6時間目 年末挑戦ガール(4)
学園の七不思議の一つ“ハナだらけの生物室”。
それは生物室に咲く満開のハナ。
しかし、そのハナは花にあらず。
こくりが駆けつけた事で目を覚ましたみっちゃんは、初等部の生物室に一人でやって来ていた。
しかも、お狐さまのお守りを持っていない。
どう考えても危険だが、これには理由があった。
(上手におとり役がんばるぞー)
みっちゃんが心の中で気合を入れて、生物室の中を動き回る。
と言うわけで、みっちゃんは囮をする為に、妖を遠ざけてしまうお守りを持たずに一人で来たのだ。
しかも、これはなんとみっちゃん本人の提案である。
こくりとお狐さまは危ないと止めたのだが、隠れて見守ってくれれば大丈夫だと、みっちゃんが説得したのだ。
それに、実はみっちゃんも少しオコだった。
みっちゃんはこくりの家に行くのを本当に楽しみにしていた。
それなのに、夢落ちにされてしまった。
そう言う事もあり、例え妖が相手だろうと、みっちゃんはノリノリで立ち向かうのである。
しかし――
「アレー? ワタシノ鞄ドコカナー?」
――みっちゃんは棒読みのダイコン役者だった。
そんなわけで始まったみっちゃんの囮作戦。
概要は、目を覚ましたから鞄を取りに来たみっちゃんが、言葉に出して探しているアピールする事で、妖を誘いだす。
と言う単純な作戦。
「ドコカナー? ナイナー?」
みっちゃんの華麗なる棒読み小芝居。
演技が下手すぎで、その努力と勇気と……後は、うん。
挑戦しようと言うその心構えは、立派だし認めよう! みたいな感じの雰囲気。
お世辞にも上手いと言えないこの演技。
ところが、荷が重すぎたかと思えるこの作戦は、意外と上手く妖を釣り上げる事に成功する。
そして、みっちゃんは「ぴぇ……っ」と小さく悲鳴を上げて、動きを止める。
みっちゃんの目の前に……いいや、周囲に現れたのは、床や壁や天井に咲く一面の鼻畑。
この怪異の正体は“女の子の匂いを嗅ぎたいと言う、欲にまみれた思念”が集合して生まれた変異体の妖。
そう、“ハナだらけの生物室”とは、女の子の匂いを嗅ぐ“鼻だらけの生物室”の事だったのだ。
被害にあった少女たちが記憶を無くしていたのは、決して直接害を与えられたわけでは無い。
このあまりにも気味が悪い光景を目にして、気を失うついでにトラウマとなって、それを見た前後の記憶が抹消されただけだった。
それ程に見事に鼻が咲き乱れ、悍ましく目に映るのだ。
尚、夢の中で起きた体験は、この妖の善意? からくるもの。
匂いを嗅がせてもらったお返しに、良い夢をと出たサービスだった。
とは言え、被害者からしたら、そんなサービスはいらないし恐怖でしかない。
それはそうと、この怪異、実は時間を選ばない。
流石はハナだけあって、朝でも昼でも見事に咲いてしまう。
但し、条件は無害な少女が一人でいる時だけ。
しかも、新校舎と旧校舎をワープ感覚で行き来して逃げる。
だから、お狐さまやこくりは捕まえる事が出来なかった。
そして今、無害なみっちゃんの小さな悲鳴を聞き、こくりが颯爽と現れる。
「変態を焼却です」
狐耳のカチューシャをピクリと動かし、お尻の青白い炎で出来たモフモフ狐尻尾を揺らめかせ、“燐火”の炎を火炎放射の如く撒き散らす。
炎は全て燐火なので、もちろん実害は全く無いが、みっちゃんは慌てるように炎の外へと逃げ出した。
「うぅ……気持ち悪い。見るの二回目なら平気だと思ったけど、やっぱ無理ぃ~」
「よく頑張ったな、美都子。おかげで憂いのない良い新年を迎えた」
「うん……うん? 新年……?」
「はい。12時回ってます」
「え……? えええええええええええ!? うそおおおおお!」
みっちゃんは慌てて生物室にある時計を見る。
すると、確かに12時を既に過ぎていて、今は12時3分だった。
「そんなああああああ……」
妖女学園初等部一年絹蔦美都子6才。
鼻おばけと一緒に年を越してしまったまさかの展開。
あまりにもショックでがっくりと項垂れて、みっちゃんはしょぼんとする。
すると、こくりは変態鼻おばけを焼却しながら、相変わらずの眠気眼な無表情を向けて、珍しく口角を上げた。
「明けましておめでとうございます。みっちゃん、今年もよろしくお願いします」
「……うん。明けましておめでとう、こくりちゃん。今年もよろしくね」
青白い炎で燃える変態鼻おばけを背景にして、こくりとみっちゃんは新年を迎えたのだった。
<行進時間と頻度の変更のお知らせです>
7月(明日)から、生活環境が変わる為、更新頻度と時間帯を変更します。
変更日時は今のところ勝手ながらに不明の為、ツイッターで更新のお知らせをするのでよろしくお願いします。




