5時間目 いつも隣に私のアバター(2)
理事長実果の話を聞いて、こくりがやって来たのは牡丹寮。
牡丹寮は芍薬寮と違い、全部の部屋が個室では無く二人部屋の寮であり、何かに怯えている少女がいる場所である。
何故こくりが被害者のいる場所が分かるのかと言うと、それは更衣室に出た変異体の妖を退治した当時に、結果的には妖だった変質者を見た生徒が誰なのか聞いていたからだ。
こくりは牡丹寮に辿り着くと、牡丹寮の寮長先生に許可を得て、真っ直ぐとその生徒の暮らす部屋へと向かった。
「花音、可愛らしいお客様が来たわよ」
そう言ってこくりを部屋の中に招いたのは、実果が言っていた何かに怯えている少女と同室の少女で、名は優月。
そして、優月が今言ったように、お目当ての少女の名は花音だ。
こくりは部屋の中に入ると、本当に何かに怯えるようにして、部屋の隅っこで布団にくるまっている花音を見た。
花音はビクリと体を震わせてから、こくりと目を合わせると安心したような表情をして、直ぐに何かに怯えだす。
「はあ。ごめんなさいね、君。花音はこの通りで、最近はあんな感じで怯えているの。おかげであそこからずっと動かなくて、ご飯を食べる時だって、わざわざ私があそこに持って行かないと食べないんだから。本当に困ったわ」
「何に怯えているんですか?」
「残念ながら分からないわ。先生にも相談はしてるんだけど、誰にも話さないのよ。この間なんて、ご両親に来てもらったんだけど、それでも動こうともしないし全然駄目だったわ」
花音の怯えっぷりは予想以上の状態で、優月もどこか疲れている顔で説明した。
それを聞くと、こくりは相変わらずの眠気眼な無表情で花音に近づいていく。
「こくりはこくりです。お姉さんを助けに来ました」
「あなたが私を助けに? そんなの無理よ! 絶対無理!」
「どうしてそう思うんですか? こくりはつよつよなので大丈夫です」
「お嬢ちゃんには分からないのよ! 私に近づかないで! 私に関わると、きっとあなたも巻き込まれて殺されるわ!」
花音は理由を言わずに叫ぶだけ。と、ずっとこの調子らしく、優月も困ったように顔を曇らせて説明した。
しかも、巻き込まれるだとか言うわりには、優月が部屋から出て行くと泣き叫ぶとの事。
殺されると言うけれど、何に命を狙われているのかも説明しない。
誰かを巻き込みたくないとも言うけど、一人は不安だからいてほしい。
だから、怯える花音が優月も心配で下手に部屋を出られない。
花音の精神はそんな不安定な状態で、なんとも面倒な事になっていた。
「ありがとうございました」
「いいのよ。気をつけて帰ってね」
結局こくりは怯える花音を見ただけで情報を得られず、部屋を出て更衣室に向かう事にした。
何故なら、更衣室の妖は既に退治した後だけど、それでも何かの情報が得られるかもしれないと思ったからだ。
因みに、こくりを追って理事長室を飛び出したお狐さまは、こくりとは別で百合寮に向かってしまっていた。
理由はお狐さまの情報がこくりより多かったせいだ。
お狐さまはこくりと違って、ちゃんと話を最後まで聞くので、こくりより被害者が何人いるのかの情報もたくさん持っている。
その為、こくりの知らない情報も多くて、実は被害者が一番出ている百合寮へと向かってしまった。
そんなわけでお狐さまはこくりと入れ違いになり、こくりが初等部校舎の更衣室に辿り着く頃に、漸く牡丹寮に到着していた。
さて、それはそうと更衣室に到着したこくりだが、実果から借りているマスターキーで扉の鍵を開けて中に入る。
しかし、やはりと言うべきか、更衣室の中に変わった所は見当たらなかった。
「全然いません」
こくりは独り言ちすると、置いてあった椅子にみっちゃんへのプレゼントを置いて、更衣室に備え付けられているロッカーを一つ一つ開いていく。
幾つかは使用中の為に鍵がかけられていて、開かない物もあった。
「誰も入ってません」
再び独り言ちするこくりは、開けたロッカーを全て開きっぱなしにして、どこを調べたのかを分かりやすくする。
そうして開くロッカーを全て調べて分かったのは、本当に何も無いと言う事。
あえて言うなら、更衣室には全身を映すための鏡が一つ置いてあるのだけど、ロッカーの一つ一つにも鏡がついていたと言う事だけ。
こくりは5歳児と言うのもあり、身だしなみを殆ど気にしないので鏡の多さに首を傾げたのだけど、だからと言って何かあるわけでは無かった。
そうしてこくりが更衣室を調べ終わる頃には、漸くお狐さまも疲れた様子でやって来た。
「狐栗や、何か分かったか?」
「さっぱりです。もうここにはいないのかもしれません」
「そうか。確かに妖気は感じぬし、そう言う事かもしれんのう。しかし、そうなると考えられるのは、また別に移った可能性か。今回も骨が折れそうだ」
お狐さまはそう言うと顔を曇らせて、念の為に更衣室の中を見回す。
そして、何も無い事が分かると、やれやれと言った表情で首を横に振った。
「今日は町に出かけたのだ。狐栗も疲れたであろう? もう直ぐで陽も沈む。続きはまた別の日にしなさい」
「分かりました」
こくりは頷くと、みっちゃんへのプレゼントを忘れずに手に取って、お狐さまと一緒に芍薬寮へと帰って行った。




