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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
章間

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とある歴史研究家の『記録』

 アスティニア――――遥か神話の時代に存在したとされる、ひとりの女性。


 だが、その実在の有無は今日(こんにち)まで議論の的となっている。

 私はこの終わりなき議論に終止符を打つために、アスティニア研究へと乗り出した。



 まず、彼女の存在について最も混乱を招く、彼女が書き記したとされる詩編ついて考察しよう。

 これまでに発見された詩編は、実に千を超える。

 そのどれもが矛盾に満ちたものであり、一貫性がないもの。

 


――千を超える詩編の中の二つを抜粋・その一つ



 これは0歳の記憶から十五歳までの記憶……『記録』ではなく、『記憶』として描かれた物語。

 では、誰の記憶なのか?


 父・ヤーロゥ?

 いえ、違う。

 これは私の記憶。



 父ヤーロゥはある場面でこう(いぶか)しんだ。

 どうして村長は、魔王の娘という存在に気づかなかったのか?


 あの場面がもし、『記録』であれば気づいていた。

 だけど、『記憶』の中では、それはとても曖昧で、深く気にすることではなかった。


 だから、気づかなかった――――――――いいえ、違う。

 私自身が否定をしたかったからだ。

 気づいたという物語を。

 そう、私の記憶が。




 記憶…………私の記憶が存在する限り、これは抜け出せない迷路。

 しかし、記憶がなければ、迷路の終着点は同じ場所となる。



 私の命題は、記憶を失いながら記憶を持ち帰ること。



 フローラ。アデル。父ヤーロゥ。

 みんなを救い、異界の侵略者から母を取り戻し、用意された迷路から抜け出すために。


 だけど、私の敵は侵略者ではない。

 敵は叡智。

 そして味方は――――神様と悪魔。



『重ね置かれた世界の詩編・最終章より 勇者アスティニアの記憶』





――さらに、もう一つの詩編――



 父の故郷『グローブ村』・その祭殿。



 祭殿と名がつくが、その見目は木造の倉庫。

 内部には、この世界に存在しないはずの品々が保管されてある。

 その倉庫の中心――――天蓋付きの巨大なベッドが置かれ、そこで健やか……いえ、騒音とも呼べる大きさで大いびきをかく少女。


 長い桃色の髪を持つ少女は、祭殿に訪れた父ヤーロゥの存在など無視して眠り続ける。

 父ヤーロゥもまた、村の子だろうと思い、気にも留めず、頼まれた道具を探し、見つけ、去って行った。


 少女は何ら変わりなく眠り続ける。



『 重ね置かれた世界の詩編・第三節・邂逅の章より 旅人アスティニアの記憶』



――――――――――

 一方は『勇者』を名乗り、もう一方は『旅人』を名乗る詩編。

 順当に考えれば、旅人と名乗っていた時代に書いた詩編と、その後、勇者の称号を得た時代に書いた詩編なのだろう。


 しかし、この二つの詩編。

 年代測定を行った結果、最終章の方が早い時期に書かれ、邂逅の章の方が後に書かれているのだ。

 しかも、それは数百年のズレがある。



 では、邂逅の章は後に付け足された偽物なのか? はたまた、両方とも偽物なのか? あるいは、両方とも本物?


 この二つの詩編に限らず、全ての詩編の年代が章の順番と一致せず、バラバラであり、中身も矛盾に(まみ)れている。

 ある詩編では、老将ガイウスは戦闘で亡くなった記されているが、別の詩編では同じ場面でありながら存命している。


 これら矛盾の塊である詩編の存在が、アスティニアという存在を蜃気楼のように揺らめかせる。

 彼女は実在していたのか? 遥か昔に作られた神話の(たぐい)なのか? 



 この矛盾に対し、とある研究者はこう仮説を立てた。

 アスティニアは何らかの方法を使い、時間に干渉していたのではないかと。

 同じ時間軸を何度も巡っていたため、時間に整合性の合わない詩編が生まれたという説だ。


 実際に、彼女が存在していた時代を調査すると、エントロピーの逆転らしきものや、微細量子レベルでの不整合らしきものが見られる。


 だが、それらは全て『らしきもの』であり、仮に確認されたとしても、どれもが小規模。

 これでは、彼女が残した、この矛盾に満ちた千の詩編を生み出すほどの、大規模な時間変動が起きた形跡には成り得ない。


 

――ならば、やはり彼女は空想の産物なのだろうか?



 しかしだ、他の人物の記録によって、彼女の存在が語られているという事実もある。

 それは、星々を渡る時代となった今でも、子どもたちの寝物語として語られる、伝説の冒険家・渡り鳥アデルの手記。

 この手記には、こう記されていた。

 

『ここに、薄れゆく記憶を記しておく――たった一人で、俺たちと世界を救おうとした友人アスティ。俺たちはそれに気づかなかった。だけど、最後は共に戦えた。叡智という巨悪を相手に……』



 叡智……アスティニアの詩編にも記されてある彼女の敵。

 それは一体、何者なのか? 

 ()の存在こそが、この奇妙な謎かけを未来に残したのだろうか?

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