第26話 十一歳の記憶・4-1
――十一歳・夏
まどろみに包まれる温かさは去り行きて、肌を突き刺す陽の光が降り注ぐ。
汗ばむ肌に風が当たり、微かな心地良さを感じる。
だが、いま立つ場所では、風に土埃を含み、汗に濡れた肌に砂が張りつき、不快に汚す。
――ここは東方領域最東端にある村の一つ・鉱山の村『モナチカ』。
俺とアスティと学舎に通う生徒たち。そして、その親たちは社会科見学という形でこのモナチカに訪れていた。
この村の存在は知っていたが、訪れるのは初めて。
山岳地帯を切り開いて生まれた村。
土埃舞う盆地に建ち並ぶ大小の木造住宅。周囲の山々に緑は少なく、坑道と思われる入り口が無数。
その坑道や山道。さらには村の内部にまで線路が走り、鉱石を運ぶトロッコが行き来している。
村には大人の姿ばかりで、子どもや年寄りの姿はない。
話によると、ここから少しばかり離れた山間部に住宅地あり、そこが生活の場となっているそうだ。
ここでは様々な鉱石が産出されているという簡素な説明を受けて、親と生徒は別々に分かれる。アスティたちはローレに連れられて、坑道の見学へ。
親たちは普段接点のないモナチカの人々との交流に精を出すのだが……俺だけはヒースとジャレッドに呼ばれ、山の中腹に存在する金属の扉の前へと案内された。
扉は大変大きく、人の身の丈の五倍。
形は金属製の円盤状で、開くときは金属の円盤が回転して開くようだ。
俺が二人に尋ねると、ヒース、ジャレッドの順で声を返してきた。
「なぜ、俺をここに?」
「う~ん、なんて言ったらいいかな? 慎重なリンデン村長を説得して、この村のことを知ってもらうべきじゃないかと話を通したんだ」
「説得には骨が折れたぜ。一年近くかかっちまった」
二人は肩をすくめて話す。
その姿を目にして、俺は軽く笑った。
「ははは、つまり二人は、この村の異様さとその正体を知っていたわけだ」
「まぁね」
「そういうこった。でだ、今からこの扉の先に案内するわけだが……その前に確認しておきたいことがある。ヤーロゥ、お前さんはあの勇者――」
「ジルドラン。それが俺の本当の名だ。あと『元』勇者だ」
そう答えを返すと二人は目を丸くした。
すでに予測できていた答えだが、実際に俺から答えを聞くと二人は驚かずにいられなかったようだ。
ジャレッドとヒースは、俺の姿全体を瞳に納める。
「大イノシシ狩りの時にもしやと思っていたが、本当にあの勇者ジルドランだったとはな」
「魔王ガルボグ様と引き分けた人間族。世界最強の剣士……」
「引き分けた、か。それは微妙だが……そうだな、剣技ではガルボグよりも俺の方がちょい上だったな」
「そんな男がなんでこんなところに居やがるんだ? 王都で王族の女に手を出して、勇者の称号を剥奪されたって話は本当だったのかよ?」
「おや、僕の聞いた話だと、ギャンブル中毒の末に、国庫を横領した聞いたけど?」
「そんな話もあるのか? そういや、勇者の名を使い、歓楽街で暴れ回っていたとも聞いたな」
「へ、そんな話も? どこかの貴族と共謀して反乱を企てていたという話もあったような……?」
という風に、二人はあることないこと……というか、ないことばかり口に出していく。
俺は心の中で、大きく言葉を弾く。
(はっ、王侯貴族連中が俺を貶めるために、滅茶苦茶な噂を流してるんだな。この様子だと、外の世界ではもっとひどい噂が流れてそうだ)
二人はあらかた噂を語りつくして尋ねてくる。
「で、どれのせいで勇者の称号を剥奪されたんだ?」
「まさか、全部本当とか?」
「全部デマだよ。貴族批判をしすぎて疎まれて追い出されただけだ。で、そんなことより、この扉の向こうに何があるんだ?」
「おっと、そうだったな。このことは後でゆっくり聞くか。酒でも飲みながら」
「ええ、カシアとローレを交えてね。あ、二人ともすでに勘づいているし、口も固いから大丈夫だよ」
「お前ら、村の不文律はどうしたんだ?」
二人は仲良くへへへと笑い、目の前の扉を開ける操作に移った。
ヒースが岩壁の隅にあった黒いレバーを下に動かすと、金属製の円盤が横に転がり道が生まれる。
道もまた金属製で、天井には光の力を封じた魔石がぶら下がっていた。
大人五人が並んで歩ける広めの通路を歩き、三叉路の真ん中にある扉を開いて中へ。
そこは無機質なコンクリートでできた部屋。奥には巨大なガラス窓。
ガラス窓のそばには二人の兵士らしき男がいた。
彼らの腰には…………剣ではなく銃?
それをちらりと見て、俺は軽く頭を悩ます。
(銃ねぇ。どうしてそんな遅れた武器を?)
銃とは、百年前のごく短い期間に使用されていた火薬を用いた武器。
だが、結局魔石を利用した魔導兵器の方が作るに易く、費用も掛からず、高威力で使い勝手がいいため、すぐに火薬兵器は消え去った。
ジャレッドとヒースは立ち止まり、俺一人で奥の窓へ行くように促す。
窓へ近づき、視線を下げる。
広がるは、広々とした空間。
そこにあったのは――――
「…………なるほど、大量の鉄鉱石や魔石を産出して何に使用しているのかと思っていたが、こんなものを作っていたのか」
窓ガラスの下にあったのは――大量の大砲。
大砲とは、火薬の燃焼力を用い、主に金属の砲弾を撃ち出す兵器。時に、砲弾自体が炸裂して目標物を破壊する。
俺は大砲を見つめながら、二人へ問いかける。
「砲弾は金属や爆弾の類だが、それを撃ち出す推進力には魔石を使用しているようだな」
瞳を動かし、窓ガラスの両端に立つ兵士の腰元へ向ける。
「その銃も弾丸は鉛のようだが、推進力は魔石……わからん、なんでこんな面倒なことを?」
魔石を用いるなら、魔法の力を宿した兵器の方が威力も高く、簡単に作れる。そうだというのに、なぜ、こんな無駄なことをしているのか?
もう一度同じことを問いかけようとして、ジャレッドとヒースへ顔を向けた。
するとそこに、老人の声が響く。
「我々の敵には魔法や魔導兵器といった、魔導体系の内側にある力が通じぬからじゃ」
声の正体はリンデン村長。
部屋の扉の前に立つ彼へ顔を向ける。
「敵?」
「そうじゃ、敵じゃ。それは世界の敵。侵略者。奴らには原理(※事象・活動・運動などを成り立たせる最も基本的な法則)に特化した兵器しか通じぬ。そ奴らと戦うためにワシらはあの方から――――なっ!?」
突然、巨大な轟音が響く!?
場所はここから離れた坑道の方角。
十数秒後、兵士の一人が駆け込んできて大声を張り上げた。
「坑道の一つが崩落した! あそこには子どもたちが!!」
――――リンデン
報告を受けてすぐにリンデンは指示を飛ばす。
「モナチカの村長がすでに救援隊と治療部隊を送っておると思うが、すぐにワシらも!」
「リンデン村長、あいつはもういないぜ」
「ええ、ヤーロゥの姿がありません」
「なんと!?」
リンデンが窓ガラスへ顔を向けるが、そこにヤーロゥの姿はない。
「い、いつのまに?」
「さてな。俺はじっとヤーロゥを見ていたが、報告を聞いたと同時に姿を消しやがった。なんて動きだ」
「さすがは勇者ジルドラン……ジャレッド、僕たちも向かおう。子どもたちが心配だ!!」
ジャレッドとヒースが事故が起きた坑道へと向かう。
その後ろ姿を見送りながら、リンデンの心臓は冷や汗に溺れていた。
(このワシですら動いた気配を感じんかった。これが勇者……ふむ、続きを話して良いものかどうか。もし、ジルドランに確執があるとしたらば、勇者としての意思が残っていたとしたらば……)




