2時間目 肌色バケーション(2)
こくりとみっちゃんは妖女学園の初等部の廊下を、寺雛井先生の後ろに続いて歩いていた。
と言うのも、これには理由がある。
芍薬寮の寮長先生である寺雛井先生。
実は、初等部の美術部の顧問もしているのだが、生徒から要望を受けたのだ。
内容は「芍薬寮のお姉さま方から人気の高い、こくりちゃんをモデルにしたい」と言うもの。
こくりは理事長を保護者に持ち、更には目立つ狐耳のカチューシャを常に付けている。
その為、入園当時から何かと話題になり、今では学園内の有名人。
しかもそれは「可愛い」だとかの良い意味で、言わば妖女のアイドル的存在。
知らぬ者なし。とまでは流石にいかないまでも、結構な知名度を持っている。
そうともなれば、やはりモデルにしたいと思うのは当然とも言える。
更に、今は夏休み。
授業は無く、みんな多少は浮かれている。
しかも、こくりは夏休みも寮生活なので、妖女の敷地内にいるから誘いやすい。
美術部からすれば、これ程に好条件なモデル候補はいなかった。
と言うわけで、こくりの暮らす芍薬寮の寮長先生兼美術部顧問の寺雛井先生に、美術部生徒たちがお願いしたのだ。
「夏休みに校舎に入るのって、なんか変な感じする~」
「こくりはたまに来てます」
「あ、そっかあ。理事長の花藤先生が保護者なんだよね?」
「はい。おやつをいっぱいくれます」
「いいなあ。花藤先生優しいもんね」
「優しいです。昨日は一緒にお風呂に行きました」
「お風呂?」
「なんとかの湯と言うのに入ってきました」
「なんとかじゃ分からないけど、楽しそう。わたしとも一緒にお風呂行こうよ」
「いいですよ。いつ行きますか?」
「今日家に帰ってから、予定を調べるね」
「分かりました」
相変わらずの眠気眼な無表情でメリハリのない声色で話すこくりと、凄く楽しそうに話すみっちゃん。
そんな対照的な二人の会話を聞きながら、寺雛井先生はクスリと笑う。
するとその時、少し離れた場所から何かの曲が聞こえてきた。
方角からして音楽室。
恐らく合唱部が練習しているのだろう。
その曲の音色を聞いて、みっちゃんはふと思い出す。
「あ、そう言えば、さっき食堂でお話してた事なんだけど」
「五つ星の理由ですか?」
「そ、それじゃなくて、学園の七不思議の話」
「覚えてないです」
「そっか……。えっと、それでね。おばけが出たらしいんだよ」
「変態ですか?」
「変態かは分からないけど、学園の七不思議の一つ“独りでになるリコーダー”のおばけ」
みっちゃんが怖い話をする人が見せる脅かすような表情で話し、両手も幽霊みたいな胸の高さまであげてぶらりとしたポーズをする。
それはまるで、ワンワンが仰向けになった時のようなポーズ。
人はこのポーズで「うらめしや~」なんて言葉を口にするが、それはまさにワンワン仰向け甘えんぼポーズなのだ!
こくりにとって、このポーズはまさにそれで、首を傾げてしまう。
「いぬですか?」
「え? 何で犬……?」
幼女と少女が首を傾げたが、残念ながら時間切れのお時間。
ワンワン事件が解決せぬ間に、謎を残したまま美術室に到着した。
扉を開けると、絵の具などの美術室特有の匂いが鼻を刺激する。
こくりにとって、そこは見慣れない場所。
机の上に並べられた画材の数々。
妙にリアルで重たそうな石膏像。
立てかけられた綺麗な絵。
お昼に誰かが食べたのか画材と一緒に置いてある食パン。
こくりは瞳をシイタケに変えて、十字をピカピカと輝かせる。
相変わらずの眠気眼な無表情はそのままに、ワクワク感は相当なものだ。
「キャー! 狐栗ちゃんきたー!」
「かわいー!」
「ごきげんよう。狐栗ちゃん、おいでおいで~」
早速大人気なこくりは、みっちゃんと手を繋ぎながらテクテクと歩いて行く。
そして、こくりでは無く何故かみっちゃんが頬を染めて照れてしまっていた。
「はいはい、静かに。こくりを連れて来てやったんだから、お姉さんらしいとこ見せろよ~」
「「はーい」」
寺雛井先生が手を叩いて話すと、騒がしかった生徒たちが静かになった。
そして、こくりは小さな椅子にちょこんと座らされて、お絵かきセットを目の前に置かれる。
お絵かきセットと言っても、それは小さなイーゼルスタンドと、スケッチブックとクレヨン。
こくりは基本マイペースクイーンなので、それをよく知る寺雛井先生が、その場を動かないようにと準備していたのである。
「こくりもそれで好きなものを書いてな」
「わかりました。ベートーベンが腰を抜かすほどの力作を書きます」
「ベートーベンは美術じゃなくて音楽の人だよ」
こくりのボケにみっちゃんがツッコミを入れると、クスクスと聞こえる笑い声。
ほんわかぽやぽやムードに包まれて、こくりをモデルにした人体デッサンが開始される。
そして、みっちゃんも寺雛井先生にお絵かきセットを借りて、こくりを真剣に描き始めた。




