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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第一章 勇者から父として

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第17話 五歳の記憶・後編

――――森



 アデルに案内され、俺とジャレッドはアデルが指差す先を見上げる。そして、互いに間延びした声を出した。

「「あ~~」」


「うわ~ん、おとうさ~ん」

「たすけて~、たかくてこわい~」


 アスティとフローラは二人して、高い木の上で枝にしがみついている。

 どうやら、木登りをしていて降りられなくなったようだ。

 俺は木の枝の状態を見る。


 年がら年中葉が生い茂る常緑樹で、しがみついている枝の部分は太く、子どもの体重なら問題ない。

 高さは3mほどだが、二人がいる場所は安定しており、下手に動かなければ落ちることもなさそうだ。


 俺は二人の姿を目にして、小さく言葉を漏らす。

「木登りをしてて、降りられなくなるとは……猫かな?」

「にゃぁぁあぁぁ!」

「ニャア! ニャア!!」


 アスティとフローラは悠長に構えている俺に向かい猫真似で抗議の声を上げた。あの様子だとそこまで怖がってはいないようだ。

 ここで俺は、ふと、アデルへ視線を下ろす。


「アデルは登ろうとしなかったのか?」

「うん、だってあぶないもん。それなのにあのふたり、のぼっていっちゃうんだもん」

「そうか……」



 再び、木を見上げ、フローラへ視線を移す。

(なんでフローラが登ってるんだ? 登るならアスティとアデルという組み合わせがしっくりくるが。この三人、幼い頃と役割が変わってるな)


 二歳の頃、アスティとアデルはスコップの取り合いをして、フローラに(たしな)められていた。

 三歳の頃、アスティはアデル相手にシャワーごっこをしていて、アデルはそれに従い、フローラは自分の世界で一人遊びをしていた。

 四歳の頃には、親を思うアスティの涙に共感を覚え、三人で泣いていた。



(で、今回はアスティとフローラがやんちゃして、アデルが止め役に回った、と。幼い子というのは幼い頃からなんとなく役割が決まっているのかなと思ったが、そうでもないんだな。これから先、この子たちはどんな関係を――――)


「にゃああああああ!」


 アスティがひときわ大きな声で鳴いた。思案に耽っている場合ではなさそうだ。

「わかったわかった、すぐに降ろしてやるから」

「にゃ!」


 瞳を縦にして催促を促すアスティへ、俺はひそめた眉をぶつける。

「降ろしたら、こんな危ない遊びをしたお説教だぞ」

「にゃう!?」

「にゃふぅ」


 アスティとフローラは体をこじんまりにして情けない声を漏らした。その様子はまさに怒られてしょげる子猫そのもの。



 俺はそんな二人に気づかれないように小さな笑みを生む。

(本当に大きくなった。五歳ともなると色んな事ができて、あちこちに行けるようになるから今度から気をつけておかないと)

 今回は大怪我をしなかったが、次はどうなるかわからない。

 だから、お説教だけは後でしっかりやっておくとしよう。


「よし、助けるとするが……大人が登ると枝が折れるな」

「ヤーロゥ、俺がはしごを持ってこようか?」

「いや、取って戻ってくるには時間がかかりすぎる。かといって、俺の浮遊魔法じゃ細かい調節が利かないからな。仕方ない。二人とも、動くなよ!」



 言葉を強く出す。

 それに二人は身構えて体を固めた。二人とも、今から何が起きるのかわかっていないが、今の言葉が大事なことだとしっかり理解して対処している。

 我が娘と友人は賢い……後先を考えずに木へ登った行為についてはどうなんだということは忘れるとして……。


 俺はジャレッドにナイフを借りる。

「ジャレッド、ナイフを貸してくれ。俺のは刃こぼれをしているから」

「ああ、いいぜ。だけど、何をするつもりだ?」

「こうするつもりだ、フンッ!」

 

 受け取ったナイフを素早く振って真空の(やいば)を生む。

 見えない(やいば)はアスティとフローラがしがみついてた枝の根元を切り落とす。

 俺は同時に飛び上がり、枝ごと落ちかけた二人を抱きしめ、地面へ衝撃も残さずふわりと降り立った。

「よし、救出完了。二人とも怪我はないか?」

「……うん」

「……はい」


 急な出来事に驚いているようで、二人の返事はおぼろ。

 俺は二人を地面に降ろす。


「さて……いいか、二人とも大人がいない場所で木登りなんて危ないことを――」

「お父さん、いまなにしたの!?」

「ヤーロゥさん、なにしたの!?」

「おじさん、いまのなに!?」


 アスティにフローラ、さらにはアデルまでもが加わり興奮気味に声を出す。

 その熱に押されしまい、俺は説教を忘れて言葉を返す。

「あ、いや、ナイフで真空の(やいば)~~、じゃわからないか。え~っとな、ナイフで見えない(やいば)を作ったんだ」

「みえない!?」

「すっごい。ママみたいにまほうをつかってないのに!?」

「おじさん、かっこいい!!」


「そ、そうか?」

「すごいすご~い!! おとうさん、すご~い!! やりかたおしえて!」

「ヤーロゥさん、すごい! まほうじゃないのにあんなことができるなんて!! わたしもしりたい!!」

「二人ともずるいよ! おじさん、ぼくにもおしえてよ!! ねぇねぇ、おしえてよ~!!」



 三人は俺に抱き着くようにおしえておしえてとせがんでくる。

 これには参ったと俺は頭を掻いた。

 そこにジャレッドの笑い声が届く。

「あはは、大人気じゃねぇか」

「はは、そうだな。だけど、説教のタイミングを失っちまった」

「俺もアデルに子どもだけで森に行くなと言わにゃならんのだが……まぁ、俺たちがせずとも問題ないだろ」

「……それもそうか」


 アスティ・フローラ・アデルがすごいすごい、おしえておしえてと合唱を行う。

 しかし、その合唱も村に戻ってカシアとローレに会うとぴたりと止まり、代わりに泣き声が村中に響いた。


「三人とも!」

「危ないでしょ!!」


「「「ご、ごめんなさ~い!!!」」」

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