4時間目 いつも隣に私のアバター(1)
「ねえ? 知ってる? 妖女で出たらしいよ」
「知ってる知ってる。ドッペルゲンガーだよね? 私の友達の妹が幼女に行ってるんだけど、この前会った時に聞いたよ。ドッペルゲンガーを見た子は、みんな数日後に何かに怯えだすらしいよ」
「何かって何よ?」
「さあ?」
「さあって」
何やら妖女の噂話をしている少女たち。
その少女たちの直ぐ側で、椅子にちょこんと座ってお利口よくハンバーガーを食べるこくりの姿。
ここは、とある有名なハンバーガーチェーン店。
1月下旬のとある日曜日に、こくりは来月誕生日を迎えるみっちゃんのお誕生日プレゼントを買いにお出かけしていた。
今はお昼になったので、お昼ご飯を食べている所だ。
「狐栗よ、聞いたか? あの少女たちの話、学園の七不思議かもしれぬ」
「レタスのシャキシャキとお肉が良いバランスで美味しいです」
「うむ。聞いておらんかったな」
こくりはハンバーガーを食べるのに夢中だった。
お狐さまは仕方なく、少女たちの会話に耳を澄ます。
「でも、なんで数日後なんだろ?」
「ドッペルゲンガーってそう言うもんじゃない?」
「そうなの?」
「たぶん?」
「なにそれ? てきとーじゃん」
お狐さまが耳を澄ませて聞いてみたものの、その後はこんな調子で最初に聞いた内容以上のものは得られず、やれやれとがっかりする。
しかし、その間にこくりはハンバーガーを食べ終わり、食後のオレンジジュースをズボボと飲みきる。
「ごちそうさまでした」
「おお。食べ終わったか」
「はい。みっちゃんのプレゼントを買うお金を犠牲にしただけはあって美味しかったです」
「なぬ? 狐栗や。お主、美都子のプレゼントはどうするつもりだ?」
「まだ500円があるから大丈夫です」
「そうかそうか。ならば心配はいらんのう。して、何を買うつもりなのだ?」
「手鏡です」
「手鏡?」
こくりの言葉をお狐さまが繰り返すと、こくりは「はい」と頷いて言葉を続ける。
「この前の砂場の決闘で髪の毛が乱れてたみっちゃんが、鏡があると直ぐになおせるのにって言ってました。だからプレゼントにします」
「おお、あの時か。確か顔にも砂がたくさんくっついていたな」
「家に帰る途中に買い物をして、ボサボサの頭だったから恥ずかしかったって言ってました」
「ふむ。そうか。では、鏡を買えばきっと喜ぶな」
「はい。泣いて喜びます」
「うむうむ」
こくりの相変わらずな眠気眼で無表情のその顔がどこか自信に満ち溢れ、お狐さまもそんなこくりを満足そうに笑む。
食後のお話を終えたので、こくりは買い物をする為に店を出る。
そして、トテトテとカチューシャの狐耳を揺らしながら、目的の手鏡を買いに歩き出した。
「とっても可愛い鏡を買います」
◇
みっちゃんへのプレゼントの可愛いデザインの手鏡を無事に買って、芍薬寮へと戻ろうとしたこくりは、お狐さまに言われて先に理事長室へと赴いた。
理由は、ハンバーガーのお店で耳にしたドッペルゲンガー。
詳細は不明なお話ではあったけど、学園外にまで届く噂話ともなれば、何かあるかもしれない。
そう考えたお狐さまは、帰っている途中でこくりに話して、寮に戻る前に理事長の許へ向かおうとお話したのだ。
「ドッペルゲンガーですか。その様な話は生徒からも先生からも聞いた事がございませんね」
「実果は知らぬ事であったか」
「ただ……」
「む? 何かあるのか?」
「はい」
実果は頷くと眉根を下げて、少しだけ何かを考えてから言葉を続ける。
「実は、先日こくりちゃんが更衣室で妖を退治してからも、未だに不審人物の目撃情報があるのですよ」
「なぬ?」
「まだ変態が残っていたんですか?」
お狐さまと実果の話を黙って聞いていたこくりも、その情報に少し驚いて、眠気眼を実果に向ける。
すると、実果はこくりに視線を移した。
「それは分かりません。でも、そのドッペルゲンガーの被害者が数日後に何かに怯えると言う話でしたら、心当たりがあるのです」
「ほう。では、生徒の誰かが同じ症状を出したのか?」
「そうですね。不審者を見たと言う生徒が、部屋から最近出て来ないそうなのです」
「なるほどのう。では、その生徒に話を聞いてみよう。狐栗や、その生徒の部屋へと向かうぞ」
「こくりちゃんなら既に出て行きましたよ」
「なんだと!?」
実果の言葉にお狐さまは驚いて、理事長室内を見回した。
もちろん実果が嘘を言うわけがなく、こくりの姿は既にここにない。
お狐さまはプルプルと体を震わせて、実果を睨みつけた。
「ええい! 早くそれを言わんか!」
「うふふ。ごめんなさい」
「では儂も行く!」
「はい。いってらっしゃい」
お狐さまは微笑む実果に見送られながら、急いで壁をすり抜けて理事長室を出て行った。




