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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第一章 勇者から父として

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第36話 十四歳の記憶・後編

 俺は意識を集中させるために、目を閉じ言葉を断つ。

 気配が変わったことを一同は察して、同じく言葉を消した。

 暗闇に閉ざされた世界に無数の光の線が浮かび上がる――これらは周りにいる人々の視線を表す光。


 複雑に絡み合う視線だが、そこには隙間があり、その隙間を通れば人々の視界から一時的に存在を消すことができる奥義。


 人々の視線以外に、なにやらわからぬ存在の視線も混じっている。

 おそらく、神や悪魔と言った超存在の視線。もしかしたら、どっかの惑星の住人や違う次元の存在などが、この世界を監視している視線かもしれない。

 ともかく、今回はこれらの視線を無視することにして~~~~、というよりも、未熟な俺では、高次元存在の視線など躱せず、身近な視線を感知して隙間を通るのがやっと。




 だから、周りにいる住民の視線だけをよけて動きたいのだが……。


(リンデンとジャレッドとカシアの視線が複雑でなかなかしんどいな)


 俺の動きを余すことなく観察している三人。他にも三人並みに鋭い視線を見せている者たちもちらほら。

(集中集中っと――よし、隙間を見つけた)


 体をゆらりと動かす。

 その瞬間、俺は皆の視界から姿を消す。

 これに驚いた皆はあちこちに首を振って視線を飛ばしまくる。

 そのたびに視線の位置が変わってよけるのが大変。


 今のところ、誰にも見られてないが、俺は視線を躱すためにアホな踊りを踊っているかのように、体をひらひら、もごもごと動かしていた。


(すげぇ、技なんだけど、見た目は最悪なんだよなぁ。この技……)


 時には蛸のようにくねくねと、時には壊れた人形のようにカクカクと、時には柳のようにユラリユラリと体を動かしてアスティに近づき、背後に立った。

 この間、およそ三秒ほど。



「はぁ、疲れた」

 そう声を漏らす直前で、アスティの瞳がちらりと動いた――――見えてたのか?

 どうやら、技が終える寸前の動きに反応したようだが……それでも見えたとなると、俺よりもこの技との相性がよさそうだ。

 しかし、僅かに見えたとはいえ、アスティにとっては驚きのようで声を詰まらせる。


「お、お父さん!? 今のは!?」


 この子の声に惹かれ、周りの者たちも瞳を俺へと集めた。

 他の者たちから見れば、数秒ほど姿を消して、突然姿を現したようなもの。

 驚きと同時にざわめきが広がり、皆が皆、近くにいた者へ何が起こったんだと話し掛け合っている。

 

 その中で、ローレはすぐさま探知の魔法で周辺の魔力変動を探っていた。



「転送魔法……違う、空間に干渉した形跡はない。そもそも魔力の変動も見られない。空気の揺らぎを感じるから……普通に動いただけ?」

 彼女の分析にジャレッドが加わった。


「そいつはぁ、目にもとまらぬ速さで動いたってことか?」

「そうじゃない。もしそうなら、数秒もかからないはず。目を盗む……おそらく、何らかの方法を使い、一時的に私たちの視線から逃れて、歩いてアスティちゃんの背後に回ったんでしょうね」

「は、言ってる意味が分からねぇ?」


 ここでリンデンの声が交わる。

「ワシたちの視界領域外で動いていた、ということではないか?」

「どういうこった、村長?」

「ワシらの視界には限界があるじゃろ。指を真横に置くとそれは見えん。そういった視界領域外の穴を縫って移動したのじゃろう」


「そ、そんなことできるのかよ!?」

「できるわけなかろう。しかも、これだけの視線が集まる中で。なんちゅー技じゃ。まさに、神の目を盗む技じゃな」



 彼は感心とも警戒とも言える複雑な視線をこちらへ向ける。

 それに俺は軽く肩をすくめてこう返した。

「これでも未熟で習得は半端だけどな。本来なら視線を避けるだけじゃなくて、操作することも可能な技なんだ」

「ますます、恐ろしい技じゃな。じゃが……使用に精神集中が必要というのは、大きな欠点よの」

「ご指摘通りだよ、村長。実戦じゃまず使えない。俺もほとんど使ったことないしな」



 実際のところ、未熟な俺では、これ単体での使用はまずできない。だから、ある魔法と組み合わせて使っているが、そこまで村長に伝える気はない。

 すると、この会話を聞いていたアスティが眉をひそめて尋ねてきた。


「凄いと思ったけど、実戦じゃ使えないならあまり意味ないんじゃないの、お父さん?」

「俺は使えないけど、お前なら使えるかもしれん。実際、妹は使えてるわけだしな。学びの基礎となる事は一通り知っているから、それを教えてやる。あとは……自分で頑張れ」


「雑……雑だよ、お父さん」

「雑と言うんじゃない。本来なら門外不出で、村の出身者以外に伝えることを禁止されている技なんだぞ。その掟を破って教えてやろうとしているのに……」

「掟を破って……大丈夫なの、お父さん?」

「大丈夫だろ。お前は俺の娘だし」



 そう返すと、アスティは一瞬だけ心を躍らせるが、すぐにぴしりと正す。

「お父さん――って、待って? 娘だけどお父さんの村の出身じゃないよ、私」

「そうだなぁ~~ま、身内だから大丈夫だろ」

「ざつい!! 習うこっちが不安になるよ! 本当に大丈夫? 村に戻ることがあったら怒られちゃうんじゃ?」


「あははは、ガキの頃から村長の雷なんて日常茶飯事だったから気にしねぇよ」

「子どものいたずらとは次元が違うと思うんだけど?」

「じゃあ、習うのやめるか?」

「ううん、習いたい!」


「フフ、ならばよし。お前は俺より才能がありそうだから、もっと綺麗にやれるだろうよ。この神の目を盗む技――『天翼(てんよく)』をな」

「てんよく?」

「天翔ける翼と書いて、天翼(てんよく)


 

「かっけぇえええ!!」

 大声を張り上げたのはアデル。さらに興奮気味に声を上げ続ける。

「天翔ける翼! かっけぇよ、かっけぇよ! 神の目を盗むとか言う響きもいい!! ねぇ、ヤーロゥおじさん! 俺にもおしえてくれよ!!」


 興奮冷めやらぬアデルの声。それを聞いた母カシアの頬が引くつく。

 彼女の様子を見て……というわけではないけど、俺はアデルには教えられないと伝えた。

 

「悪い、それは無理だ」

「ええ、なんでぇ!?」

「アデル、今の俺の動き、少しでも見えていたか?」

「見えるわけないじゃん。見えてる奴なんて誰もいなかったんじゃないの?」



 彼はそう言って辺りを見回す。皆も一様に見えてなかったという反応を見せた。

 だから俺は、アスティに尋ねる。


「アスティ、ほんの少しだけど、俺の姿が見えてただろ」

「う、うん。背後に現れる瞬間に、影みたいのが横切った感じがしただけだけど」


「え、ウソだろアスティ? ヤーロゥおじさんの動きが見えてたのかよ!?」

「えっと見えてたというか、感じたというか。なんか動いてるなぁって、感じだけね」

「俺には全然見えなかった……」



 気落ちするアデルへ俺は声をかける。


「そんなもんだ。見える方がおかしい。はっきり言えば、今のだってアスティが見えなければ教える気がなかった。そして見えるとは思っていなかったが……俺の想像を上回ったな、アスティ」

 そう言って、俺はアスティの頭を撫でた。

 アスティは照れくさそうに頬を赤らめて、顔を小さく下へ向ける。


 だが、今の言葉は優しさという言葉で包み込んだもの。アデルを思い……。

 真を答えにすれば、未熟な俺の天翼を見えなくて何を習得するというんだ!

 だからアデルには天翼を習得する才能はない!

 本来はそう断言できるものだった。


 しかしながら、彼とは先生と生徒の関係であって、師と弟子の関係ではない。

 そのため、余計なことを口に出す気はなかった。

 それに下手なことを言って、傷ついてもカシアに怒られるし、奮起させても怒られるので。



 アデルは暗にとはいえ、その才能はないと伝えられたことに落ち込んでいるが……。



(剣の才はまさに天才。本物だよ、アデル。それを伝えるとやはりカシアがご立腹するから口には出せないが……しかし、あれだけの才能。結局は剣の道を歩みそうだけどな。その時は――――俺オリジナルの必殺技を教えてやってもいいかもな)



 その技は常人が行えば死に至るもの。魔法の才があればあるほど使用が難しい技。

 誤れば肉体は崩壊し、どろどろに消え去る。

 しかしそれらのリスクと引き換えに、名もなき一介の戦士ですら勇者を名乗れるほどの力を得られるもの。


 ここでカシアへ視線を動かし、彼女の不安そうな表情を目にする。


(さすがに危険すぎるか。まぁ、こんな技に頼らなくても、アデルは俺を超えて強くなるだろう)

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