第33話 十三歳の記憶・中編
――――訓練後、昼食
子どもたち三人は情けなくも力尽きて動けなくなってしまったので、俺とジャレッドで昼食の準備を行った。
食事の材料は現地調達。
動けない子どもたちのために雪山を探索するのだが、今は冬。
まともな食材など手に入らない――――が、それが今回の大テーマ。
金属の小鍋でぐつぐつと煮込まれるお昼ご飯。
それを見つめる青い顔の子どもたち。
「さぁて、煮えたかなぁ?」
「いいんじゃねぇのか? 煮えすぎると固くなって食感が楽しめねぇし」
「そうだな。しっかりと食感、もとい、触感も楽しんでもらわないと」
「「ククククク」」
俺とジャレッドは含み笑いを浮かべ、子どもたちへ声をかけた。
「ほ~ら、お昼御飯ができたぞ~。た~んとおあがり」
この声を聞いたアスティとアデルが悲鳴のような声を上げる。
「おかしい! 二人ともおかしいよ!! そんなのがお昼って!?」
「そうだぜ!! なんで昼飯が――虫なんだよ!!」
そう、今日のお昼は虫。
俺は木匙で掬い上げた真ん丸真っ白な幼虫へ瞳を落とす。
「それは仕方ないだろ。冬なんだから。食材を探そうにも探しようがない」
「そういうこった。ないなら、あるものを食うしかねぇしな。幹の内側に眠る虫とかな」
「いやいやいや、だからって虫って!?」
「そうだぜ、なんで虫なんだよ!? 探せば野草くらいあるんじゃねぇの!?」
「野草の代わりに毒抜きした毒草を入れてある。入れる気はなかったが、さすがに虫だけじゃかわいそうだったんでな」
「ヤーロゥの言うとおりだぞ。本来なら味付けもする気はなかったが、塩くらいは入れてやってるしな」
「毒草って……二人とも、何を言ってるの?」
「ほんとだよ、何がしたいんだよ?」
この二人の非難に、俺とジャレットはじっと目を向け、真剣な声を返す。
「困難な状況下。そして、危機的状況下で生き残り続けるための訓練だ」
「まともな食料が手に入らないときのためにな」
さらに俺はこのように話を続けた。
「お前たちには普段から食べられる野草や木の根やキノコなどを教えているが、それすらも手に入らない状況では虫を食べる以外ない。それに虫は栄養価も高く、仮に野草や野イチゴなどが手に入っても、虫が手に入るなら食べておいた方がいい」
「栄養価高いからって……」
「虫なんてなぁ……」
説明を受けても、納得のいかない二人。
そんな愚痴を零し続ける二人にジャレッドが体を前へズイッと押し出して声を張り上げようとしたが、それを俺が諫め、代わりに一言伝える。
「二人とも、そんなに人肉が食べたいのか?」
「え?」
「じ、じんにく?」
俺は寒風に冷え切った真ん丸幼虫さんをあったかスープへ戻して、遥か西へと顔を向けた。
「俺がまだ十四だった頃、とある籠城戦で一介の兵士をやっていた。そこは敵に囲まれ、補給路を断たれ、逃げ場はない。毎日毎日、命と食料だけが削れていく。あれはただ、死を待つだけの戦いだった」
話に興味を惹かれ、二人は問いを重ねる。
「お父さんの昔の話? どうなったの?」
「援軍でも来て助かったとか?」
「援軍なんて来ない。完全に孤立していたからな。それでも必死に戦っていた。負ければ、死しかない。だから戦う。たとえ先に死しかなくても、いま死にたくないから戦う。だが、その戦いも食料がなくては続かない。敵は町の実情をよく知り、兵糧攻めを行い、街道という街道を封鎖する」
「兵糧攻め……」
「そんな状態じゃ……」
「ああ、もはや戦いどころじゃなくなった。町の地べたには餓死者と戦死者が折り重なり山となる。埋葬なんてやってる暇はない。死体は腐り、腐臭が町を包み、疫病が流行る。あれはまさに地獄だったよ」
「じゃ、負けちゃったの?」
「それで、ヤーロゥおじさんは捕虜にでもなったの?」
俺は首を横に振る。
「まさか、戦い続けたよ。言ったろ、負けたら死しかないと。敵は残忍な奴でね。紳士協定なんか無視するような奴だった。だから、戦い続ける」
「でも、食料がなくちゃ戦いを――あ!?」
「そうだよ、食べ物が――あ!?」
二人は気づき、至り、顔をしかめた。
「ま、まさか……」
「う、ウソだろ、ヤーロゥおじさん……」
俺は声を地面へ零れ落とすように囁く。
「ああ、目の前に大量に転がっている食料を食べ始めたのさ」
「「――――っ!?」」
俺は瞳を細め、過去を苦々しく見つめて空を見上げる。
「地獄だった。ああ、あれは地獄だった。人が人を食う。その肉の奪い合いが始まる。腐った肉であろうと食み、燃料など尽きているため生でも食す。人が人の腐肉を食べるという地獄がそこにあったよ」
そう漏らし、俺は瞳を空から戻して、アスティたちへ力ない微笑みを見せた。




