第13話 二歳の記憶
――――二歳・春
真っ白な雪たちに二つ年の誕生を祝福されて、暖かな春へと送り出される。
この頃になるとアスティは俺が話す長い言葉を理解できるようになり、また、片言だが言葉を話せるようになった。
俺は来月から始まる畑仕事の準備を早めに切り上げて、アスティと一緒にお昼を取ってから、散歩へ出かけた。
赤地に白い水玉模様のワンピースを着たアスティの頭をなでる。
赤黒だった髪の毛量は増えて、今は肩まで届くミディアムヘア。髪色は黒の色素が弱まり、赤の色素が濃くなっており、僅かに残る黒が赤を引き立てる。それは絹のように柔らかく艶やかな深紅の髪色。
ウサギのぬいぐるみを抱えたアスティの目の前を、大きな農耕馬がゆっくりと歩いていく。
アスティは小さな人差し指を向けて、こう言葉を生む。
「おとうさん、うま」
「ああ、お馬さんだね。大きいね」
「おっきい。しっぽゆれる」
「ふさふさのしっぽで柔らかそうだな」
「ふさふさ?」
「お馬さんのしっぽには毛がいっぱいあるだろ。あれがふさふさ」
「ふさふさ、ふさふさ……ふさふさ~!」
音の響きが気に入ったのか、アスティは魔族の特徴である幼い牙をきらりと輝かせながら両手を上げてふさふさ、ふさふさと言葉を楽し気に繰り返す。
だけどそれをすぐにやめて、今度は道端で寝ていた猫を指さした。
「にゃん!」
「にゃんにゃんだね」
「ちがう! にゃん!」
どうやらアスティにとって猫はにゃんにゃんではなくにゃんらしい。
最近は強い自我が芽生え始めているのか、自分の主張をしっかりしてくるようになった。
だが、それにより、お友達であるアデルやフローラとぶつかることも……。
ある日のこと、アスティ・アデル・フローラが公園の砂場で砂遊びをしていた。
アスティは水を少し含んだ砂をスコップでぺちぺちと叩きながら、何やら形を整えている。
それをじ~っと見つめているのはアデル。
この子は母親であるカシアの青い髪と父親であるジャレッドの黒い瞳を受け継いでいて、見た目はスマートなカシアに似ている。
だが、もしかしたら将来、ジャレッドのような筋肉がよく似合う大男に育つ可能性も。
アデルは何かを作っているアスティへ話しかけた。
「あすてぃ、それかして」
「イヤ! まだできてないもん!」
「かしてぇえぇ~、かしてぇえ!」
「い~や~!」
二人は互いに譲ることなく、スコップの奪い合いを始めてしまった。
すぐさま止めに入ろうとした俺の袖を、隣にいたカシアがそっと引く。
彼女の隣にいるローレが小さく指をさす。
指の先にはフローラ。
フローラはミニローレと言っていいくらいに見た目はローレにそっくり。綿あめのようなふわふわのオレンジ色の髪に青い瞳。
服装はアデルの短パンとシャツというシンプルな服装とは対照的で、ローレと同じようにフリルのついたドレスのような姿。
その姿で砂遊びをするとあとで洗濯が大変そうだと思うが、可愛らしさを優先しているのだろう。
ともかく雰囲気と見た目は母親のローレにそっくり。父親であるヒースの要素はオレンジ色の髪色と、ちっちゃな唇に見え隠れしている牙くらい。
牙は魔族の特徴。だが、フローラは人間族と魔族のハーフのためアスティの牙よりも小さく、耳の方はまったく尖がっていない。
そのフローラは喧嘩を始めてしまったアスティとアデルに向かって大きな声を上げた。
「めっ!」
二人はびっくりして体を固めてしまう。
フローラは二人を交互に見て、アデルに話しかけた。
「あーちゃんはケーキつくってるの。だから、まって」
「でも、ぼくもつかいたい!」
「ケーキできたら、あーちゃんかしてくれる。ね、あーちゃん?」
「うん、いいよ。ちょっとまって」
俺は三人のやり取りを見て、感心しきりに腕を組む。
「もうコミュニティが生まれて、こうまで個性がはっきりしているんだな」
「あはは、そうみたいだね。私たちが幼い頃はどんなんだったかねぇ? 覚えてないや」
「私は覚えてるよ。いっつも意地悪してくる男の子がいて、その子の背中に虫を入れて潰してたなぁ」
フローラの少し怖い思い出話には触れず、俺とカシアは話題を逸らす。
「ああっと、悪いなカシア、アスティがわがまま言って」
「そんなことないさ。わがままを言っているのはアデルの方だし。最近は口答えばっかりなんだよ、あの子は」
「そうねぇ、この頃になるとわがままやイヤイヤをよくするようになって大変よねぇ」
共通の悩みを抱える親として、俺たちは互いに小さな笑いを漏らした。
そうこうしているうちにアスティはケーキを作り上げたようで、それをスコップで切り分けている。
「ひとつ、ふたつ、みっつ」
それを見ていたカシアが驚いた声を上げた。
「もう、数を数えられるんだ」
「ああ、みっつまでならな」
「凄いね。アデルは『いち』で体が止まっちゃって動かなくなるよ」
「なに、子どもの成長早い。すぐにでも数えられるようになるんじゃないか? ローレ、フローラはどうなんだ?」
「それがね、数えることはできるんだけど、ちょっと妙で……」
「妙?」
「三を数えるのに指を折りながら、いち、いち、さん! って感じなのよ。いっつも二が行方不明。五を数えるときは、いち、いち、さん、よん、ご! って」
「なかなか独特な感性を持っているな。でも、ちゃんと数えられているんならいいんじゃないか?」
「そうかなぁ、他の子と違うって不安なのだけど……あ、アスティちゃんが切り分けたケーキを配ってるみたいよ」
声に促され、俺たちはアスティたちへ顔を振る。
アスティは水で固めた砂のケーキを崩さないように、そっとアデルとフローラへと動かす。
「はい、あでるとふーちゃんの」
「ありがとう、あーちゃん!」
受け取ったフローラは喜びを体全身で表してピョンピョン飛び跳ねる。
一方、アデルはというと、ケーキを見て面を食らったような態度を示していた。
アスティはアデルの様子が気になり、不安そうにのぞき込む仕草を見せた。
「あでる、いらない?」
「ううん! いる! ありがとう、あすてぃ!!」
アデルは少し涙ぐみ力いっぱいのお礼を言葉に表した。
あの子の様子から、まさか自分のためにケーキを作っていたとは思っていなかったのだろう。
だから、びっくりして固まってしまった。でも、自分のためだとわかり、嬉しくて瞳を潤ました。
二人の喜びようにアスティもうれしそうに笑う。
そして、スコップをアデルに差し出す。
「はい。いじわるして、ごめん」
「ううん、ごめんはぼく。ごめん、あすてぃ」
アスティもアデルも我は強いが素直でとても良い子だ。
フローラは喧嘩になりそうになった二人を止めることのできる出来た子だ。
アスティは良い友達に恵まれた。
このままこの子たちと一緒に成長していけば、二人から良きを学び、立派に育ってくれるだろう。
ああ、願わくば、アスティがずっと娘であってほしい。
だが、時が来れば話さなければならない。
俺が実の親ではなく、アスティが王家の血筋を引く魔王ガルボグの娘であることを……。




