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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第一章 勇者から父として

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第34話 十三歳の記憶・後編

 アデルは人食いの話を聞いて想像してしまったのか、口元を押さえてえずく。アスティの方は唇を震わせて、問うことに戸惑いを覚えながらもか細く言葉を漏らした。


「そ、それじゃ、お父さんも……」

「勧められたよ、人肉のスープを。まだ子どもだったから気を使ってくれて大盛りだったな。だが――――それを地面に叩きつけて、泣いて叫んだ。人の肉なんか食えるかよ、ってな」


「そうなんだ……そっか、そうなんだ……」


 俺が人肉を食していなかったことに安堵したのか、アスティは何度も噛みしめるように言葉を漏らす。

 しかし、すぐに次の疑問が浮かんだようでそれを口に表した。


「で、でも、そうなるとお父さんはどうやって飢えを凌いだの? もしかして、そこで虫を食べて生き残ったとか」

「いや、虫食を学んだのはそのあとだ。あの時の俺はとある裏技を使った」

「裏技?」

「そのせいで、飢え死にする前に縛り首になりかけた上に……まぁ、いいか」

「え!? 良くないよ。裏技って何? 縛り首って?」


 

 半端な答えになってしまったため、アスティが疑問を矢継ぎ早に重ねてくるが、それをジャレッドが止めに入った。

「落ち着け、アスティ。たしかに気になる話だが、内容が内容だけにヤーロゥにだって語りたくない部分もあるだろう」

「あ……そうだね。ごめんなさい、お父さん」


「いや、いいさ。ともかくだ、食料というのは大事で、あらゆる確保手段を覚えておいた方がいい。実際、先ほどの話でも、実はまだ少しだけ食料があったんだが、当時の俺たちにはその知識がなくて得られなかったんだ」


「食料が?」

「それは何なの、ヤーロゥおじさん?」


「まずは虫だな。腹が減りすぎて虫を食ってる奴もいたが、適切な調理をしてなかったんで腹を壊して脱水症状を起こして死ぬ奴もいた。そうならないよう、食べられる虫とその調理の仕方を教えたいというわけだ」

「う、うん、がんばる」

「ひ、人の肉を食べるよりかはましだしな」


「あとは毒草。食える雑草は食いつくしていたが、まだあちこちに草が残っていた。こいつらは全部毒草でさすがに食えなかったんだが、知識さえあれば無毒化できて食べられたんだ」

「それはどんな方法なの?」

「毒草も食べられるなんて……」



「毒を抜く鍵は城壁に生えた苔にあった。この苔の煮汁と合わせると毒が中和される。他にも、一見食べられなさそうなものが食べられるなんてものもあった。ま、当時、その知識があったとしても飢餓は避けられなかっただろうが、それでも……」


 俺は二人をまっすぐと見据えて、こう言葉を渡す。

「地獄の訪れを先延ばしにできる。時間が生まれれば、なんだかの方策が生まれた可能性だってある。それこそ包囲を破っての援軍なんてこともあったかもしれない。そんな可能性を生み出すために、ぎりぎりまで地獄を生み出さないための知識を、お前たちに授けたいんだ」



――これらはお前たちがもし、外の世界へ出ることを望んだ時に役に立つ……。


 俺は足すべき言葉を伝えずに話を閉じる。

 伝えなかったのは迷いだろう。



 話を聞き終えた二人は金属製のコップに入った、あったかスープに全身を預ける真ん丸真っ白幼虫さんを見つめた。

 そして、声を震わせながらも覚悟を表す。


「う、うん、戦い方を覚えるだけが戦士じゃないよね。もしもの時に何でも食べられるようにしておかないと」

「そうだな! ここで知識を得ておけば、誰かの助けになるかもしれないし…………ところでさ、アスティ?」


「なに、アデル?」

「さっきから、ず~っと、フローラがだんまりなんだけど?」

「そう言えば!?」

「もしかして、気を失ってるんじゃ? あいつ、ちょっと上品なところあるからな」

「たしかに、虫に人肉って! フーちゃんには刺激が強すぎたのかも! フーちゃん、大丈夫!?」



 二人は慌ててフローラへと顔を向けた。

 当のフローラは――


「むっちゃ、むっちゃ、塩味に虫の甘味が交わって美味しい」

「「え!?」」


 フローラは虫のスープ料理が入った小鍋を抱えて、木匙で虫を口の中に運んでいた。

「あ、ごめん。むっちゃむっちゃ、美味しくてちょっと食べすぎたみたい。でも、みんなのおかわり分は残ってるから。むっちゃ、むっちゃ」

「いや、え、平気なの? 虫だよ?」

「おいおい、ウソだろ――――って、なんかお前の会話に、変な擬音が混ざってるけど、なんだ?」



「むっちゃ、ん? ああ、これ。虫の体液が粘っこくて、口を閉じてても咀嚼音が外に漏れてるみたい。ごめんなさい、お下品で。むっちゃ」

「お下品というか……いや、その前に体液って……しかも粘っこいって……」

「やめろよ~! 食べる前にそんな情報いらないっての!! うわ~、やっぱり食べたくねぇぇぇえ!!」





――――虫食の踊る三者三葉


 そんな三人を少し離れた場所から見守りながら、ジャレッドは小声で俺に話しかけてきた。

「今の話、ヒメシャラ籠城戦の話だよな? 何かと謎の多い」

「ああ」

「あの戦いは、俺がまだクソガキだった頃にあった戦い……それに参戦していたのか?」

「まだ、勇者の称号を貰う前にな。俺のデビュー戦でもある」


「ガキの頃に話だけは聞いたことあるが、その話だけでも身震いしたのを覚えるぜ。デビュー戦があの歴史上もっとも過酷だった戦いとはな」

「引きが強くてな」

「酷い引きだぜ。籠城前の兵の数は三千。その後は二百。町の人口は一万から二千数百までに減ったと聞いたが、よく生き残れたもんだ」

「…………自棄(やけ)と暴走と理解と運と……友の犠牲でな」



「そうか、すまん」

「いいさ。思い出したくもない戦いだったが、同時に忘れられない戦いでもあり、ずっと共に歩みたかった友人がいた戦いでもあった。あの戦いをきっかけにして、俺は勇者を目指し、成った」

「そうなのか。いや、だが、成る前とはいえ、勇者ジルドランがあの戦いに――」


「参戦していた記録はない。勇者に成る前とはいえ、人肉を食べた疑いがもたれる戦い。生き残った者たちも周りから忌避された。だから、汚点となる記録は抹消されて、俺は参戦していないことになった」


「勇者ジルドランを偶像化するため、か……なるほど、それで合点がいった。あの戦いに関する正確な記録が残っていない理由が」

「記録が抹消されたのはそれだけが理由じゃない。当時、ド無能で事態を悪化させた指揮官様が、今では中央のお偉いさんでな。むしろ、隠したい理由はこっちが本命だろうな」


「よくある腐った話だな。因みにだけどよ、あの戦いは勝利で幕を閉じたと聞いたが、マジか?」

「マジだ」

「いったいどうやって? 敵は魔族。一騎で万の兵に値すると(うた)われたバーチ将軍率いる三千の軍勢。対するヒメシャラの末期は三百以下。物資もなく餓死者が溢れる状況。補給なく援軍なく、こっからどうやって勝利したってんだ?」


「すっごく単純な方法だ。当時の俺は底抜けの馬鹿だったからな。はは、今考えるとまともじゃない」

「その単純な方法とやらは?」


 俺は少し困ったような顔を見せつつも、いたずら小僧のような笑みを見せてこう答えた。

「クスッ、秘密だ」

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