4時間目 合いの手はタンブリン(4)
悲しきグマ子焼却事件から一夜が明けて、雲一つない気持ちの良い朝。
事情を知らないみっちゃんは寝不足で、ふらついた足取りのまま、妖女学園の敷地内を歩いていた。
するとそこに、こくりがトテテと走ってやって来る。
「みっちゃん、おはようございます」
「あ、こくりちゃんとお狐さま。ごきげんよう」
「うむ。む? お主、元気がないのう」
「ホントです。寝不足ですか?」
「う、うん。実は昨日――」
「みつこちゃん寝不足なの? 駄目よ。しっかり寝なきゃ」
「そうなんだけど、グマ子が…………って、え?」
みっちゃんにダメだしした者。
それはグマ子。
みっちゃんはグマ子と目を合わせると足を止めて、時が止まったかのように停止する。
そして、数秒後にプルプルと震えて動き出した。
「グマ子無事だったの!?」
「無事じゃないわよ。ほら見て? ここ。こくりちゃんに昨日丸焼きにされた時の焦げが残っちゃったのよ」
そう言って見せたのは、グマ子のモフモフな尻尾の先っちょ。
確かによく見ると焦げている。
「こくりの眠りを邪魔したグマ子が悪いです」
「だから、それは謝ってるじゃない。あーやだやだ。根に持つ子ね」
「こくりは世界一根に持つチャンピオンです。右に出る者はいません」
「嫌なチャンピオンね……」
流石こくり。
嫌味が通じぬ鋼のメンタル。
グマ子は冷や汗を流して、呆れながらみっちゃんの側に行く。
「みつこちゃん、アタシ帰るわ」
「うん。って、リコーダーは?」
「あ。忘れてたわ」
「……そっか」
「ごっめーん」
グマ子は心のこもっていない謝罪をすると、ぴゅーっと飛んで帰ってしまった。
みっちゃんは呆然としてそれを見送って、がっくりと肩を落とす。
「心配してたのに……」
「何かあったんですか?」
「ううん。なんでも無いの。ありがとう」
こくりが首を傾げて、みっちゃんは苦笑して話題を変える。
「そう言えば、昨日聞きそびれちゃったけど、こくりちゃんは昨日ずっと体育館にいたの?」
「昨日ですか? こくりは応援の練習をしていました」
「応援の練習……?」
「はい。応援の練習です」
こくりの相変わらずの眠気眼な無表情は何処か誇らし気。
みっちゃんはそんなこくりに冷や汗を流して視線を向ける。
すると、お狐さまがゆらゆらと尻尾を揺らめかして、みっちゃんの目の前に移動した。
「先日に寮で食事をしていた時に、中等部の者から大会の応援に来てほしいと言われておったのだ」
「わあ。こくりちゃん凄いね。お姉さまから応援を頼まれるなんて」
「はい。こくりは応援ブリーダーマスターとして、タンブリンで世界を目指します」
「応援ブリーダーマスターって何?」
「応援ブリーダーマスターは応援を極めたマスターブリーダーです」
「そ、そっか」
こくりの言葉の意味が分からな過ぎて、流石のみっちゃんも意味不明でツッコミが出来ない。
まだ6才のみっちゃんには難易度が高すぎてしまった。
「みっちゃんも一緒に応援に行きますか? タンブリンならいっぱい音楽室にあります」
「どうしようかなあ。……って、応援はタンブリン限定なの?」
「叩くとポンシャンするので、こくり的には最強の応援グッズです。華麗な手さばきテクで世界を狙えます」
「タンブリンで世界は流石に無理だと思うよ?」
「みっちゃん、タンブリンは昔タンバリンと言われていました」
「へえ、そうなんだ」
「つまり、タンブリンには名前を変える程の注目度と可能性があったのです」
「へ、へえ……」
違うと思ったけど、みっちゃんは言葉を飲み込んだ。
何故なら、とても自信に満ちた相変わらずの眠気眼な無表情だったからだ。
そして何よりもの凄くどうでもよかった。
と言うわけで、みっちゃんは気持ちを切り替えて、笑顔をこくりに向ける。
「わたしも一緒に応援に行くよ。大会はいつなの?」
「今日です」
「今日!? うそでしょ!? 今日学校あるのに大会あるの!?」
「はい。インターネットのエフピーエスの大会です。ばきゅんばきゅんです」
「インターネットでFPS!? 体育館で練習した意味は!? それ絶対タンブリンは煩いから鳴らしちゃダメなやつだよね!?」
「おおー」
「どうやら、美都子も元気がでたようじゃな。狐栗と一緒にタンブリンを鳴らして応援するがよい」
「だからダメだってば!」




