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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第一章 勇者から父として

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第40話 村を生み出した存在

――――深夜



 俺は一人、村長リンデン宅へ訪れて、明日、村を発つ(むね)を伝えた。

 彼は皺だらけの手を顎に添え、小さく息をつき一言だけ漏らす。


「そうか……」


 この言葉に含まれていたものは口惜しさ。

 いつもならこれに無言で返すところが、もはや村を頼る理由はないため、俺は彼の腹の下に隠された臓腑に躊躇なく手を突っ込む。


「リンデン村長、あんたの目的は何なんだ?」

「それは落盤事故の前に少し触れたであろう」

「この世界を侵略しようとする者たちと戦うため……だったな。そこだけ聞くと眉唾ものだが、あまりにも備えが過ぎる」



 川の堰を開けば小川は水堀と化し、村の境界には魔石による防壁がいつでも展開可能。

 村に入れば道は複雑で敵兵を翻弄し、こちらは伏兵を配置しやすい。

 村人はよく訓練されており、戦える者たちは男も女も戦士として通用する。


 広大な田畑を擁する村の食糧生産は過剰なほどで、常に備蓄を絶やさず、この地域に住まう者たちが何十年も戦い続けられる。

 鉱山を擁する村には豊富な資源が眠り、大砲や銃などを生産し、さらには飛空艇まで存在する。


「特に備えの中で際立つのが飛空艇。こいつを作るとなると、優秀な頭脳と膨大な資金が必要となる。王国の諜報部隊・スネートフォフンのコンダクターだったあんたならば、優秀な頭脳には伝手があるかもしれない。だが、資金だけはどう見ても集められない」



 飛空艇を造ろうとすれば、その研究所と工場を用意するという膨大な資金が必要。

 それにかかる費用はまさに天井知らず。

 静かに耳を立て続けるリンデンへ、俺はなおも言葉を(つづ)る。



「膨大な資金……それを用意できる人物は、俺が知る中では三人しかいない」



 ここでリンデンが乾いた唇をピリッと破り声を生む。

「ほう、三人も知るか」

「一人は国王陛下。だが、財の隅々まで宰相や元老院に管理されており、それは不可能。であれば、宰相アルダダスかとなるが、それも不可能。彼は元老院に監視されているからな」


「では、最後の一人は?」

「北方の企業家・ゴールデン=ロッド。しかしだ、あの男がこんなことをする理由がない。あいつは利となること以外に興味がないからな。と、これが俺の知る範囲で資金を出せる可能性を持った者たちだった」


「だった、か……ふむ、では、おぬしの知る範囲外の存在を予測したのか?」

「ああ。だが、それはあんたの口から聞きたいね」



 俺は何の気負いもなく、ただリンデンをじっと見つめる。

 すると彼は、ちいさな笑い声を漏らして、出資者にして、この村を生み出した存在の名を口にした。



「魔王ガルボグ様じゃ」


「やはり、そうなるか」

「あまり驚きがないようじゃな」

「飛空艇の存在を知った時点で、できる者は限られていたからな。人間族では無理となると、軍・経済・政治の全てを自由に動かせる魔族の(おさ)となる。だが、わからん」


「何がじゃ?」

「どうやってあいつは侵略者の存在を知ったんだ?」



 この問いに対して、リンデンは加齢で弛んだ瞼を広げて意外そうな顔を見せる。

「それについては、先兵となる一人を捕らえたからと聞いておるが……」

「どうした、村長?」

「いや、てっきり、なぜ侵略者の存在を知らせようとしなかった。なぜ、このような村を作った。と、真っ先にこれらの質問が来ると思ったのじゃが?」


「そんなものわかりきったことだろ。異界からの侵略者? こんな荒唐無稽な話、誰が信じる。まず、敵対している人間族は絶対に信じない。味方である魔族もまた疑念が先に来る。下手をすれば乱心だと声を上げて、ここぞとばかりに王の座から引きずり落そうとする者が現れるだろうからな」



「たしかに、魔族は力の信奉者。隙を見せれば、一気に食われる。厄介な種族じゃて」

「人間族と違ってねちょねちょ権謀術数を繰り広げない分、わかりやすくていいけどな」

「フフフ、そうとも言えるの」


「でだ、次にこの村の存在だが、人間族・魔族からの支持を得られないなら、寄せ集めで何とかするしかない。で、出来上がったのがこの村ってところだろ?」

「この村が作られた理由はそこではないが、ほぼ正解じゃ」

「ほう、じゃあその理由とは?」



 リンデンはゆっくりと目を閉じて、口元を綻びせる。

「理想の世界を夢見て……」

「理想の世界……? ふんっ、なるほど」



 理想と聞いてすぐに中身を知り、俺は鼻で笑った。

 そして、その理想がいかに実現不可能かと俺は語る。



「人間族と魔族が共存する世界。理想だが不可能な世界だ。俺たちは千年以上争いを続けている。この戦争が終えるときは、どちらか一方がこの大陸から追い出されるときだけだ」

「じゃが、この村には、この最東端の地域にはその理想がある」


「小規模なエリアであれば可能だろう。だが、国家単位となると無理だ。同族の人間同士でも僅かな違いで差別し合っているというのに……」

「おぬしは魔族の子を娘として迎え、愛を注ぎ、育てた。魔族の友人を作り、共に語り合う仲にもなった。それでも不可能と?」


「ああ、不可能だ。俺自身はそういった思いをたしかに抱いており、それは本物。しかし、集団となるとそうはいかない。その集団が大きくなればなるほどな」



 ここでリンデンは天井を仰ぎ、次に大きなため息を漏らした。

「民に希望を与える勇者という存在が、これほどまでに現実的な考えの持ち主じゃったとはの」

「現実的であり、打算と折り合いがなければ勇者なんてやれん。ま、若い頃の俺だったら、理想の世界という言葉に心を揺り動かされただろうけどな」

「…………」


 沈黙を纏うリンデン。俺は彼の目算に触れる。

「あんたは俺のこういった部分に気づき、待った。この村に染まるのを。その時間は十年。随分と慎重だったな」

「それほどまでに、おぬしの警戒心が深かったということじゃ。勇者の称号を得ておるが、おぬしの本質は闇じゃな」


「アスティのおかげで、若い頃に宿していた光の部分を少し思い出したがね。あんたはその光に期待して、今の話をあの時打ち明けようとした」

「その通りじゃ。じゃが、落盤事故後、何が起こったかわからぬが、おぬしの心は再び闇に閉ざされた。それも、ここへ訪れた時以上の闇に」


 

 闇――――たしかに俺の本質は闇だろう。

 だが、その中身は誰かを守るために必要なもの。

 かつて、弱き人々を守るために光だけでは足りぬと闇に染まった勇者。

 

 己を汚泥に沈め、臓腑の海に浸ろうとも守り抜く覚悟。

 それを思い出した。

 アスティを守るためには優しい父親の顔以外に、裏の顔が必要だと。




 俺はつまらぬ話はここまでと、場の空気を変えるように軽く手を振ってから話題を変えた。

 それは娘アスティにとって大変な重要なこと。



 短い一言で問う。


「ガルボグは生きているのか?」

 王の中の王ガルボグ。

 未熟な息子如きに命を奪われるような男ではない。

 そう信じたのだが……。


「わからぬ。あの日以来、ガルボグ様と連絡が途絶えてしまったからの」

「――――っ!? では、本当にガルボグが? あれほどの男がこうも易々と!!」


 俺は思わず大きく身を乗り出す。

 するとその姿に、リンデンが驚きの声を出した。


「随分と評価しておるの?」

「当然だ。俺は勇者を名乗っていたが、その中身は剣を振り回すだけの若造。そんな若造は王を前に懸命に虚勢を張ったが、これが魔族を束ねる王の威風かと内心ビビっていたからな。格の違いをまざまざと見せつけられて、悔しい思いをしたのをしっかりと覚えている」


「ほっほっほっ、それ面白い話じゃて」

「面白くはない……」

「ほほほ、悪気はない。許しておくれ。しかし、そこまでガルボグ様に嫌悪感を抱いていないのなら、もう少し早く話してもよかったかもしれんの?」

「ん?」


「おぬしは常に前線に立ち、容赦なく魔族を斬り伏せて、魔王ガルボグとの再戦を夢見ていたことを知っておる。故に、この村の創設者がガルボグ様と知れば、どう反応するかと、な」

「なるほど、魔族憎しガルボグ憎しで、何をしでかすかわからんと思っていたわけだ」


「まぁの。そんなおぬしが魔族の赤ん坊を連れてこの村を訪れた時は、かなり驚いたぞい。何か企んでおるのかと思うておったが、赤子のアスティを見つめる優しさは本物。そう見えたので村へ招いた」


「下手すりゃ、そこで俺に襲い掛かる算段でもあったのか。しなくてよかったな。してたら今頃、この村は壊滅してるぞ」

「大した自信じゃが、そうなっておったじゃろうな。ほ、ほほほ」


 乾いた笑いを漏らすリンデンの姿を見て、俺は十五年前のあの日を思い出す。

 リンデンが肩の力を抜いた姿を。

 あの時の彼は、感情の揺らぎなど一切見せなかったが、内心では恐怖に身を浸していたようだ。


 

 彼の乾いた笑いはすぐさま掻き消えて、俺は席を立つ。

「挨拶も済んだし、俺は帰るとするよ。明日の旅立ちの準備があるからな」

「どうしても、行くのか?」

「異界からの侵略者。理想の世界の創設。そのために俺の力を頼りにしているんだろうが、そんな理想に燃える歳でもない」


「ワシよりも遥かに年下の癖に枯れとるの」

「ほっといてくれ。そんな大層なことよりも、アスティの母親探しの方が大切なんだよ、俺には」

「ふむ……理想の世界はともかく、異界からの侵略者は、おぬしやアスティにも関係ないことではないぞ。だから――――」


「そんなものは、ここに居なくても、俺の前に立つだろう」

「なんと?」



「勇者をやめても、悲しいことに俺は強者側。力を持つ者。ここに残ろうが旅をしようが、どでかい厄介事に巻き込まれるのは必定。なら、アスティのためになることをしてやりたい。母親探しはもちろん、世界を見せてやりたいからな」

「……そうか」


 そう、小さく言葉を置いて、リンデンは口を閉じた。

 それは今の答えが彼にとって、最低限納得できるものだったからだ。

 はっきりとした約束でも表現でもないが、俺はこうメッセージを送った。

 厄介事が顕現した時、力を貸すと。



「そんじゃな、村長。この十五年、本当に世話になった。そうだ、もし異界からの侵略者っぽい奴を見かけたら知らせるよ。特徴は?」

「見た目は我らと変わらんが、魔法が通じぬそうじゃ」

「なるほど、それは見つけづらそうだ。それじゃ」


「まだじゃ。待っておくれ、ヤーロゥ殿。外の世界に行くならば、一つ頼まれてくれぬか?」

「なんだ?」


「魔王の娘についてじゃ」

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