3時間目 隣り合わせのフラワーガール(1)
生徒たちが寝静まった深夜の通学路。
こくりとみっちゃんは一仕事終えて歩いていた。
二人の背後では、お狐さまがフヨフヨと漂っている。
こんな時間にこんな場所を歩いているのは、もちろんさっきまで妖の変態を退治していたからだ。
そう、あのリコぺろとか言う妖は、間違いなく変態だった。
さて、それはそれとして、二人が仲良く芍薬寮に向かっていると、誰かが近づいて来る気配を感じた。
それに気がつくと、こくりはみっちゃんの手を繋いで引っ張って、近くにあった木の影に隠れる。
すると、こくりたちが歩いていた道を、芍薬寮の寮長先生である寺雛井先生と、その寮に住む美海お姉さまが慌てた様子で通り過ぎて行った。
「じひなんとみみぽんです」
「え? 今何て……?」
「じひなんとみみぽんです」
「あ、うん。じひな……って、それより何かあったのかな?」
「怪しいな。それに美海からは、僅かだが妖の妖気を感じた」
「え!? じゃあ、みみぽ……っじゃなくて、みみお姉さまって人は妖なの!?」
「違います。多分、妖に触れて、それでちょっと付いちゃっただけです」
「触ると付くんだ……あれ? じゃあ、わたしにもグマ子とかお狐さまの妖気がついてるの?」
「そうだな。と言っても、美都子の場合は儂のお守りがある。グマ子の妖気より、圧倒的に儂の神力の方が外に漏れておるわ」
「そうなんだあ。って、じゃあ、二人に何かあったのかな?」
「分からぬが、あの様子を考えると、妖に襲われているかもしれんな」
「そんな! それじゃあ助けないと! こくりちゃ――あれ? こくりちゃん……?」
「狐栗なら、もうとっくに追いかけて行ったぞ」
「――あ! ほんとだ! こくりちゃん待ってよー!」
「やれやれ」
いつの間にか、寺雛井先生改め“じひなん”と、美海お姉さま改め“みみぽん”を、追いかけていたこくり。
そんなこくりを追いかけて、みっちゃんは走り出し、お狐さまもその後を追った。
そうして辿り着いたのは、もちろん事件が起きた旧校舎だった。
既に24時はとっくに過ぎている闇に包まれた時間だからか、その不気味さはかなりのもの。
空は晴れていて星の光や月の光が照らしてくれてはいるが、それだけでは心許ないのは言うまでもない。
旧校舎に辿り着くと、みっちゃんは恐怖をまぎらわすように、先に辿り着いていたこくりの腕を掴んで抱きしめた。
「こくりちゃん、寺雛井先生と美海お姉さまはどこ行ったの?」
「旧校舎の中に入って行きました」
「じゃあ、やっぱり何かあったんだよ。やだなあ」
「こくりがいるから平気です」
「きゃー! こくりちゃんかっこいー!」
相変わらずの眠気眼な無表情だが、その瞳に宿る自信はかなりのもの。
メリハリのない声色も淡々としているが、その変わらなさがかっこいいと感じて、みっちゃんは黄色い声を上げて抱き付く力を強める。
こくりは「行きます」と言って歩き始めた。
旧校舎の中は当然と言えば当然だが、シンと静まり返っていた。
足音一つも聞こえず、先にここに来ている筈のじひなんとみみぽんの気配は全く無い。
あるのは不気味さだけで、みっちゃんは慌てた様子の二人を思い出して、それがきっかけで怖くなって瞳を潤ませた。
するとそんな時だ。
「わあああああああああああああああ!!」
突然聞こえた悲鳴。
恐らく声の感じからするに寺雛井先生。
寺雛井先生の悲鳴が、遠くの方から聞こえてきたのだ。
「い、今の声、寺雛井先生だよね!?」
「じひなんの声です。急ぐです」
「そうだな。行くぞ、美都子」
「う、うん」
悲鳴の聞こえた方へと走り出し、ついでに、こくりは走りながら“燐火”の炎を灯す。
すると出現するのは、燐火印でお馴染みのモフモフ狐尻尾。
青白く炎を揺らめかせ、こくりのお尻から生えるモフモフの化身。
それは見れば見る程ご立派なモフモフで、思わず触りたくなってしまう。
しかし、残念ながらモフモフはボウボウと燃える燐火。
触れる事なんて出来ないので、完全なる観賞用だ。
そんなモッフルな尻尾を生やしたこくりは、狐耳のカチューシャもピクリとさせて、眠気眼な無表情で何かを捉える。
そして、勢いよく燐火を放った。
「――っきゃ」
みっちゃんが小さな悲鳴を上げて、その目に映ったのは、数十メートル先で真っ赤な紐に足を絡め取られていたみみぽん。
そこはトイレの目の前で、トイレの中から真っ赤な紐が地面を這うように伸びている。
この電気も付いていない真っ暗な暗闇の中、こくりは数十メートル先で襲われていたみみぽんを助け出した。
そして、みっちゃんを置いてあっという間にその場に駆けつけ、燐火の炎で焼き千切れた真っ赤な紐を手に取った。
するとその直後、真っ赤な紐に燐火の炎が移り、一気に燃え広がる。
そして――
「きゃあああああああああああ!」
――聞こえてきたのは女の声。
その声は悍ましい声色で、聞いただけで妖だと分かる声だった。
しかし、まだ終わってない。
燐火の炎で全身が燃えている妖かが現れて、こくりに向かって土下座した!
土下座したのだ!
「この青いの消して下さい!」
「嫌です」
「お願いします! なんでもしますから!」
「なら良いです」
こくりが燐火を消し、焼き土下座していた妖が顔を上げる。
すると、妖は可愛らしい顔の女の子だった。
但し、全身が真っ黒焦げである。
そして、まだまだ終わっていなかった。
「嘘でーす! 何もしてあげませーん!」
女の子はゲラゲラと笑いながら立ち上がり、バックステップする。
そして、それをミスって足を変な角度で曲げて転がって、床の上で蹲り、こくりを睨む。
「よくもやったな! 絶対に許さない!」
「今のは自爆で逆恨みだよ!」
こうして、みっちゃんのツッコミが炸裂し、謎の黒焦げ少女な妖との戦いが始まった。




