9時間目 ホラーは突然やって来る(4)
音楽室に現れた少女は、一見ただの小五女子にしか見えない。
しかし、この少女こそが学園の七不思議の一つ“独りでに鳴るリコーダー”の正体で、妖の変異体だった。
以前発見出来なかったのは、出現の条件を満たしていなかったから。
そしてその条件と言うのは、音楽室に忘れ去られたリコーダーだった。
お狐さまはその事に気がついて、みっちゃんのリコーダーを餌にして、音楽室に仕掛けたのだ。
こくりが“燐火”で出したモッフモフな狐尻尾を揺らめかせ、妖との間合いをジリジリと詰めていく。
すると、妖はリコーダーを机に置き、よだれを垂らした。
「見つかってしまっては仕方が無い。アタイは“好きな女の子のリコーダーを舐めたいと言う欲”から生まれた妖、リコーダーぺろぺろ。リコぺろと呼んで頂戴」
「立派な名前です」
「全然立派じゃないよ! そんな名前でいいの!?」
「てへぺろみたいで可愛い名前だと思ってるけど?」
「全然違う!」
「がーん……っ」
みっちゃんのツッコミが炸裂し、リコぺろがセルフ“ガーン”を口にしてショックを受ける。
すると、こくりが真剣な面持ちではなく相変わらずの眠気眼な無表情で、みっちゃんに視線を向けた。
「てへぺろって何ですか?」
「ネタが古いし気にしなくていいよ」
「分かりました」
何故みっちゃんがその古いネタを知っているのかは謎だが、そんな事、今はどうでも良い事。
みっちゃんの言葉を聞いて、お狐さまが頷いた。
「なるほどな。分かったぞ。古いネタを知っておると言う事は、奴は相当長い時代の中で、この音楽室でリコーダーを舐めていたのじゃ!」
「凄くどうでもいい!」
とてつもなく凄まじいコンボ。
やはり、精神攻撃は基本。
ネタが古いと言われ、更にはどうでもいいとまで言われ、リコぺろの心はズタズタだった。
リコぺろはがっくりと項垂れて、完璧な戦意喪失。
最初からそんなものは無かったようにも思えるが、とにかく戦意喪失してしまった。
そして、そんなリコぺろにこくりは容赦なかった。
「今です。変態は焼却です」
放たれるは燐火の球。
青白く燃える球を受けて、リコぺろの体は一瞬で燃え上がった。
「きゃああああああ!」
燃えるリコぺらは悲鳴を上げ、そして、悶え苦し――――まない。
悲鳴を上げたと思ったら、何やら興奮したような視線をこくりに向けて、とっても気持ち悪い笑みを浮かべた。
「もう一回! もう一回さっきの言葉を聞かせて!?」
「変態は焼却です」
「焼却の部分を除いて後二回!」
「変態、変態です」
「ありがとうございますー!」
「え? 何これ? わたし、今何を見せられてるの?」
「とんでもねえ変態です」
「はああああ! 幸せえええ!」
「…………ひぇ」
リコぺろは恍惚とした笑みを浮かべながら、天に召されていった。
音楽室に残ったのはこくりとお狐さま、そして、顔を真っ青にしたみっちゃん。
みっちゃんはリコぺろのよだれでべっちゃべちゃになったリコーダーを見て、お焚き上げしてもらおうと心の底から思った。
こうして、みっちゃんはまた一つ大人になり、無事? に学園の七不思議の一つ“独りでに鳴るリコーダー”を解決したわけだが、二人と一匹はまだ知らない。
同じこの時間に、前代未聞の大事件が起きてしまっている事を……。
◇
こくり達が“独りでに鳴るリコーダー”を解決したのと同時刻。
芍薬寮の寮長先生である寺雛井先生の許に、中等部の生徒が慌てた様子でやって来て、呼び出しのベルを何度も押して騒いでいた。
「寺雛井先生! 大変です! 寺雛井先生! 寺雛井先生!」
「なんだよ? 騒々しいなあ。って、美海か。何なんだ~? ったく。今何時だと思って――」
「先生! 数樹さんが! 数樹さんが!」
「――っんん? 数樹がどうかしたのか?」
「数樹さんが、数樹さんが初等部の旧校舎のトイレで、亀甲縛りにされて閉じ込められてしまったんです!」
「…………は?」
前代未聞の大事件。
それは、新たなる変態事件の幕開けだった!




