3時間目 肌色バケーション(3)
「じゃあ、狐栗ちゃん、脱いで見よっか」
「分かりました」
「分かるな!」
美術室に寺雛井先生の怒声がこだまする。
こくりが人体デッサンのモデルになってから、既に二時間が経とうとしていた。
クレヨンでお絵かきを楽しんでいたこくりは、少し前に飽きてしまい、ソワソワしていた。
そんなこくりを見て、美術部のお姉さまが提案したのだ。
「えー! いいじゃないですか~。狐栗ちゃんが良いって言ってるんだから~。小さい子の体は芸術品なんです。先生なのに知らないんですか~? 寺雛井先生~」
「何が芸術だ。そんなに子供の裸が見たいなら、鏡でも持って来て自分で脱げ。お前の場合は小六のくせして考えが邪なんだよ。だから絶対駄目」
「先生酷~い!」
寺雛井先生と生徒が言い争う中で、こくりが首を傾げてみっちゃんに尋ねる。
「よこしまですか?」
「こくりちゃんを裸にさせて、風邪をひかせようとしてるんだよ」
しっかり者のみっちゃんも、やはり初等部一年生。
風邪をと言ったその目は真剣そのもので、珍しくボケボケだが大真面目だ。
キスで真っ赤になるとは言え、まだまだお子様な少女である。
「なんでですか?」
「邪だからだよ。邪って、悪い人の事なの」
「おおー。こくりはバカじゃないから風邪をひくので気をつけます」
「うん。だから服を着ようね」
「分かりました」
と、言うわけで、時すでに遅し。
お姉さまに返事をした時から、こくりは既に真っ裸である。
しかし、みっちゃんのナイストークで直ぐに服を着始めた。
すると、お姉さまたちがクスクスと微笑ましく笑みを浮かべる。
「狐栗ちゃん、かわいー。全裸少女の犯人って、実は狐栗ちゃんだったりして」
「私も知ってるわ。夏休み前に出たって噂の少女の幽霊よね?」
「旧校舎の美術室で深夜に出た“人体デッサンの少女”ね。私を描けー! と、強要してくるそうよ」
「それって学園の七不思議の一つだよね?」
「ええ。描かされた上に、完成した絵が気に入らなければ、全裸にさせられるみたいよ」
「はいはい、お前ら~。喋ってないで手を動かせー」
「「はーい」」
寺雛井先生の注意に、お姉さまたちが素直に返事をした。
すると、その後直ぐにみっちゃんがこくりにコソコソ話を開始する。
「ねえ。もしかして、人体デッサンの少女って妖なのかな?」
「はい。変態です」
「変態じゃなくて変異た……全裸で出てくるなら、変態で合ってるかも? って、それより、やっぱりお狐さまに言うの?」
「パパは神社に帰っていて、お供え物チェックでいないので、こくりだけで今夜の内に行ってきます」
「――ええええ!?」
みっちゃんが驚いて、こくりが「うるさいです」と耳を両手で塞ぐ。
そして、寺雛井先生とお姉さまたちも突然の大声に驚き、全員がみっちゃんに注目した。
「みつこ、どうしたんだ? 急に大声出して」
「ご、ごめんなさい。なんでも無いです」
みっちゃんは謝ると、少し気まずそうにしてから何かを考えだして、直後に美術室を出て行ってしまった。
こくりは首を傾げて背中を見送り、寺雛井先生は名前を呼んだが、みっちゃんは「急用です!」と声を上げるだけで立ち止まらなかった。
寺雛井先生が不思議そうな顔をして、こくりに視線を向けた。
「何があったんだ?」
「急用です」
「その急用ってのを聞きたいんだけど?」
「急用……つまり、うんこです」
「うんこて……。女の子がうんことか言うのやめなさい」
「何故です?」
「なんでもだ。と言うか、一応うち、お嬢様御用達の名門女子校だからな。下品な言葉は言わない事。今度からはお手洗いとかにしなさい」
「うんこは……下から出るものは下品です? 覚えました」
「下からって……まあ、間違っちゃいないけど…………」
寺雛井先生が少し頭痛を覚えながら肩を落とし、お姉さまたちがクスクスと笑う。
今日もこくりは絶好調だ。
と言うか、こくりはまだ幼稚舎に通う5才の年少さん。
年齢的にはうんこと口にしても仕方ない部分はある。
それが分かってるからこそ、寺雛井先生も修羅の片鱗を見せる事も無く、この程度の注意ですんでいた。
お姉さまたちはクスクスと笑うだけで、流石にそれを話題にしたりはしない。
年齢的にうんこと口にする歳ではないからだ。
さて、美術室を出て行ったみっちゃんだが、戻ってきたのは部活動終了の時刻になってからだった。




