第19話 七歳の記憶・前編
――七歳・夏
レナンセラ村に住み始めて、七年の月日が流れた。
この村の謎に関して相変らずリンデン村長は口を閉ざしたまま。
もう、十分な信用を得ていると思うが……こちらから問いかけてくるのを待っているのか?
それとも、彼はアスティに血筋に勘づいており、慎重を期しているのか?
それを知るために俺から強く問いかけても良いのだが、アスティのことを考えると尻込みしてしまう。
下手な考えがこの子を危機的状況へ追いやってしまうのではないかと。
だから、ここは尋ねるのではなく、自分の足を使って村の謎を追う方が良いだろう。
といっても、やはりアスティのことを考えると、村から遠く離れることはできないので大したことは調べられないが。
それでも俺が調べた範囲でざっと語ろう。
この難攻不落の絶壁に囲まれた東方領域の最東端内部には、三つの村がある。
まずは俺たち住んでいる、まるで要塞か前線基地かと思わせるような防御力に特化したレナンセラ村。
その村から南に位置する鉱山の町『モナチカ』。
ここで産出された鉱物を生成して絶壁の外――外界に向けて売っているのだが、その量は雀の涙程度。
これは別に産出量が少ないからというわけではない。むしろ豊富だとジャレッドは話していた。
おそらく、ここに豊富な資源が眠っていることを外界に知られるのは危険だと判断し、必要最低限の量だけを売りさばいているのだろう
そうなると、豊富な資源とやらは何に使われているのやら……?
もう一つの村は、レナンセラ村より西にある農業生産を中心に置いた『アランセラ村』。
このレナンセラでも農業を行っているのだが、アランセラはその規模が桁違いだそうだ。
そして、その収穫の一部を外界との取引に。残りは備蓄しているというが……?
戦闘訓練を行い、防御に特化したレナンセラ。
鉱山資源が豊富なモナチカ。
食糧生産が潤沢なアランセラ。
――――この組み合わせ、どう見ても大規模戦争に備えたものに見えるが……?
リンデン村長以下、各村々の重鎮は外界に打って出るつもりなのだろうか?
何のために? 人間族と魔族が共に暮らせるという思想を広げるため?
だが、七年間過ごした感想としては、その思想はこの最東端内だけで完結しているようで、強く外には向いていない。
では、何のための武装……? 何を隠している?
彼らの秘匿とする内容には大いに興味をそそられるが、アスティに大事がないかぎり様子見を継続するとしよう。
――――自宅
学舎から帰ってきたアスティはあれほど大事にしていたオレンジ色の鞄を椅子にポイっと投げて、汗だくのまま床に大の字になって寝転がった。
炊事をしていた俺はその様子を横目に見る。
「あつ~い、もう夏きら~い」
「こらこら、アスティ。鞄を放り出さない。床に寝転がらない。早く片付けて」
「もう、うるさいなぁ~。ちゃんとかたづけるって」
「あと、帰ってきたら手洗いうがい。それとしっかり水分も取る。あとは汗を拭くか水風呂でも浴び――」
「もう、わかってるって! お父さん、しつこい!」
反抗期にずっぷり浸かっているアスティは注意すると必ず口答えをしてくる。
その様子を見て、俺は自分の子ども時代を思い出す。
(俺もこのくらいの頃は結構口答えしてたなぁ。そのたびに親父から容赦なくぶん殴られてたっけ……息子ならもうちょい雑に扱うところだが、娘となるとどう叱ったものか)
男親と娘の距離感に悩みつつも、もう一度だけ注意を行う。
「とにかく、ちゃんとして。そしたら冷たい果実の飲み物を用意してやるから」
「ほんと!? じゃあ、かたづける!」
現金な娘は床から飛び上がり、オレンジ色の鞄を椅子から奪い取って、てきぱきと筆記用具を片づけ始めた。
俺は軽く頭を抱える。
「調子のいいやつだなぁ。とはいえ、俺も物で釣るのはいかんよなぁ。さてさて、どう指導したもんか?」
げんこつはダメだとしても、叱りつけるくらいはした方がいいのかもしれない――が! それで娘から嫌われたらどうしようという、情けない心がそれを躊躇させる。
勇者時代はあんまり好感度なんて気にしてなかったんだけどなぁ……むしろ、あの時代こそ、もっと気にすべきだったんだが。
過去はさておき、片づけを終えて、水風呂を浴びて汗を流し、短パン姿にシャツというラフな格好をしたアスティが戻って来た。
一風呂を浴びてすっきりしたはずだが、何やら体をふらつかせている。
「どうした、アスティ? 調子が悪いのか?」
「う~ん、ちょっと。今朝から少しだるかったけど、ひどくなっているような?」
「ここ連日、暑い日が続いたからな。夏バテかもしれない。冷たい果実の飲み物を飲んだら、今日は家でゆっくりしてなさい」
「え~、このあとフーちゃんとアデルとあそぶやくそくしてるのに~」
「倒れでもしたら大変だろ」
俺はアスティのおでこに手を当てる。
「少し熱っぽいな。二人には俺が話しておくから、今日は休みなさい」
「でも――」
「アスティ」
「うっ……わかった、あきらめる」
俺の一睨みが効いたのか、アスティはいつものような口答えもわがままも言わず素直に受け入れた。
こんな感じの注意だと聞くようだが、毎度毎度脅しじみた睨みつけを行うわけもいかないし……難しいな、子育てってのは……。




