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元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第一章 勇者から父として

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第16話 五歳の記憶・前編

――五歳・冬



 レナンセラの村に、冬の到来を告げる初雪が綿のようにふわりふわりと舞い落ちる。

 俺とジャレッドは本格的な冬に備えるために狩猟隊を率いて、雪化粧を纏った森の中を歩み、大イノシシ狩りに出ていた。

 大イノシシとは、通常のイノシシの五倍の大きさはある化け物イノシシだ。


 若い狩人たちが光を(またた)かせて音を発する魔石を使い、イノシシを追い立て誘導する。


 細い岩に囲まれた道にイノシシを追い込んだところで、ジャレッドたちが弓をつがえ、一斉に矢を放つ。



――だが!?


 無数の矢がイノシシに当たる直前、風が逆巻き弓矢を逸らす。

 その様子を見たジャレッドが激しく舌を打った。


「チッ、風の魔法だと!? 魔物になりかけの大イノシシだったか! ヤーロゥ!」


 彼の大声が、木枯らしと共に俺の鼓膜を震わす。


「ああ、問題ない」



 岩に巨体をぶつけ砕き、細道を大道に変えて抜け出そうとした大イノシシの真正面に俺は立ち塞がった。

 大イノシシは怒りに(たけ)る赤黒の瞳で俺の姿をとらえると、風の刃を生み、それら刃鎧(やいばよろい)として俺に突っ込んできた。


「ぶももももも!!」

「なかなか良い手だ。獣でなければ轡を並べて戦うのも悪くはない――が、お前さんは大事な冬ごもり用の食糧なんだ。もらうぞ、命!」


 俺は腰に差していた狩猟用のナイフを抜いて、風の刃を切り裂き、そのまま大イノシシの心臓を穿つ!


「ガウッ!?」

 短い断末魔。それが閉じると巨体よりナイフを引き抜く。

 すると、物言わぬイノシシは巨体を地面へ落とし雪埃(ゆきぼこり)を舞い上げた。

 俺は息絶えたイノシシを見下ろし、次にナイフを見つめる。

 ナイフの刃の一部が欠けている。


「ふむ、さすがにナイフだと風の魔法を切り裂きつつ、大イノシシの心臓を穿つのは無理だったか」

「無理だったか、じゃねぇよ。なんでナイフでそんなことができんだよ……」



 驚き半分、呆れ半分の声を交えてジャレッドが歩み寄ってくる。

 彼の後ろには手練れの狩人たちに、若い見習い狩人たち。

 若い狩人たちがやんややんやと騒ぎ立て始めた。


「す、すっげぇえぇ。大イノシシを一撃かよ!」

「しかも、魔物になりかけの大イノシシだぜ!」

「二十年以上生きた獣の中には、魔法を使えるようになる奴がいるって聞いたが、マジだったんだなぁ」

「でもさ、今回の仕事、俺たちいらなかったんじゃ……?」



 この声に手練れの狩人たちが怒鳴り声をあげた。

「馬鹿野郎! 一人に頼ってたらいざってとき困るだろうが!!」

「俺たちは共同体だ! 全員が役割を果たして狩りをしてんだぞ」

「無駄な経験なんてねぇんだ! ヤーロゥにだけ面倒掛けちまったことを反省して、次に活かせ!」

「俺たちも今回のミスを反省して次に活かすつもりだからな。帰ったら反省会だ!!」


 最後の声に若い狩人たちは「うへぇ~」と声を上げて、手練れの狩人たちのゲンコツが彼らの頭に落ちている。



 俺は彼らの様子を見て小さな笑いを立てた。

「あはは、一人で先走りすぎたかな?」

「なに言ってんだ? ヤーロゥがいなけりゃせっかくの肉に逃げられるところだったんだぜ」


 そう言って、ジャレッドは俺の背中をバンバンと二度叩いた。

 そして、丸太のように太い腕を俺の首に回す。

「いや、マジですげぇわ。俺が傭兵をやってた頃でも、お前ほどの腕を持った戦士には会ったことがねぇ」

「俺も、ジャレッドほど腕の立つ傭兵は知らないよ。活躍していた場所が全く違ったんだろうな」


 これはお世辞ではなく、本当に彼の腕を評価している。

 もし、彼が魔族との戦いで前線の部隊を率いてくれていたら、どれだけ戦争が楽だったか……。



 その彼は黒色の瞳で大イノシシを見つめ、小さく呟く。

「剣の腕だけじゃなくて、各種武具・武技も使える。魔法も使え、その上使える属性は全属性。魔力値は魔法使いのローレが驚嘆するほど。そして、博識で頭も切れる」


 彼は瞳をこちらへ向けて消え入るような声を漏らすが、すぐにそれに謝罪を付け足した。

「ヤーロゥ、お前は一体? まさかとおも――おっと、今の無しだ」


 過去を問わない――それがこのレナンセラ村の不文律。

 そのことは彼も十分わかっているが、疑問を声として表せずにいられなかったようだ。

 俺は軽く頬を掻いて、心の中だけで苦笑いを浮かべる。

(これでも実力を抑えているんだが足りなかったか。せめて魔法は使えないにしておけばよかったな)


 

 長い付き合いともなれば、何ができて何ができないを隠すのは難しい。

 だから最初からできることを全て開示しておき、できる度合いを低く見せているつもりだったが、それでもジャレッドが思わず声に出してしまうくらいに過ぎた力だったようだ。

 

 後悔は先に立たず。

 いまさらあれはできませんこれはできませんとはいかないので、何とか誤魔化していくとしよう。

 ジャレッドはすでに頭を切り替えて、狩人たちに号令をかけていた。


「よっしゃ、大イノシシを村へ持ち帰るぞ! こいつを保存食としておけば、冬は十分に越えられる!」

「ジャレッド、そいつぁ、俺たちがやっとくから、お前とヤーロゥは先に帰っててくれ。子どもが待ってるだろ」

「お、いいのか?」

「ああ、構わんぜ。まっすぐ帰れよ、ジャレッド。じゃねえと、カシアからぶっ殺されるぞ」

「うるせいよ! んじゃ、ここはこいつらに頼んで俺たちは先に戻ろうぜ、ヤーロゥ」

「ああ、そうだな」



 ジャレッドはそう言って、村へと足を向ける。

 彼の揺れる巨体を後ろから見つめ、俺は謝罪を心に広げた。

(すまないな、ジャレッド。俺はお前を友だと思っている。だが、過去の一欠けらも渡すことはできない。その欠片が真実に届き、アスティを……魔王の娘であるアスティの身を危険に晒す可能性があるから)




――レナンセラの村・手前の森


 村へ着く直前、アデルが駆け足でこちらへ向かってきた。

 てっきり父親のジャレッドを迎えに来たのかと思いきや、何やら焦った様子を見せている。


「とーちゃん、おじちゃん!」

「おう、どうしたアデル?」

「とーちゃん、ちょうど、おとなのひとをよびにいこうとしてたんだ。あのね、アスティとフローラが――――」

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