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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第二章 子どもたちの目指す道

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第2話 真実の夜語り

 アスティの相談――――それは俺が元勇者であり、自分が魔王の娘であると二人へ打ち明けること。


 実を言うと、これについては俺も迷っていた部分はあった。

 ずっと旅をしていく仲間。そんな彼らに秘密を伝えないでおいてよいのだろうか? そして、その秘密はどこかの時点で露見するもの。

 特に、アスティの親族に出会えば、それは避けられない……。



 俺は顎に手を置いて、小さく息をつく。


(安全のために隠し通してきた秘密……だが、アスティにとってみれば、親友に対する裏切り行為のようにも感じるだろうな。とはいえ……)


 アデルもフローラも口の軽い者たちじゃない。

 しかしながら、秘密とは、思わぬところでふいに漏れ出てしまうもの。

 その可能性は小さかろうと、排除しておきたいのが本音なのだが……。


(元勇者の俺が一緒にいる時点で、いつかは誰かに勘づかれることか)


 村とは違い、旅に出れば、俺を知る者と出くわす可能性は高い。

 それは人間族魔族に問わず……。

(自分で言うのもなんだが、有名人だからなぁ。年食ってるから多少は気づかれにくいと思うが……いや、たとえ気づかれても、それは俺だけで済む話。だけど、アスティのこととなるとなぁ……)



 俺が勇者と気づかれても、アスティが魔王の娘であることは、まず見抜かれることはない。

 しかし、秘密の共有者が増えれば増えるほど、その危険は跳ね上がる。

 そのうえ、今から俺たちはアスティの母親を探すために魔族領域へ向かう。

 もし、その過程で正体が明るみに出ればどうなるか?

 現魔王であるアスティの兄カルミアが、アスティを全力で抹殺しにくるだろう。


 支援がまず考えられない魔族領域内でそうなるのはごめんだ。



 ちらりとアスティへ視線を振る。

 すると、彼女は俺の考えていることを見透かしたようにこう口にしてきた。


「私のことが知られれば、どこにいても一緒だと思う」

「……たしかにな」


 人間族の領域で正体が知られても、アスティに対する危険性は変わりない。

 人間族は元魔王ガルボグの娘を捕らえ、何らかに利用できないかと考えるだろう。

 利用価値がなくとも、アスティを殺し、魔族に対する恨みつらみの留飲を下げる道具として使うだろう。


「……わかった。だが、秘密を渡すというのは、二人に対してもリスクを負わせることになる。それは理解できているな?」

「うん。それでも隠していいことじゃないし、隠したままだと二人は怒ると思う。それに、身勝手な思いだけど――私自身が隠したくない」

「そうか……ならば、話そう」


 俺は二人に声を掛けた。

「アデル、フローラ。話がある」



 こうして、二人に俺たちのことを明かすことにした。

 俺はまずアスティのことについて、命を落とした女性剣士から託された赤子の話。そして、アスティが魔王の娘であるという事実を伝えた。


 二人は目を見開きっぱなしでアスティを見続け、彼女へ問いの混じる言葉で話しかける。


「アスティが……魔王の娘?」

「あーちゃんが、魔王様の……?」


「うん、そうみたいなんだ。私も昨日お父さんから教えてもらったばかりだから、全然実感ないけどねぇ~」


 アスティはどんな顔をすればいいのかわからず、視線を外して、誤魔化すように指先でこめかみをポリポリと書く仕草を見せた。


 すると、二人は――――



「か、かっけぇえええ! 魔王の娘! 何だよ、その肩書き!? いいなぁ、羨ましいぜ!!」

「ということは、あーちゃんはお姫様なんだ!! つまり、アスティ姫! いい! それいい!!」



 俺は二人の反応を前に、糸のように細くした瞳をぶつけた。

(なんだ、その驚き方は? 前向きな驚き方と言うか……アスティに真実を渡したときもそうだったが、最近の若い子は変わってるな)


――友人がやんごとなき血筋の生まれだった!


 もし、俺が若い頃にそんな友人がいたら、今後の付き合い方や相手の立場を苦慮して、対応に困る部分を見せただろう。

 だが、二人には一切それがない。

 それだけ親しい間柄だから、とも言えるが……それでも、相手は王族だぞ。



 と、ここで、村の特殊性が頭をよぎった。

(そうか、普通だと貴族様・王族様という、明確な階級社会で生きているため、相手がそうだったとなると恐縮するが、この二人は違うからな)


 村にはそういった階級はない。まとめ役に位置する立場や役職はあるものの、誰もが平等な場所に立っている。

 そのため、王族相手でも気にしないのだろう。

 

 おかげで、互いの関係が大きく変わることはないのだが……。

(今後の旅で、アスティを含めた三人は貴族を相手にしても、気安く接するんじゃないだろうか? だとすると、俺の胃に穴が空きそうだな……)



 明確な階級があるため、「おう、よろしくな」という何気ない一言でも、十分に首が飛ぶ可能性がある。外がそういった価値観に満ちていることを、しっかり伝えておかないと。



 それらは後にするとして、次は俺のことについて伝えておくか。


「二人とも落ち着いてくれ。俺についても話さないといけないことがある」

「え? うん、なになにおじさん?」

「ヤーロゥさんについて? なんですか? 実は魔王でしたとか?」


「さすがに魔王ではないが……いや、ある意味似たようなものかもしれないな」

「へ?」

「はい?」



「俺の本当の名前はジルドラン。元勇者だ」


「「……………………」」


 長い沈黙。そして――


「はぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!?」

「えええええええええええ!?」


「うわ、びっくりしたな。おい、落ち着け、二人とも」

「だって、勇者って勇者だろ!?」

「そうそう、勇者は勇者ですし!」


「たしかに勇者は勇者だが……つまり、どういうことだ?」



「勇者ジルドランって、なぁ、フローラ!」

「ええ、物語で語られている人じゃないですか!!」


「物語?」

 何のことだ、と俺は頭を捻る。

 すると、アスティが俺の袖口を引っ張り、そのことについて説明をしてきた。


「あのね、カシアおばさんが外から持ってきた本をお店に並べてるんだけど……」

「ああ、それは知ってるが。お前も恋愛小説や冒険小説を物々交換で手に入れているみたいだしな。昨夜も話してたし」


「うん、その中で勇者ジルドランについて書かれた本もあるみたいで、それをアデルとフーちゃんがよく読んでるんだ。私もちょっとだけ読んだことあるし」

「つまり、俺の物語ってことか?」


「そう。内容は悪口みたいなものから伝説の勇者みたいなものまでと様々。その中でアデルはジルドランの冒険話が好きで、フーちゃんは勇者と王女の恋物語が大好きみたいで」

「無許可で人を題材にしてるのか。まったく、一体どこのどいつが――――あ、それでこの反応なのか」



 二人が驚いた理由……それは物語の人物が目の前にいるためだ。

 そりゃあ、物語でしか知らない人物が目の前に現れたら、さぞかし驚くだろうな。

 思い返せば、昨夜、アスティも似たような反応をしていたが……?


「アスティ、昨日、俺が元勇者と明かしたとき随分と驚いていたが、本の登場人物がここに、ってところもあったのか?」

「……うん。聞かされた時は、あの空飛ぶ円盤から降りてきたオオタコを相手に戦った人が、お父さんなんだと思ったもん。すっごいびっくりしたし」

「どんな内容の本を読んでいるんだ……いや、それは置いとくとして。とにかく、二人とも落ち着け!」


 

 興奮冷めやらぬ二人を何とか落ち着かせる。

 そして、改めて俺たちのことを説明する。また、なるべくなら正体を知られたくないことと、その理由も渡す。

「と、以上だ。俺が元勇者であることはお前たちの両親や村長も知っているが、アスティについては村長ですら知らないことだ。だから、ここだけの秘密として、胸にしまっておいてくれ」

「おう、わかったぜ!」

「はい、わかりました!」



 そう返事をして、アデルがアスティへ顔を向ける。瞳に羨望を浮かべて……。


「魔王の娘で勇者の娘……いいなぁ」

「ふっふっふ、羨ましいアデル?」

「クッ、かなりな!!」


「くふふふ、そう! って、何度も言うけど、私自身も実感はないんだけどね」


 フローラは人差し指を顎の横に当てて首を傾けている。

「あーちゃんはお姫様で勇者の娘……お姫様勇者? 王女勇者。勇者魔王女。う~ん、しっくりこないなぁ」

「フーちゃん、無理に妙な肩書きを作ろうとしなくていいから……」

 

 正体を明かしても、三人はいつもと変わらないやり取りを行っている。

(村が特殊な状況にあるとはいえ、幼い頃から一緒にいるこの子たちの関係が変わることはないか……)



 少年時代に、いつも一緒にいられる同じ年齢の友人がいなかった俺からすると、この三人の関係は非常に羨ましい。

「ふふ……さて、話すことは話したから、そろそろ寝るぞ。冒険初日だから自分で考えている以上に、体力を消費しているはずだ。だから、しっかり寝るんだぞ」

「は~い、お父さん」


 と、アスティが返す横で、アデルとフローラは……。


「いやいや、勇者に魔王の娘と聞かされて、さぁ寝ろと言われても寝られないって……」

「うん、夜通し語り合いたいくらいだし。特に本に書かれてある出来事の、どれが本当でどれが嘘なのかとか」


「事実を元にしたものもあるだろうが、たいていは創作だろう。とにかく寝なさい」


 こうして、寝かしつけたものの、結局二人は興奮のあまり、よく寝つけなかったようだ。

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