第24話 十歳の記憶・前編
――十歳・春
「えい!」
「とりゃああ!」
「ていてい!」
俺は家の前で訓練用の白い胴着を纏ったアスティ・アデルへ剣の指導をしていた。
フローラには護身術と棍術の指導。彼女は将来母と同じ魔法使いになるという夢があるので、魔導杖を武器として扱うことを想定した別メニューを与えている。
俺はアスティの剣捌きを観察する。
(十歳の少女とは思えない力強い振り。魔族のため人間族より力がある点を差し引いても素晴らしい。あまり考えたくないが、さすがはガルボグの娘だな。だが、それ以上に――)
アデルへ瞳を移す。
力強さに加え、鋭く、体幹にブレもない。
(こいつぁ、とんだ卵だ。育て方とこれからの経験次第じゃ、俺やクルスを超えるかも。となると、ますますカシアが心配するだろうなぁ)
剣の稽古を反対していたカシア。
彼女は息子のアデルが戦いに関わる可能性から遠ざけたかった。
将来は父であるジャレッドのような傭兵などの戦士ではなく、いま自分が行っている商売人か、村で農民なり狩人なりになってほしかったのだろう。
その気持ち、痛いほどわかる。
俺だって、本当はアスティに戦い方など教えたくない。学んでほしくない。
だが、教えておかねば不測の事態に陥った時に困るのはアスティ自身であり、また未来に於いて、真実を話したときに、その先となる選択肢の幅を広げる役目もある。
そしてそれは、カシアもそうなのだろう。
カシアもまた、ジャレッドと同様に元は傭兵であったそうだ。
だが、旅商人の護衛を任された際に、商売に興味を持ち、商売人に鞍替えをした。
戦いの経験がある彼女は、仮にアデルが商売人の道を選んだとしても、腕に覚えがあった方が良いとわかっている。
それでも、戦いから遠ざけたかった。
剣を覚え、その強さに魅入られれば、闘争に身を焦がす。
その可能性を避けたかった。
しかし彼女は、俺やジャレッドの説得により渋々認めた。
身を守る程度には戦い方を学んでいた方が良いという言葉に、自分の心を騙して……。
だが、残念なことに、アデルには才能が有りすぎた。
(これだけの才能があれば、やがて自分の力を試したいと感じ始める。そして、外の世界へ目を向ける。はぁ、やっちまった。カシアに恨まれるな)
数年後に起こるであろう悶着を考えて、大きく頭を横に振る。
ひとまず、未来のことは未来の俺に預けて、最後にフローラを見た。
「ていていていて~い!」
彼女は棍を素早く突いている。
(フローラの動きも悪くないな。将来は母親のローレと同じ魔法使いを目指してるだろうが、バランスよく鍛えてやれば魔法戦士になれそうだ)
俺はそばに置いてあった木製の椅子に腰を掛けて三人をじっくり観察する。
(才能に恵まれた三人か……それがこんな世界の端にある村に集まるなんて、神も洒落た真似をする。この場合の神は、全神ノウンってことになるのか?)
全神ノウン――この世界『セイクウ』を生んだ創造神。人間族・魔族が共通で崇める神。
世界の多くがノウンを信仰し、建物の様式は違えど、ノウンを信仰する教会は様々な村や町にある。
もちろん、このレナンセラ村にもあり、村人のほとんどがノウンを信仰する。
ほとんど……これは、ノウンを信仰しない者たちもいるということ。その内訳は無神論者。そして、俺のような異端の神々が管理する村の出身者。
そういった村は世界のあちこちにあり、村によって信仰する神の名が違う。
俺の村では異端の神である、太陽と風を司る神・アスカが信仰されていた。
そのアスカは俺たちを他の世界から導いてきて、この『セイクウ』に住まわせたとか。他の地域の異端の神にも似たような言い伝えがある。
つまり、そういった村の出身者は別の世界から来たということになるのが、そのような証拠もなく、所詮は言い伝え。
ただ、俺の村では少しだけ不思議なことがあった。
それはアスカが祀られた本殿の隣にある、祭殿と呼ばれる倉庫。
その祭殿には、いつの間にか荷物が増えている。
その内容は料理のレシピだったり、花だったり、酒だったりと……それらは、この世界には存在しないものばかり。
他にも、見たこともない文字が書かれた著書や、空中に浮かび上がる絵に、何かを表す数式に分子式。
ともかく、ごくまれに何の役に立つのかさっぱりわからない道具類が置かれているそうだ。
実際、俺が祭殿から勝手に持ち出して、勇者時代に使用していた変幻自在の芙蓉剣・ヴィナスキリマもそこに眠っていた。
これは俺が生まれた時にはなかったらしいが……その真偽は定かではない。
と、眉唾の部分は多々あるが、それでも俺の村は、セイクウの標準的な村とは少し違う部分があることはわかっている。
特に知識の原点が……。
「ヤーロゥ、怪我人は出てないかな?」
「ん? ああ、ヒースか」
椅子に腰かけている俺の前にヒースが現れた。
彼は訓練を重ねているフローラたちへ顔を向ける。
すると、フローラが棍を下げて話しかけてきた。
「パパ! はぁ、はぁ、はぁ、どうしたんですか?」
「訪診(※訪問診療)の途中に寄っただけだよ。フローラ、怪我はない?」
「はい、問題ないですよ」
「そうかい? だけど、かなり汗を流している。水分をしっかりとってね。塩やミネラルも」
「そこはぬかりないから。だって、わたし、お医者様の子ですもん」
そう言って、フローラはパチリと片目を閉じた。
幼い見た目に反して、その所作には気品とほのかな色香が漂う。
中身も落ち着きがあり、幼馴染三人の中で誰よりも大人びている。
父親のヒースはそれに軽く苦笑いを見せた。それは、娘が魅力的な女性に成長しようとしていることが嬉しい反面、悪い虫が寄ってこないかと父として不安な部分があるからだ。
俺たち三人が会話を重ねているところに、フローラ以上に汗だくになったアスティとアデルがやってきた。
「はぁはぁはぁ、言われたとおり、素振り、終わったけど……」
「疲れた。手が痛い。豆が潰れて、痛い」
それを見てヒースが傷薬を取り出す。
「おやおや、大変だ。ヤーロゥ、ちょっと厳しくないかい?」
「ヒースさんもそう思うよね!」
「そうだそうだ、ヤーロゥおじさんはきびしすぎる!」
ヒースの優しさに便乗して二人が抗議を始めた。
これに俺がため息をつき、二人に言葉を返そうとしたが、フローラが先に言葉を返す。
「二人とも要領が悪いからじゃないの? ほら、わたしの手はこんなに綺麗」
フローラが涼しい顔で自分の手を差し出す。手には傷一つない。それを見たアスティとアデルが声を荒げた。
「それはフローラの訓練の方が楽だからでしょ!!」
「アスティの言うとおりだよ!! でも、傷一つないっておかしくないか? なんだかんだで結構な回数、棍を振ってたのに?」
この答えを俺が渡す。
「フローラには魔法を発動しながら棍を振るえと指示してたからな。体力が失われた状況でも、安定して魔力を生み出せるように」
「そのとおりです! で、わたしはどうせ魔法を使うなら、回復魔法を手に集めて傷がつかないようにしたの」
「ええ~、ずっる!」
「ずるいけど、すごい……」
棍を振るい、体力が失われ、集中力が欠ける中でも、フローラは手に魔力を集めて傷を癒し続けた。
これは並の魔法使いではまず無理だ。
俺はヒースに顔を向けて、フローラの魔力覚醒について尋ねる。




