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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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九百九十 美嘉編 「精一杯の勇気を」

三月十四日。木曜日。曇り。




会社の方に頼んで出勤時間を遅らせてもらったから、毎朝、沙奈子が学校に行くのを見届けてから会社に行く。


集団登校の班で沙奈子がリーダーだから先頭に立つんだけど、時間が来て出発のそぶりを見せるだけで、別に声を掛けなくても他の子たちも並んでスムーズに出発できてた。


「この学校の子供たちって怖いくらいに大人しくて従順ですよね」


ここまで一年近く、毎朝子供たちが登校するのを見守ってた鷲崎わしざきさんがしみじみと話しかける。


「だからって決してお行儀がいいってわけじゃないんです。私が『おはよう』って声を掛けても返事しない子も多いですし。


だけどそれでも、前の学校に比べると、すごく聞き分けが良くて、最初は驚かされました。


前の学校だと、リーダーの子が『集まって!』って声を掛けても全然集まらなくて、それどころか、見守りの大人が『早く並べ!』って怒鳴っても言うこと聞かなくてって子が結構いたんです。


今から思うとあれって、怒鳴られることに慣れてしまってたんでしょうね。


怒鳴られ慣れちゃって、たぶん、『大人なんて怒鳴って殴るしか能のない生き物』くらいにしか思ってなかったんだろうなって感じます。


そのことにもっと早く気付いてあげられてたら、結人に対してももう少し上手に接してあげられてたかもしれないって思うんです……」


鷲崎さんもこっちに来ていろんなことに接したからこその想いなんだろうな。


だけどその結人くんも今ではすっかり穏やかな表情をするようになって…ってそれは以前の彼を知ってるからこその印象で、知らない人が見たら今でも十分に生意気そうな顔つきなんだろうけど…おとなしく列の最後尾を、下の学年の子達を見守るようにしながら歩いてた。


「今までは大変だったかもしれないですけど、結人くんももう大丈夫なんじゃないかなって気がするんです。もちろんこれからもいろいろあるとしても、僕も力になりたいと思います。彼が幸せになれるように……」


僕がそう言うと、鷲崎さんは目を潤ませて、


「ありがとうございます」


って頭を下げてくれた。


するとそこに、


「あの……」


と声が掛けられた。視線を向けると、そこにいたのは喜緑きみどりさんと、秋嶋あきしまさんを除いたアパートの住人の人たちだった。


「この前はすいませんでした…!」


喜緑さんがそう声を上げて頭を下げた。それに続いて他の人たちも、


「すいませんでした…!」


と頭を下げる。


「沙奈子ちゃんを泣かせるようなことをして、本当にすいません……!」


その様子に、ピンときた。たぶん、鷲崎さんが一緒にいて、沙奈子がいなかったからできたんだろうな。


って。


それでも、喜緑さんたちにしてみれば精一杯の勇気を振り絞ってのことだったんだろうっていうのも感じたのだった。



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