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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第一章 勇者から父として

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第22話 八歳の記憶・後編

 学舎へ入り、ローレへ声をかける。


「やぁ、ローレ」

「あら、いらっしゃい、ヤーロゥさん」

「少し早く来すぎて、窓から授業を見学させてもらっていたよ」

「そうだったの? それなら遠慮なく中に入ってくれれば……」

「いや、そうしたら――――」


「お父さん!!」



 アスティが机の間をすり抜けるように駆け寄ってきて、勢いよく俺の胸に飛び込んできた。

「おっと、おいおい、教室で走ったらダメだろ」

「あ、ごめんなさい。でも、お父さんが遊びに来てくれたからうれしくて!」

「遊びに来たんじゃなくて、用事のあるジャレッドの代わりに体育の指導に来たんだぞ」


 そう、これが今回の俺の仕事。

 子どもたちへの体育指導。

 内容は学舎そばにある広場での運動の監視。


 普段はジャレッドが面倒を見ている。

 彼が担当する理由は、体育中に男の子がどっかに行きがちで、ローレ一人では手が回らないからだ。だから、強面のおっさんを監視役として置くことにしたらしい。

 

 そんな彼の代わりに訪れたことをアスティに伝えると、ぴょんぴょんと飛び跳ねて声も弾ませる。

「それじゃあ、今日はお父さんといっしょに運動するの!?」

「そうなるのかな? ほとんど見てるだけになると思うが」

「え~、いっしょにあそぼうよ~」


 アスティがいつも以上に甘えてくる。

 おそらく、学校という特殊な環境に普段いない俺が現れたことで舞い上がっているのだろう。

 すると、それを見ていた二歳ほど年上の魔族と人間族の男子生徒が小声でアスティを小馬鹿にしてきた。



「親に甘えてら、だっせ」

「魔法が使えてもやっぱガキだよな」


 二人の少年はそう言って、くすくすと笑う。

 だが、その笑いには(あざけ)りよりも、嫉妬の方が強いと俺は感じていた。


(幼くして魔法が使えるアスティが気に食わないんだな、あの子たちは)


 魔法を学ぶ通常の過程は、魔族の場合、十二・三歳前後に起きる魔力覚醒までは座学で魔法を学び、実践では簡単で低威力の魔法しか使えない。


 人間族の場合もまた似たようなもので、十二・三歳までは座学で魔法を学び、実践は簡単なもの。本格的な魔法は、肉体が魔力に耐えられるかどうかの判定を行った(のち)に、魔導球を使い、体内の魔力核を刺激してからとなる。



 二人の少年の声は嫉妬によるやっかみの声だが、放置していてはいじめへとつながる。

 だから、やんわりと注意しようとしたのが、その前にアスティが言い返した。


「うるさい、だまって!」

「はっ!? お前、俺たちは上級生だぞ」

「そうだぜ、いつも生意気なんだよ、お前は! 親の前だからって調子に乗んなよ!」


 俺はアスティの負けん気に声を止めてしまった。

(二歳年上の男の子に物怖じせずに言い返せるのか。というか、『いつも生意気』って……普段から、この少年ら相手に口喧嘩してるのか?)



 娘の見知らぬ姿に驚きを交えつつ、俺はこっそりローレに尋ねる。

「ローレ、普段からアスティとあの少年らはあんな感じで?」

「ええ、そうねぇ。あの子たち、魔法を使えるアスティちゃんが気に食わないみたいで、すぐに絡んでくるのよ~」

「そうなのか。だけど、放っておいていいのか?」

「いつもの光景で、いつもすぐに終わるから。ほら、見てごらんなさい」



 促されて、三人の様子を見ると、いつの間にかアスティ側にアデルとフローラが加わっていた。

 さらに、その後ろには、アスティよりも年下の六・七歳の幼年組と思われる少年少女たちが。

「みっともねぇな。年上のくせに」

「そうそう、女の子にからむなんてさいていだよ」


「「「そうだそうだ、アスティおねえちゃんをいじめるな!!」」」


 

 といった様子で、少年たちは年下相手とはいえ、多人数から詰め寄られている。

 彼らはきょろきょろと辺りを見回して、同じ年齢くらいの子たちに助けを求める仕草を見せるが、その子たちは知らん顔。

 その顔は、呆れと巻き込まれるのはごめんだという、意思が混ざり合うもの。


 ローレはその様子を見てくすりと笑う。

「いつもあんな感じで、そのあとは二人が引き下がるのよ」

「それで治まるならいいが、あの少年たちはそれでいいのか?」

「後でちゃんとケアしてるわよぉ。ま、何度諭しても同じことを繰り返しちゃうんだけどね」


「繰り返す、か……あの少年らはそんなにアスティのことが気に食わないのか?」

「魔法のこともあるけど、アスティちゃんがみんなに人気があるところにも嫉妬してるから……そうねぇ、結構根深い話かも」

「アスティが、人気?」


「ええ、同級生からもだけど、あの子は自分はお姉ちゃんだからと言ってて、結構面倒見が良くて、下級生を中心に人気なのよぉ」

「それは知らなかった。家だとわがままで甘えん坊なのにな」

「ふふ、家にいる子どもの姿と、外での子どもの姿はまるで違うから――さて」


 ローレはアスティたちと少年たちをちらりと見た。

「いつもならもう治まってるところだけど、今日はちょっと長引きそう。子どもたちだけで治まりそうにないなら、ここは先生の出番ね~」



 そう言って、ローレは対立するアスティと少年たちの間に向かって歩いていく。

 どうやら彼女の教育方針は、できるかぎり子どもたち自身で解決させる。だけど、どうにもならない場合は介入する――と、いった方針らしい。


 ローレは二つの陣営に声をかけようとした。

 だがその矢先、少年らは禁句を口に出してしまう。

 それは幼い時分にありがちな悪口。


「ま~た、アデルが味方してやがるよ」

「お前、いっつも女と一緒だよな。アスティとフローラにくっついてさ」

「もしかして、二人のこと好きなんじゃね?」

「てかさ、アデルって女なんじゃね?」


「「あはははは!」」


 この言葉を聞いて、俺は軽く片眉を動かす。

(これを子どもの頃に言われるとキツいんだよな。で、つい、そんなことないとか別に好きじゃないとか言ったりして、友達と微妙な空気になったり、そのあと遊びにくくなったり、距離ができてしまったりしてなぁ)



 自分もまた、少年時代に似たようなことを言われた覚えがあり、当時好きだった四つ年上の女の子を傷つけてしまった記憶を思い起こす。

 そのあと仲直りしたが、あの気まずさは忘れられない……。


 ローレもまた、その思いを知る大人のようで、すぐに二人の少年を注意しようとしたが――――アデルの毅然とした声が先んじる。


「なに言ってんだよ、友だちと仲良くするのはふつうのことだろ? それよりも、年下相手にムキになるお前らの方がダセーぜ」


 ローレは唇を動かすのを止めてクスッと笑い、少年らの方は言葉が続かず固まってしまった。

 

 俺は彼をこう評価する。

(友人を思う心、見事だなアデル)


 八歳にして、とても前向きで意志の宿る返答。

 挑発に乗ることなく非常に冷静であり、芯の強さと素直さを併せ持った、実に将来が楽しみな少年だ。

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