…………まさか、あいつがいるのか?」



 俺は背負っていた荷物を地面へ下ろし、三人へ指示を出す。

「俺が様子を見に行く。三人はここで待ってなさい」


 そう伝えると、アスティは不安そうに俺の腰元を見た。

「でも、お父さん。ナイフしか持ってないのに大丈夫なの?」


 三人の子どもたちはそれぞれしっかり武装をしている。

 アスティは青色のサーコートに水色のフレアスカート。腰元には魔法鉄で作られたミスリルソードを差している。


 アデルは赤い貴族服に金の刺繍が(ほどこ)された黒のロングコート。腰にはロングソード。

 フローラは蒼黒いドレスに桜色の挿し色が入った白いマント。手には魔石結晶の蒼玉が冠として納まる、金で彩られた魔導杖(まどうじょう)



 対して俺は、深緑の衣服に革のベルトに長ブーツ。その上に茶色のローブというありきたりな冒険者の姿。

 腰には剣ではなくナイフ。


 しかし、このナイフ……実はどのような武器にも変化できる変幻自在の剣――芙蓉剣(ふようけん)ヴィナスキリマ。

 俺はヴィナスキリマをちらりと見て、この武器について教えていないことを思い出した。


(レナンセラ村では使う機会も話す機会も全くなかったからなぁ。かといって、説明してる暇はないし)



 今はノーレイン村の様子を知ることが優先。

 だから、説明は後回しだ。


「ただの偵察だ。だからナイフで十分」

「それでも――」

「いいから、ここで待っているんだ」

 そう言い残し、全力でノーレイン村へと向かった。



――――残された三人の子どもたち。


「待っておとう――あ、もう、行っちゃった」

「はっや、あっという間に見えなくなった。あれがおじさんの全力か。すげぇ~」

「それで、二人ともどうする?」


「どうするって、ねぇ」

「そりゃあ、なぁ」


 アスティとアデルは互いに視線を合わせて、小さく頷く。

「「もちろん、ついて行くに決まってる!」」


「クスッ、そう言うと思った。荷物は茂みに隠して防護魔法を掛けておくから、みんなでヤーロゥさんを追いかけましょう」

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