5時間目 合いの手はタンブリン(5)
妖女学園の七不思議の一つ“独りでに鳴るリコーダー”は、深夜に初等部の音楽室から聞こえると噂されている。
この怪現象は、もちろん一度こくりがお狐さまと一緒に調べている。
だけど、結局は何も無いと判断していた。
一週間もの長い間、深夜に侵入したけど、音どころかリコーダーすら見当たらなかったのだ。
でも、今日は違っていた。
「ううぇええ。何これええ?」
こくりは幼稚舎に向かう前に、応援に使うタンブリンをとる為に、みっちゃんと一緒に音楽室に来ていた。
だけど、事件は既に起きていたのだ。
ケースにしまっていた筈のリコーダーは外に出されていて、口を付けて吹く場所、つまり吹き口がべちゃべちゃに濡れていた。
みっちゃんはそれを見て、顔を青ざめさせて震えると、恐ろしくてリコーダーを取れずに涙目になってしまった。
するとそこで、軽快なタンブリン捌きで目の前に現れるこくり。
シャカシャカポンポン鳴らすその姿は、まるでカラオケでテンション高めの人のよう。
「こくりは今日も絶好調です」
「それより見てよこれー。なんかべちゃべちゃしてるし、なんか臭ってるのー」
みっちゃんが半泣きで己のべっちゃべちゃなリコーダーに指をさす。
すると、こくりはタンブリンを鳴らすのを止めた。
「みっちゃんのよだれ凄いです。これにはこくりも勝てません」
「わたしのよだれじゃないよ! もうやだー! よだれとか言うから、よけいに気持ち悪いよー!」
わんわんと泣き出すみっちゃん。
しかし、わんわんと言っても、イッヌの方のわんわんでは無い。
みっちゃんが泣き出してしまうと、こくりは相変わらずの眠気眼な無表情を変えずに鼻をつまみ、リコーダーに近づいた。
「狐栗、この液体から妖気を感じるぞ」
「はい。きっと変態のよだれです」
「――ぴぇ」
こくりの発言に、みっちゃんは小さな悲鳴を上げ、号泣しながら固まった。
変態のよだれと聞いて、よほど恐ろしかったのだろう。
もちろんこくりの言う変態とは変異体の事だが、吹き口にべっちゃりついた液体からは異臭がするし、場所的にもよだれに見える。
だからこそ、最早そのまま変態のよだれがついているようにしか見えない事案。
初等部一年生でまだ6才の少女みっちゃんには、あまりにもきつい最早ホラーすぎる案件だった。
「狐栗や、もう少しオブラートに包まんか。美都子が泣きながら固まってしまったぞ」
「それよりも汚いので焼却します」
こくりは青白い炎をお尻から生やし、モフモフ狐尻尾を装着して、“燐火”を出してリコーダーを燃やした。
「わたしのリコーダーがあああ。わああああああん……っ!」
哀れなりみっちゃん。
リコーダーを音楽室に忘れてしまったが為に、べちゃべちゃに汚されてしまい、最後にはこくりによって燃やされてしまった。
と、思ったが、こくりの燐火は妖関係のものにしか効かない性質。
リコーダーは無事である。
「どうぞ」
こくりが相変わらずの眠気眼な無表情の中に温かさなを見せ、べちゃべちゃが無くなったリコーダーを取って、みっちゃんに差し出した。
みっちゃんはそれを見て、顔を青ざめさせて身をブルりと震わせた。
「ええええ! なんかやだー!」
「美都子よ。狐栗が完全に汚物を消し去った。もう安心して良いぞ」
「そう言う問題じゃないよー!」
「洗わなくても良いくらいに完璧に焼却したので、心配しなくても大丈夫です」
「だから、心配とかじゃ――――っ!?」
その時、みっちゃんは驚愕して目を疑った。
何故なら、こくりがみっちゃんのリコーダーの吹き口に口を付けて、プァーと鳴らしたからだ。
「ちゃんと吹けます。安全です」
「だ、ダメだよ! ばっちいよ!」
「こくりはばっちいですか?」
「ち、違う! そうじゃなくて! ばっちいのはリコーダーで……」
こくりの相変わらずの眠気眼な無表情の瞳にジッと見つめられて、みっちゃんは言葉を詰まらせてしまう。
そして、最後には観念して、こくりからリコーダーを受け取った。
「ごめんね。こくりちゃんはばっちくないよ」
「ばっちくないですか? 安心です」
こくりはメリハリのない声色で安心したように話すと、みっちゃんにタンブリンを追加で渡す。
「え? タンブリン……?」
「みっちゃんもこれでお姉さんを応援しましょう」
「あ、うん……」
みっちゃんは返事をしながら、なんだかドッと疲れを感じて苦笑する。
すると、その時に予鈴が鳴って、二人は急いで音楽室を出て行く。
そして――
「たった一晩の内に何が起こったのやら。調べる必要があるのう」
――音楽室に取り残されたお狐さまは呟くと、理事長室へと向かって行った。




