1時間目 肌色バケーション(1)
この世に蔓延る怪奇な現象。
人々の心から忘れ去られていく“おばけ”や“幽霊”や“妖怪”の類。
それ等が詰まったこの世の不思議は、
時が経つにつれ薄まっていく。
だが、そんな不思議が今でも集まる場所がある。
それが、世界に名だたる名門女子校【私立妖花威徳女学園】。
幼稚舎から大学までエスカレート式に通える少女達の学び舎。
“妖花”や“威徳”などと言う可笑しく奇怪な名の学園ではあるが、
設立当時はこの名前が【徳女】と略されて話題となり、
徳を積む事の出来る学園として、名家のお嬢様方からの注目を集め、
今では名門と呼ばれる学園となった。
しかし、時が経ち、今では若者たちから【妖女】と呼ばれ、
その名に釣られた一部マニア達からも一目置かれた乙女の園。
この物語は、そんな可笑しな名の学園に通う幼女『狐栗』の、
奇妙で不思議な妖が満載な物語である。
◇
夏休みに入り、季節は夏真っ盛りな8月上旬。
一週間の寿命だと偽り人を騙す姑息なセミたちが騒音を上げる中、寮暮らしの幼女は冷房の効いた食堂でかき氷を食べていた。
「おいしいです。これは五つ星のシェフもびっくりの味です」
「あはは。こくりちゃんって本当に美味しそうに食べるよね~」
大袈裟なこくりに笑顔を向けるのは、先月の夏休み前に出来た友達のみっちゃんだ。
夏休みに入ってから、みっちゃんはこうして何度も芍薬寮に来て、こくりとよく遊んでいた。
今日のみっちゃんのコーディネートは、涼しげな袖なしのワンピース。
白い布地に薄っすらとした青が浮かんでいて、清涼感に溢れている。
靴は学園指定のシューズだが、靴下も踝までの長さで足も涼し気だ。
因みに、対するこくりはいつも通り。
他に服が無いのか、園児服に園児靴。
そして、忘れてはならない狐耳のカチューシャだ。
そんな容姿の二人は、一緒におやつの時間を楽しんでいる。
尚、今日はこくりのパパのお狐さまの姿は無い。
「でも、不思議です」
相変わらずの眠気眼な無表情で呟くと、こくりはみっちゃんの食べていたかき氷をスプーンですくって、パクリと食べる。
「こくりのイチゴ味とみっちゃんのメロン味が同じ味です」
「え? うそだー」
と言いながら、みっちゃんもこくりのかき氷をスプーンですくって、パクリと食べる。
「ん~? 言われてみると……そうかも?」
「不思議です。きっと学園の七不思議です」
「そこまでじゃないと思うよ? って、あ。学園の七不思議と言えば、この前出たらしいよ」
「変態が出たんですか?」
「違うよ! おばけだよ! 今の流れで何で変態の話になるの!?」
「変態の妖です」
「ああ、そっか。変異体の妖か……」
みっちゃんは苦笑し、かき氷を一口食べて気持ちを落ち着かせる。
そんなわけで、一ヶ月も経てば慣れたもので、みっちゃんも大分こくりの事を理解していた。
こくりは未だに変異体を変態と呼ぶので、流石に気を抜くとこうして理解不能にはなるが、それでも直ぐに察する事は出来ている。
こくりはそんなみっちゃんがかき氷を食べる姿を見て、相変わらずの眠気眼な無表情の瞳に驚きを見せた。
「みっちゃんのベロが緑色です」
「え? あ、こくりちゃんも舌が赤くなってるよ」
「こくりのベロは元々赤色です」
「あははは。そうじゃなくって~、そうだ。食べ終わったら、鏡を見に行こうよ」
「……? 分かりました」
首を傾げて頷くこくりと、楽しそうで笑顔なみっちゃん。
食堂に“尊いフィールド”が形成されて、それを微笑ましく眺めるお姉さま方。
しかし、そんな時、それを脅かす修羅……では無く、寮長の寺雛井先生が現れた。
「こくり、ここにいたか」
ここ芍薬寮の寮長先生である寺雛井朱里先生。
今日もジャージを着ている32歳で、格好に色気が全く無い。
しかし、休日は彼女と過ごす彼女持ちのウーマン。
生徒たちからは“修羅”と恐れられていて、こくりでも怖がるほどに怒るとかなり怖い先生だ。
そんな寺雛井先生はこくりを捜していたのか、こくりの隣の席に座った。
「寺雛井先生こんにちは。かき氷おいしいです。あーん」
こくりは挨拶すると、スプーンですくったかき氷を顔の前に伸ばす。
すると、周囲から「かわいー!」と黄色い声援が上がって、寺雛井先生はそれを一切気にした様子も無くパクリと食べた。
「うん、うまい」
「五つ星もびっくりです」
「五つ星? それより、実は――って、どうした? みつこ」
寺雛井先生が冷や汗を流し、みっちゃんに視線を向ける。
何故なら、みっちゃんが瞳をキラキラさせて見ていたからだ。
「こくりちゃん、こくりちゃん。わたしもそれしてほしい。あーんってして?」
「わかりました。あーん」
こくりはいつものメリハリのない声色で返事をして、スプーンでかき氷をすくい取り、みっちゃんの口元に持っていく。
すると、みっちゃんは更に目を輝かせ、パクリと幸せそうに頬張った。
そしてそれを見た周囲の野次馬なお姉さま方が、「かわいー!」と黄色い声を上げる。
「しあわせ~」




