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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第一章 勇者から父として

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第20話 七歳の記憶・後編

――――その夜



「アスティ!?」

「はぁ、はぁ、はぁ、お父さん……いきがしづらくて、くるしい~」


 夕方までは微熱だったアスティの容体が急変。

 額に当てた手の甲が火傷を覚えるくらい熱が高くなっていた。


「くそ、なんで俺はあの時すぐに診療所へ連れて行かなかったんだ!?」


 後悔に自分の頭を殴るが、すぐに後悔を投げ捨ててアスティを背負う。

「アスティ、診療所に連れて行ってやるからな。ヒースに見てもらえばすぐにきついのもなくなる」

「……うん」


 家を飛び出して、背負ったアスティに負荷をかけず、それでいて最速で医者のヒースがいる診療所へ向かった。



――診療所


 ヒースとローレ家の隣にある木造の診療所。

 外壁は診療所らしく白色。屋根は緑。

 白の外壁にぽっかり浮かんだ木目が走る扉を拳で何度も叩く。


「ヒース! アスティが病気なんだ!! ヒース!!」


 返事がない! 深夜だからか!? ならば、住居の玄関に向かった方が――


 そう思った矢先、診療所の扉が開き、白衣を着たヒースが出てきた。

「いったいどう――ん、ヤーロゥか」

「ヒース、アスティの熱が下がらないんだ! だから――」

「落ち着け、ヤーロゥ。すぐにアスティを中へ」

「あ、ああ、わかった!」



 飛び込むように診療所へと入り、アスティを診療台の上に寝かせた。

 アスティは苦しそうに呼吸を行い、目を閉じたまま。

 眠っているのか? 気を失っているのか?


 アスティを診察するヒースの背中へ、俺は声を激しくぶつける。

「ヒース、アスティは大丈夫なのか!?」

「焦る気持ちはわかるけど、もう少し落ち着いて。症状はいつからなんだ?」

「朝は少しだるかったらしい。学舎から帰ってきたあとも調子が悪くて、少し熱があったが、夜になると急に熱が上がって――――何か悪い病気だったりするのか、ヒース!?」

「今それを調べてるんだけ、ど…………ふむ、いや、まさか……」



 ヒースは横長四角眼鏡の端を指でつまみ、何度もクイクイと動かしては細切れの言葉を漏らす。

 その曖昧な反応に、言い知れぬ恐怖を感じた俺はヒースの肩を強く掴んだ。


「ヒース! アスティは!?」

「安心しなさい。命に別状はない。それにこれは病気でもない」

「へ?」


「これは――――魔力覚醒だ」

「魔力、覚醒? それって、魔族特有のもので、魔力が体内で生成されるようになる前後に起こるやつだったよな?」



 魔力覚醒――魔族は魔法を使える準備段階に入ると体に変調が起きるという。


 ちなみに人間族の場合は、魔導球という球体を用いて、体内に眠る魔力核を人工的に活性化しないと魔法が使えない。

 

 これは道具を用いらずに、自然と魔法を使えるようになる魔族の方が、魔力に()けているという証明でもある。



 ヒースは魔力覚醒のことを知っている俺に対して感心の声を漏らした。

「へ~、詳しいな。人間族だと知らない人も多いのに」

「諸事情あって、魔族にはそこそこ詳しくてな。それで、アスティは?」

「さっきも言ったけど問題ないよ」


「だけど、こんな高熱だと体に負荷が……四十度は超えてるんじゃないか?」

「人間族にとってその体温は危険な数値だけど、魔族だと大した熱じゃないから」

「え、そうなのか?」

「魔族は人間族よりも丈夫だからね。だけど、今回のケースだと、アスティが幼すぎて熱にうなされることになったようだね」



 彼はそう言葉を置いて、額と胸元に半透明の塗り薬を塗った。

「この薬は魔力覚醒の際に発する熱を抑える効果がある。肌から吸収して魔力核の動きを抑制するんだ」


 と、説明している間にもアスティの呼吸は穏やかになり、スースーと小さな音を立て始めていた。

 俺は診療台に横たわるアスティをのぞき込む。


「本当だ。落ち着いたみたいだ」

 両手を診療台に置いて、全体重を預けつつ頭を垂れ下げた。


「はぁ~~~~、よかった~。何か、命に関わる病気じゃないかと焦ったぞ」

「ヤーロゥがここまで取り乱すのは珍しいな。良いものが見れた」

「茶化すなよ!」

「あはは、悪い悪い。ま、娘の一大事となれば焦るのも当然だよね。あとは一晩休めば落ち着くから」

「ああ、わかった。ありがとう、助かったよ」

「だけど……」



 彼はアスティの頭をそっと撫でてから、眉をひそめる。その様子におびえた俺は小さく問いかけた。

「何か、問題が?」

「魔力覚醒にしては……」

「ヒース?」

「あ、いや、魔力覚醒が起きても、すぐに大きな魔力が操れるようになるわけじゃない。でも、今後は魔法の勉強の準備をしておいた方がいいと思って」


 そう言って、再びアスティへ瞳を寄せるが、ひそめた眉はそのまま。

「ヒース、他に何か心配事があるんならしっかり伝えてくれないか?」

「え、いやいや、そういうわけじゃない。ほら、ただ、凄いなと思って」

「凄い?」

「通常、魔力覚醒が起きるのは十二・三歳前後。そうだというのにアスティはまだ七歳で……一概には言えないけど、魔力覚醒が起きる年齢が若ければ若いほど、魔法の素養があると言われているから」


「それじゃあ、アスティは将来大魔法使いになる可能性が?」

「それ以上だよ。大魔法使い・大魔導士・賢者。そう呼ばれる魔法使いたちでも、魔力覚醒が起きたのは精々十歳程度。そうだというのにアスティは七歳……僕が知るかぎり、これほどの若さで覚醒した者は一人しかいない」


「それは?」

「魔王ガルボグ様だけだ」

「――――!?」


 俺は寸刻とはいえ、体を固めてしまった。


 ――魔王ガルボグだけ……という言葉。



 瞳をアスティへ向ける。そして、その血の繋がりに嫉妬を覚えた。

(やはり、この子はガルボグの娘なんだな)


 愛情を注ぎ、大切に育てていても、魔王ガルボグとの繋がりには敵わない。

 そう感じてしまい、秘めておくべき感情が表面に出てしまった。



 しかし、ヒースはアスティに顔を向けていて、俺の様子には気づいていない。

 だから俺は、軽い口を叩いてその場を濁す。


「あはは、だとするとアスティは、将来魔王になれるほどの才能を持っているかもな」

「そうだとしたら凄い話だけどね。いやはや、とんでもない子だよ、アスティは」


 そう言って彼は、瞳だけをこちらにずらし、アスティの出自に対する疑問を瞳の奥に浮かべ、無言の問いかけを行うが、俺は肩をすくめる。


 すると彼は追及することなく、一度瞼を閉じて、次に微笑みを見せた。



「ともかく、命に別状はないよ。もちろん、後遺症が残ったりすることもないから」

「そうか、それは良かった」

「それで、今日は泊っていくかい? それとも――――」


「おとう、さん」


 アスティがうっすら目を開けて俺を呼ぶ。

 俺はすぐさまアスティのそばにより、頭をそっと撫でた。

「ここにいるぞ、アスティ」

「おとうさん、だっこ」


 と、言葉を零れ落とし、力ない指先で俺の服の端を引っ張る。

 俺はもう一度頭を撫でてから、アスティを両手で包むように抱き上げる。

 そして、ヒースにこう言葉を返した。


「落ち着いているようだし、連れて帰るよ」

「そうか。もう、大丈夫だと思うけど、気になることがあったら遠慮なく戻ってきて構わないからね」

「ああ、ありがとう。面倒をかけた」



 俺はヒースに礼を渡し、診療所の外に出る。

 抱き上げているアスティが、きゅっと俺を抱きしめてきた。

「お父さん……」

「どうした、まだつらいか?」

「ううん」

 アスティは俺の胸元にギュッと顔を押しつけて甘えてくる。


「それは良かった。じゃあ、おうちに帰ろうか」

「うん……あのね、おうちにかえったら、つめたいジュースがのみたい」

「そうか、わかった」


 そう答えると、アスティはさらに深く体を預けて甘える仕草を見せた。

 俺はそれに微笑みで応える。

(ふふふ、俺も幼いころ病気になると、妙に親に甘えることがあったっけ。普段はどんなに強がっていても、病気になると心細くて甘えちゃうんだよな……)


 信頼して体を寄せるアスティを、俺は力強くも優しく包み込むように抱きしめる。

(俺はこの子の親だ。アスティは俺の娘だ! たとえ血の繋がりがなくても、大切な娘なんだ!! だから、守って見せる。強く育てて見せる。この子が背負った宿命と血に、押しつぶされないように!!)



――――ヒース


 閉じられる診療所の扉。

 一人残るヒースは首を傾げる。

「症状は魔力覚醒そのもの……でも、覚醒したはずの魔力が僅かだけど消失しているような? 勘違い? いや、魔力覚醒を抑制する薬に効果があったから、覚醒で間違いない……この場に魔導専門のローレがいてくれたら、はっきりしたんだろうけど」


 傾げていた首を軽く横に振るう。

「ふぅ、七歳での覚醒。体力に見合わない発熱。早すぎる覚醒のせいで不安定なのかも。そういった症例もあったからね」


――ここから続く言葉を、彼は顔をくしゃりと歪め、唾棄するように吐き出す。

「ああ、あった。僕が所属していた組織で、強制的に魔力覚醒を引き起こされた子どもたちの実験で……くそ、忘れていたかったのに。嫌なことを思い出してしまった」

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