表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~  作者: 雪野湯
第一章 勇者から父として

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/100

第11話 0歳九か月~十二か月の記憶

――――0歳九か月~十か月


 

 毛量も増えて、産毛だった赤黒の毛がはっきりわかるようになってきた。

 キラキラの黄金の瞳と合わさり、将来、絶対美人になるぞと確信する。親バカと言われようとかまわない!



 アスティは病気もなくすくすく育ち、ついに! ハイハイができるようになった。

 最初は床にべったりと這うような感じだったが、それもつかの間、すぐに両手を前に置き、膝を上下に動かして移動できるようになった。

 

 出会った当初は首もすわらず、一日の大半を眠っていて、村に訪れてからは座るのがやっとで自分で移動できなかったアスティが、自分の意志で好きな場所へ移動できるようになった!


 その感慨もひとしお。


 ただ、ハイハイができるようになったというだけで涙が浮かぶ……が、涙を浮かべている暇なんて全くない!!


 あちらこちらに移動できるようになったのがうれしいのか、部屋中を動き回り、常に見張ってないと危なかっしくてしょうがない。


 だから、アスティが怪我をしないように、危なそうなものは全部部屋から撤去する。

 特に床は念入りに。何かを踏んで、ハイハイしている小さな手や足を痛めたら大変だからな。


 

 塵一つない部屋で俺はボールを手に取り、それをアスティの元へ転がす。

 するとアスティはそれを追いかけてボールを手に取り――明後日の方向へ投げ飛ばす。なんでだ?

 アスティを呼ぶ。

 アスティは俺の元へとハイハイで駆け寄ってくる。

 アスティは自分のことをしっかりアスティだと認識している。



 すぐわかる場所に隠れて、アスティを呼ぶ。

 アスティはきょろきょろとして、俺の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってくる。


 ご婦人二人のアドバイスによると、こうやって遊びを通して赤ん坊の身体機能を鍛えるんだそうだ。

 ま、そんな理屈なんてなくても、アスティと遊んでいる時間は俺も楽しくてしょうがないがな。



 そのご婦人二人――カシアとローレとそのお子さんたちと一緒に村の公園へ向かう。

 小さな公園だが、砂場と太い木の枝にぶら下げたブランコくらいはある。

 アスティを膝に乗せてブランコに揺られ、風切る心地よさを感じさせる。砂場では、さらさらとした砂の感触や水を含ませた砂の感触の違いなどを感じてもらう。


 太陽の下で、世界にはやわらかなもの、かたいもの、ふわふわしたもの、ぬるぬるしたもの、べとべとしたものと、色んなものがあることを学ばせていく。



――0歳十一か月


 胡坐をかき、その上にアスティを乗せて絵本を読む。

 アスティは絵本の絵をじっとみつめて、俺の読む物語に耳を傾ける。

 もちろん、まだまだ言葉の意味など理解していない。

 でも、絵本の絵を通じて、そこにとても楽しげな世界があり、それを教えてくれるているんだということは理解している。

 

 カシアとローレの子であるアデルもフローラもそうだが、何故か俺に絵本を読むようによく催促してくる。

 二人とも言葉の意味は分かっていないが、それでもアスティと同じように絵本の物語に思いを馳せて楽し気に心を躍らせる。



 カシアとローレはこう言っていた。

「子どもたちはヤーロゥの声にどこか安心感を覚えるんだろうね」

「私たちが聞いていても、なんだか守られてるような……いえ、守ってくれるような感じがするからねぇ」


 誰かを守る……勇者時代に手にした能力だろうか?

 戦場では戦う姿だけではなく、一挙手一投足の全てに意思を乗せる必要があった。

 特に困難な状況では……。

 そこで最も重要なのは声だった。


 戦う姿は、近き者の目に寄るが、遠くの者には届かない。だから、音に聞かせる。

 声に思いを乗せて、伝える。



 それと同じように、絵本の物語に思い乗せてこの子たちに読み聞かせる。

 絵本の世界はどんな世界で、どんな思いが広がっているのかを……。

 


 まさか、戦場で培ったスキルが子育てに役に立とうとは。

 血に(まみ)れた世界で生まれた力が、命を育むための力になっている。

 世界とは、不思議なものだ……。


 それを気づかせてくれたのはアスティたち。

 俺は赤ん坊から多くを学ぶ。

 

 それは十五年間、勇者として学んだこととは全く別の事。

 戦い方や振る舞い方や政治のやり取りなどではなく、か弱く小さな命にどう接するべきかという誰もが学ぶべき当然の事柄であり、必要な学び。


 

(俺は力尽くで解決することが多かったからなぁ。今のように、誰か一人のために優しさを向けることも時間を使うことも許されなかった)


 多くを救うことが使命である勇者。国家や種族を守る象徴である勇者。

 そこから零れ落ちた者たちを見捨てる選択を取らざる得ないときもあった。

 

(魔族たちから守るために仕方ない。そして、他に選択肢もなかった。とはいえ、本当に手を差し伸ばさなきゃならない、弱き人々を見捨てる勇者ってのはなんだろうね)


「ああ~、う?」

 アスティが俺を見上げて首をひねっている。

 アデルもフローラも同じくじっと見つめてくる。


「ああ、悪い悪い、続きだったな」


 俺は絵本を読む。三人の小さな赤ん坊たちのために……。




――0歳十二か月



 アスティが壁に手を当てて――――――――立った!?

 そして、俺に向かって「きゃいきゃい」と笑い声をあげる。


「おおおお~、ついに立てるようになったのか! ハイハイをし始めたと思ったらあっという間だな!」

「だ~だ~」

 

 アスティが壁から手を離してこちらへ来ようとする。

 だけど、すぐにバランスを崩して、両手を床についた。

「アスティ、無理をするな。ゆっくりでいいからな~。怪我でもしたら――」

「だ!」


 アスティは諦めず、床から手を離して、ふらふらしながらも起ち上がろうとしている。

「おおっ、立つのか? 壁もないのに」

「だ! ふんす!」


 胸を反らせて立つ。しかし、頭を後ろに持っていきすぎて、後ろに倒れそうになってしまう。

 それを慌てて支える。


「あっぶな! 大丈夫か、アスティ?」

「だ!」


 アスティが小さな手で、俺の二の腕部分をぺちぺち叩く。

「お、余計なお世話ってか? 負けん気が強い子だな。わかった、手を離すから自分で立ってみろ」

「だ~だ!」


 俺が手を離すと床にぺたりと座り込み、そこから再び立ち上がろうとする。

「うううう~」

「お、がんばれ! 行けるぞ!」

「ううう~、だ!」

「おおおお!」


 ついに、アスティが自分の足で立つことに成功した!!


「やったな! アスティ!」

「ふんすっ!」

「あはは、得意げだな。さぁ、こっちに来れるかな! はい、右足、左足、転ばないように~」


 アスティは掛け声に合わせてゆっくりと足を動かすが、そのたびにバランスを崩しかけてなかなかうまくいかない。

 だけど、ハイハイの時と同じように、すぐにでも自由に歩けるようになるだろう。




 俺は部屋を見回しながら、呟く。

「目線が高くなって高いところにも手が届くようになるから、危ない物に触れないように気をつけないとな。あとは~」


 お気に入りの木製の鳥のおもちゃへ目をやる。

「紐をつけて車輪でもつけてあげようか? いや、下手にいじると嫌がるかな? それとも新しく……そういや、ウサギのぬいぐるみがカシアの店にあったな。鳥じゃないが、それをプレゼントした方がいいか。そろそろ誕生日も近いし」


 誕生日は完全に目算だ。

 女性剣士からアスティを預かったのが生後三か月と決めて、そこから九か月経って今は十二か月。だからそろそろ一歳。


「どんどん成長していくから、これを機に赤ん坊の服から女の子らしい服も用意した方がいいかな? いやいや、まだ気が早いか? あはは、どうしたもんかなぁ?」


 アスティのことを考えると自然と頬が緩んでくる。

 その姿を見たアスティもうれしいそうに笑う。


 勇者時代に得られなかった安息がここにある。

 このままずっとこの安息が続いてほしいが……だけど、いずれ真実を…………いや、それはまだまだ先の話だ。今はまだ、この安息に身を委ねておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ